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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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2話 洞窟の彼ら

『誰だ?!』

声を発したのは黒髪の青年だった。その顔に、ライナは見覚えがなかった。

スラリとした印象の、男らしいというよりは綺麗な容貌の青年。ただし、着ている茶色の外套には土や血が付き、刃物で何箇所も裂かれた跡があった。彼は腰から短剣を引き抜くと、ライナを鋭く睨みつけた。


突然大きな声と共にナイフを向けられ、ライナは縮み上がった。


彼は村人ではなかった。村の人口は200人ほどであり、ライナが知らない人はいない。



印象的なのはその薄暗い空間で輝く琥珀色の瞳。

村人でなく、その特徴を有するのは、彼が純粋な魔族であることを表していた。



魔族。

それは、ラヴィーネ山脈のさらに北に住む種族。おとぎ話のように耳が尖っているでもなく、見た目は人族となんら変わらない。その特徴は、金色やそれに近いの瞳と、魔法を使えるというもの。

彼らは人族により北地に追いやられたことを恨んでいるとされている。



黒髪の青年の鋭い眼光は突如として現れた少女(  ライナ  )を捉えた瞬間、少しだけ弱まりを見せた。しかし、警戒が解けたわけではないようで、青年は右手に持った短剣の切先をライナに向けたまま、睨み続けていた。



震えながらも、ライナは青年を見つめた。

彼の外套や服にはおびただしい量の赤黒いシミがついている。


よく見ると左腕を負傷しているようで、雑に巻かれた包帯には血が滲み出ていた。

しかし、その服についた量の血を失ったにしては彼は元気すぎた。


"彼じゃない"

 

そう断定したライナはさっと視線をその奥に移した。


この小さな空洞は行き止まりになっているようで、青年の後ろ、小さな焚き火の奥に居たのは二人の女性と、彼女らが必死に看病しているぐったりとした少年だった。二人の女性は驚いたようにこちらを見つめていたが、少年はライナの様子に気づいた様子はない。


その少年を見つけた瞬間、ライナの心臓が鼓動を速めた。そして、左腕の疼きが酷くなった。


"見つけた"



ライナは数メートル先に突きつけられているナイフに恐怖しながらも、2歩ほど前に出て冷静に言葉を返した。



それは、彼女が普段あまり使っていない、もう一つの言語。



『雨宿りしようとここに来たら、血の匂いがしていたので』


ライナは、黒髪の青年をしっかりと見つめ、彼らの前に堂々と姿を現した。




ライナは後ろの少年をもう一度見つめた。

彼女とさほど歳の変わらなそうな金髪の少年は、腹部から大量に出血して横たわっていた。呼吸は浅く、苦しそうに小さく呻いている。


金髪の女性が少年腹部に布を当て止血を試みていたようだ。しかし、布は赤黒く色を変え、もはや止血には役に立っていない。


ライナは少年の容態のまずさを知り、さらに一歩前に出た。


"助けないと"

その気持ちだけがライナを動かしていた。

黒髪の青年のナイフが目に入っていないわけではなかったが、一刻を争う事態に自身の危険など構ってはいられなかった。



◇◇◇


少女が一歩また一歩と前に近づいてくる事態に、黒髪の青年は驚きを隠せなかった。


そもそもこんな山奥に人が、ましてや人族と思われる少女がいることなど想定外すぎた。


黒髪の青年は、少女に向けている刃物を降ろそうかどうか迷っていた。

本来、こんなものは少女に向けるべきではないことはわかっていた。それでも、得体のしれない者への不信感は拭い去れなかったため、迷いながらもナイフを突きつけ続ける道を選んだ。


『なぜこんな場所に人がいる?しかもお前は人族だな。人族なのになぜ魔族の言葉を話せる?』

黒髪の青年はそう言いながらライナをにらみ続けた。


青年は、本当は藁にもすがりたい思いだった。

自分のせいでこうなってしまった少年を、どんな手を使ってでも助けたかった。

目の前の少女が"精霊"だったらどんなによかったかと、普段の自分なら決して考えない思考回路に至っていた。


『私はライナといいます。この付近の村に住んでいます。イズールの言葉は村で習いました』

ライナは怖がりながらも堂々と答えた。すべて事実なのだから。



外部の者からは、それを疑われるだろうこともわかっていた。



『村?ここはラヴィーネ大山脈の中だろ。ありえな』

『そんなことより、私にその後ろの方の傷を見せていただけませんか?ちょうど摘んできた薬草もあります。この地で採れる万能薬です。どうかお願いします』

青年はたじろいだ。

この少女の目的は何だ?何を企んでいる?

