【聖女の育成って何ですか?】中編
「ヒロコ様、お目覚めの時間でございます。ご体調はいかがでしょうか?」
朝、六時半に侍女のクレーが起こしてくれる。
起きるのが辛い時は、そのまま寝かしておいてくれるのだ。
「おはよう、クレー・・・今日は大丈夫みたい、頭がぼうっとするけど、朝食を少し戴くわ」
「かしこまりました。お支度のお手伝いをいたします」
最初の時は「侍女さん」とつい言ってしまっていたが、オリーブ色の髪と、キラキラする赤茶の瞳を持つ上品なこの女性は、私が一番最初に声をかけて召喚士達の介抱を手伝ってくれたあの神官服を着ていたナイスバディのお姉さんである。
(私と同い年ぐらいかな?)
私を聖女様と慕ってくれて、とても良くしてくれるけれど、全く“聖女様”扱いの体勢を崩さない。
もう少しフレンドリーになってくれたら、今度歳を聞いてみようかな、と思っている。
寝間着は肌触りの良い、少女チックなレースである。
せめて普段着はできるだけシンプルなワンピースを! と、お願いした。
でも、いつも白と青を基調としているので、汚しそうであまりリラックスができない。
こないだお針子さんが採寸しにやってきたので「茶色とか灰色のワンピースが・・・」と、言いかけたら、イスマエルがすごい顔で「黙ってろ!」という感じでアイコンタクトを送って来た。
(あれはガンを飛ばされたというレベルだな! めっさ怖いワ!)
ゆっくりと支度をした後、朝食はマクシスと、貴族の作法や、流行などについて話をしながらとった。
やはり偉い人は、朝からこんな感じでミーティングをするらしい・・・いや、知ってたけどさ、異職交流会は有名ホテルの朝食バイキングが多かったからさ、ナンパに成功したのは有名ゲーム会社のきゃわいい女子だったけどさ!
後で「弊社のソフトのフライング販売止めて下さいね?」て、女子会で言われたんだけどね(ハート)
※フライング販売とは、発売日前に店頭売りを始めることである。ポケ〇ンが発売日前にエンドユーザーに届いてしまう事が有名である。
朝っぱらからこんな金髪碧眼の美青年と食事とは・・・胸やけレベルだよ。
(眩しいし、濃いわ~・・・)
いつもの駄眼鏡男子は、今日は遅番で午後から出勤らしい。
「聴いてるかい? ヒロコ」
バサバサした金色のまつ毛が邪魔そうだ。
「はいはい、聴いてますよ~・・・」
「言葉遣いだけど・・・ミリアンの時は完璧だよね? どゆこと?」
「え~? とりあえず“役”を演じてる感じかな」
「ふむ・・・知識はバッチシって感じだね」
「演じてるって言うのは、マクシスもでしょう」
「まあね、僕は高貴な生まれだけど、正妻の子供じゃないから適当に育てられてるし、“音楽の才”がなければ、親戚に引き取られて神官コースだったかもしれないな」
(うひゃ! こんな神官いたら、信者がさぞ布教活動を別件で頑張ってしまうだろうな!)
「“音楽の才”ってどんな?」
「僕のは高ランクの“才”でね、歌や音楽、楽器に至るまで一度聞けば、ほぼ全て奏でられるんだよ」
「ふほっ! 絶対音感ですか・・・でも、大変な能力だね」
食後の紅茶を啜っていたマクシスの碧い瞳が、キラリと私を真っ直ぐ見た。
紺碧の空のような色にドキリとしてしまう。
彼は静かにソーサーにカップを戻した。
「大変・・・て? ヒロコの言ってる意味は何?」
「え・・・だって、聴いた全ての音を音符に切り替えちゃうんでしょう? 頭が疲れないのかなあって意味で“大変”だと思った」
まあ、私はこちらの日常生活をこなすだけで、脳疲労が激しい状態なのだが。
「ぷふっ!」と、マクシスが飛び切りの笑顔をくれた。
(ぐほぉっ! ミカエル様レベルの天使がいるぞーっ! そうか、さてはここは天界なのだなっ?)
「そうだね、何も考えたくない時は、ずっとピアノを弾いて他の音を遮断したりするね」
「あ~、あるある、ひとつの音に支配されるのっていいよね!」
「“ひとつの音に支配される”! それ、いいね!」
(はい、天使様からの“イイネ!”いただきましたっ!)
「なんか、リアル“アレクシ”様を見ちゃうと、ファン心理の萌えどころが判る気がする」
「アレクシ・・・だって?」
(あ・・・しまった。声に出してしもうた・・・)
時すでに遅し! マクシスは今流行りの顔面氷結となった。
「あの・・・その・・・私の世界でね、マクシスそっくりの王子様が出てくる物語があるの、その王子様の名前がアレクシなの・・・」
「え・・・? えええぇーーーっ! そうなのぉ!?」
そのマクシスの表情豊かな驚きっぷりが凄かった。
「マクシス、なんでそんなに驚くの?」
「あっちゃ~・・・なんだ、そうだとわかってれば、もう少し対応の仕方があったかなぁ」
絵画のような美青年が大きなため息を三回し続けた。
(マクシスさんや、呼吸は大丈夫なのかい?)
「そうか、さてはもう一人の聖女様に冷たくしちゃったんでしょう?」
「ああ~もうっ! ヒロコにはお見通しなワケね? だって気持ち悪いんだもん」
ガタガタッ!
私は思わず椅子から勢いよく立ち上がった。
「マクシス! まさかアナタ、彼女に向かって“気持ち悪い”とか言ってないでしょうね!?」
「い、い、い・・・言ってないよ~」
とても分かり易くマクシスは私から視線を逸らした。
「嘘つけ! どうせ近い言葉をぶつけたんでしょう? 憧れの王子様にそんな事言われたら、女子は再起不能になるわよ!?」
「憧れの王子・・・じゃあ、ヒロコは、僕の事を!」
「はっ? 私? “ムツノクニ”はハコ推しの上、スタッフ側だし、今の心の一番はソラルさまに決まってるじゃない」
「ぐわ! 前半は意味わからなかったけど、後半は聞きたくなかった!!」
彼はそう言いながら両手で頭を押さえ、頭を激しく振っていた。
(マクシスさんや? 脳しんとうを起こしますぞ?)
朝食の後に、マクシスと声歌と合わせてダンスレッスンをし、少し休憩して、昼食を取ってから、見習い侍女のミリアンに変身して、日課の場内散歩に1人で出かけた。
どうやら、私の3人に色染められた髪は、呼びかければいつでも駆けつけられる魔法効果があるらしい。
(そんな魔法にびっくりだよ!)
とりあえず、3人の誰かに助けを呼ぶハメにならないように細心の注意を払いながら、場内散歩に出かけた。
城の細部に亘る装飾には興味があるので、ウフウフしながら見学していた。
毎日新発見があるからだ!
すれ違う人達とは、何気ない会話をするようになった。
“侍女見習いのミリアン”は、自分の中でも徐々に受け入れられるようになった。
少しずつだけれど、生きていて楽しいと思える出来事が、静かに雪の様に降り積もり始めた。
いつか・・・この思いが、何の疑いもなく私の中で、溶けて行けばいいと願ったーーーー。
昔、読んだことのある本で出てきた言葉が頭をかすめる。
“幸せを恐れる者は、不幸を望んでいる”
そうなのだろうか・・・?
私は・・・この幸せを感じる瞬間を否定して、不幸を望んでしまうのだろうか・・・。
ただひたすら歩くコース、たまにソラルさまにお願いして、秘密の戦闘訓練も始めた。
特にナトンには極秘に進めている。
「聖女様の身代わりだけで、何も出来ない私を鍛えて欲しい」と言う名目で、何も知らない新人騎士に混じって戦闘の基礎を習っている。
ちなみに、その時だけは自分で作ったズボンで参加している。
(コスプレイヤーの基礎中の基礎のヤツだ!)