今の青年には、そんな懐疑的な見方しかできなかった。


ライナにとって大切なことは、失われようとしている命を繋ぎ止めることだった。

今のライナにはそれしか頭にないのだが、残念ながらそれが黒髪の青年に伝わることはなかった。


『だ、だめだ、お前みたいな得体のしれない人族にアベル様を任せるわけにいかない!ここを去れ!』

青年はライナに数歩近づき、彼女の喉元付近にナイフを突きつけた。

薬草、と聞いて心が揺らがなかったわけではなかった。

しかし、そんなことは都合が良すぎた。こんなタイミングよく、薬草を持って現る少女などいるわけがないのだ。


"そうか。これは"あいつら"が仕掛けた罠に違いない。この少女はあいつらに雇われた子どもで、彼の息の根を止めようとしているんだ"


青年はそう信じ込もうとした。


喉元にナイフを突きつけられてもなお、ライナは引かなかった。

『いいえ、去りません。このままだとあの人は死んでしまいます、お願いします』

体も声も震えていたが、その眼差しは力強さを失っていなかった。


『お願いしましょう。もうそれしか道はありません。コード、ナイフを降ろしなさい』

凛とした声を発したのは看病している女性の一人だった。30代ほどの、金髪で美しい容貌の女性であった。

その女性の言葉に、コードと呼ばれた黒髪の青年はゆっくりと刃物を降ろした。


『私はナディア。私の息子、アベルを助けてください。お願いします』

金髪の女性ナディアはライナに頭を下げた。

それに合わせるかのように、もう一人の黒髪の女性も頭を下げた。

コードと呼ばれた黒髪の青年は、すまなかった、と小さく謝ると、ライナから麻袋や外套を受け取った。




『やってみます。魔法で熱湯を用意できますか?薬草を煮て飲ませます。あと、キレイな水も』

『それなら私が。コード、手伝ってちょうだい』

ライナの問いに答えたのはもう一人の女性。暗い色の髪に琥珀色の瞳の30代後半ほどの女性はコードとともに熱湯を用意するために少年のそばを離れた。


ライナはユキワスレの入った麻袋と自身の斜めがけカバンを持って少年に近づくと傷の状態を確認した。


”血がヒドい。これは、刃物による傷?狼とかに襲われたのかと思ったけれど、、"


少年の腹部には横に走る大きな切り傷があった。

血の出方からしても随分と深くまで達しているようであり、何よりもその失血量に唖然とした。

ライナが思っていた以上に、少年は血を失いすぎていた。

金髪の少年は目を閉じたまま苦しそうに小さく呻きながら、肩を上下させていた。


ライナは震える手で麻袋からユキワスレを一掴みほど取り出した。コードから水の入った小鍋を受け取ると、薬草を洗い、自身のかばんから取り出した白い手巾で丁寧に水気を取った。


『大丈夫?こんな大量の血、怖いわよね』

ナディアがそっとライナの額を柔らかい布で拭ってくれた。


ライナも気がつかないうちに、額に汗が浮かんでいたようだった。そもそも、体もずぶぬれなので汗なのか何なのかよくわからない状態であった。

『す、すみません。ありがとうございます。あまり血が得意ではないもので』

ライナは謝りながら答えた。

『ですが、そんなこと言ってられないですから。ナディアさん、この薬草をできるだけ細かくちぎってください』

ライナはナディアに薬草を数枚渡した。自身は数枚の薬草を手巾でこすり合わせ、緑色に染まったそれを少年の患部にそっと当てた。

『ぐっ、、』

金髪の少年アベルは苦しそうに声を出した。

『すこししみると思うのですが、我慢してください』

『、、、』

アベルはすこし目を開け、小さく頷いた。そのターコイズブルーの瞳には輝きがない。


緑色に染まっていた手巾は瞬く間に赤黒く変色していく。それを見たライナは決心した。

"だめだ、村医者(おばあちゃん)を呼んでる暇はないわ。しょうがない、アレを使うしかない"



『ナディアさん、あと他の皆さんも。今から私がすることは、絶対他の人に言わないでください』


ライナはそう言うと左手の黒い手袋を外した。



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