その時間だけは、何もかも忘れられた。
無心で体を動かすと、夜はちゃんと睡魔が来るのだ。
お陰で、睡眠導入剤なしで眠れるようになった。
まだ、眠りは浅いけど・・・ありがたい事に、だいぶマシになった。
ソラルさまは年上なだけに、広い心で私のそんなワガママを許してくれる。
ありがたやー!
今はとにかくこの重い体に筋肉をつけたいと思った。
万歩計はないのか!? と、思ったがないものはない。
長年の感覚で、場内散歩コースで8,000歩は越えているのは分かっている。
でも、それではダメなのだ!
下半身のダイエットに成功しても、上半身の筋肉をつけるのは素人の知識だけでは難しかった。
しかも、腕立て伏せでは全くムリなのも知っている・・・だからこそ、ソラルさまのプロの知識に頼った。
これは誰にも秘密にして欲しい! と、合意の上で実施している。
新人騎士に混じって訓練を受けさせてもらった後に、何食わぬ顔をして月石の塔を通り過ぎ、時折姿を見せる赤毛の美少女に視線だけで挨拶をして、マテオGの温室でひと泣きするのが日課になった。
けれど、その日は少し違った。
ストレス発散の為に、温室内の噴水の前で涙を流していたら、誰かの気配がした。
「だれ?」
キラキラと光る、多種多様の美しい南国の植物園の中に、不似合いな暑苦しい衣装を着た、黒い長髪にルビー色の瞳をした超絶美形が現れた。
「そなたこそ何者だ! この温室はマテオ様の許可を受けた者しか入れないはず・・・」
「“雷の鍵”ならマテオ様に戴いておりますので・・・放っておいて下さい」
私は、細かい事はスルーして、温室の小さな美しい噴水を“浄化の才”の練習台にしながら、その水音だけに耳を傾けた。
(どうでもいい・・・この時間だけは、自分の気持ちを見つめる時間・・・)
「・・・ずいぶんと、私の来ない間に、その噴水は美しい水音を奏でるようになったな・・・」
私は散々練習したあるセリフを声に出した。
「聖女ヒロコ様のご意思でございましょう・・・」
(なんちゃって!)
「そうか、そなたはヒロコ様の影武者役か・・・」
(いや、その設定ってバレたらダメなヤツじゃん!?)
「さあ、なんの事でございましょう? 私は最近入った侍女見習いのミリアンでございます」
「そうか・・・しかし、雰囲気がよく似ている」
(まあ、本人ですからね?)
「西の聖女様のご体調はいかがでしょうか?」
「・・・何故、そなたがそんな事を訊く?」
「ヒロコ様が・・・とても気にかけておりましたから、せめてご様子を伺いたいと思いまして」
「そなたは・・・バカなのか?」
「・・・は?」
(おいおい、そりゃ一体どうーゆー事だい? ルベンさんや!)
黒髪のどっからどうみても、美しき悪役ボスキャラがため息をついた。
「一目で私が西の聖女ノエミ様の世話係だと何故わかった?」
(おいおいルベンさんや? 私はそこまで言ってないよ~)
「ノエミ様の世話係、ルベン様とお見受けいたします・・・でも、放っといて下さい。どうでもいいんで!」
「なんだと? 侍女見習いの分際で・・・」
イラっ! としたが、ここは大人の対応で我慢した。
近くにある大きめの適当な葉っぱを千切り、髪留めのヘアピンを使い、日本語でメッセージを刻んだ。
「はい! コレ、ノエミ様に渡しといて下さい!!」
後ろ向きのまま、その葉っぱを差し出した。
ルベンは少し迷った末、そのメッセージ入りの葉っぱを受け取った。
「これは何と書いてあるのだ?」
私はしゃがみ込んでいた体を噴水から離し、立ち上がった。
「ふんっ! 聖女様に聞けば?」
私は、涙で腫れた顔を一気に噴水の水面に突っ込み、涙を洗い流し、手持ちのハンカチで顔を拭った。
固まっているルベンを尻目に、さっさとその場を後にした。
“ミッションその1:[ムツノクニ]の名前でキャラを呼ばない事! 一週間それを守れたら、日本語で手紙を下さい。チュートリアル担当、ミリアンより”