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はらぺこムジナ、食堂に集う  作者: オノイチカ
1食目.お子様ランチ
8/9

7.


 新装開店前日に、思わぬ来客があって一悶着ひともんちゃく起こりましたが、かえってそれで緊張がほぐれたリュリュは、その夜ぐっすりと眠り、翌日から孤軍奮闘とばかりに、アナグマキッチンで調理の腕を振るいました。

 常連客の足が途絶えることを危惧きぐしていたリュリュですが、幸いにも味を受け継いだオニオンスープのける量も以前と変わらず、客の入りは上々。一人だと広くてよそよそしいと感じていた厨房キッチンも、いつしか家具に擦りこんだ檸檬レモンオイルのように、日に日に彼の心と体になじんでいきました。

 しかしそれでも、たとえすっかり慣れてしまっても、彼は慢心まんしんすることはありません。基本に忠実に、前の店主の味を守るリュリュ。さすが生真面目だといったところでしょうか。


 ──ああ、けれど、ひとつだけ。以前のアナグマキッチンと違う光景がありました。


「いらっしゃいませ。お待たせしてすみません」


 グラスになみなみといだ、グレープフルーツの風味水フレーバーウォーターをテーブルの上に置いて、リュリュは来客ににこりと微笑みました。

 時は春の終わり。新緑が目にまぶしく、皐月サツキ躑躅ツツジの花が鮮やかに咲き、心地よい青空の広がる季節。開け放った扉と窓から、白木蓮ハクモクレンのいい香りが届いています。

 今日のお昼もアナグマキッチンはお客で賑わい、人の話し声と熱気であふれ返っていました。


「いや、そんなに待ってないから大丈夫だよ」


 広げたメニューから顔を上げて、リュリュにほほえみ返すのは、美少女と見紛みまごうばかりの可愛らしい少年です。長く伸びたさらさらの青い髪が、彼の頬を滑りました。

 彼は同じ三区にある〈蟲屋〉の店主、レディバードです。以前からアナグマキッチンの常連であり、代替わりしたあとも変わらず通ってくれている、大事なお客の一人でした。


「今日のご注文は? レディ」


「うん」


 リュリュの問いかけにレディは返事をして、それからまわりを気にするように、きょときょとと目線を四方に配りました。その様子を不思議そうに眺めるリュリュを手招きして、レディはそっと彼に耳打ちします。


「……お子様ランチ、って料理の評判を聞いてさ。ボクはもう子どもじゃないけど、食べてみたくて」


「ああ」


 少し気恥ずかしそうに視線を下げるレディに、リュリュは眉を下げて破顔しました。お子様ランチはリュリュに代替わりしてから加わった新メニューで、最近ちょっとした話題になっているのです。

 察しの良い読者様ならお気付きかもしれませんね。そう、それはダリアローズに作った一皿でした。


 好物ばかりが乗った皿を見た時の、ダリアローズのあのわくわくとした表情。料理を頬張った時の、あの瞳のきらめき。感嘆の言葉。笑った顔。

 調理師コックにとっての一番のご褒美ほうびは、食べた人の笑顔と、おいしかったという言葉です。彼女のあの喜びようが忘れられなくて、リュリュはこっそりと研究を重ねて、万人向けに一品ずつの量を減らしたものを、メニューの片隅に書き加えました。大きい子どもであるところの彼女に対する皮肉を込めて、お子様ランチという名前を付けて。


 それに大きな反応を示したのは、本当の子どもたちでした。

 無理もありません。大人と同じ量の食事しかないのが普通、食べ終わる頃には味に飽き飽きしていたところに、あの好物全部のせランチが登場したのですから。しかも名前が自分たちを名指しするもの。特別感も相まって、お子様ランチは密かな人気メニューとなりました。

 そのおいしさ、面白さは噂となって広がり、いまやレディのような「子どもではない」人たちが、こっそり注文するまでとなっています。


「注文しにくいようなら、大人ランチって言ってもらって構いませんよ?」


「……それもそれで、クラップに馬鹿にされそうで嫌だなぁ。『そうだな! お前は大人だもんな!』とかなんとか言ってさ」


 低い声でクラップの真似をしたレディは、ふてくされた顔で背もたれに寄りかかります。リュリュは思わず、小さく笑ってしまいました。

 蟲屋をひとりで切り盛りするレディ。彼は内面こそ大人ですが、年はまだ15。大人でも、子どもでもない年頃です。色々と苦労することがあるのでしょう。


「じゃあ、特別ランチって呼びましょうか。それをひとつですね。選べるスープはオニオンスープでいいですか?」


「うん、ありがとう」


 好物のスープを把握しているリュリュに、レディは笑顔でうなずきます。

 風味水フレーバーウォーターで喉をうるおそうと、テーブルのグラスにレディが手を掛けた、その時。


「おーっす、リュリュ!」


 入り口から響いた大きな声と、どかどかと踏み入る乱暴な足音に、食堂の客は皆ざわりとどよめき、そちらを一斉に見ました。もちろんグラスを握ったまま硬直したレディも、ぱちくりと目を見開いたリュリュも。

 声の主はリュリュの前でぴたりと足を止めて、腰に手をあてて喉を反らせ、じっとリュリュを見下しています。豊かな柑橘色の髪を揺らして、紅水晶ローズクォーツの猫目で。


「ダ、ダリアローズ……」


「あ? 長くて言うのも聞くのも面倒だしダリアでいいよ。それより噂で聞いたぞ、お子様ランチだってなぁ」


(あ、やばい。任侠ランチにしなかったから怒っているのかな)


 そんな焦りがリュリュの脳裏をかすめます。

 ダリアはリュリュの両肩にばしんと勢いよく手を置いて、おもむろに彼の身体をがくがくと揺さぶり始めました。


「最高じゃねぇか! 確かにあれ全部、子どもも好きそうなメニューだしな! 私の知り合いの子も、アナグマキッチンには僕たちだけの特別があるんだ、って喜んでたぞ! やっぱりリュリュは天才だな!!」


「……えーっと? あ、ダリア、ちょっ、これ、やめて下さい、酔う」


 興奮しながら褒めたたえて、リュリュの体をゆさゆさと揺さぶり続けるダリア。最初こそ呆然としていたリュリュでしたが、やがて顔色が悪くなって、彼女を止めるはめになりました。

 気持ち悪さに胸を押さえるリュリュに「あ、わりぃわりぃ!」と全然悪びれていない謝罪をよこし、ダリアはニッカリ笑います。手近な空いている席にどっかりと腰を下ろしたかと思うと、懐から取り出したがまぐちの留め具を外し、テーブルの上にひっくり返しました。


 ジャラジャラジャラ。

 金や銀、銅の硬貨がテーブルの上になだれ、触れあって、大きな音を立てました。結構な量ですが、薄汚れたものも混じっています。おそらく彼女が一所懸命働いて、時間を掛けて必死で貯めたお金でしょう。


「これだけあれば、こないだの分と今日の分くらいは払えるだろ! って訳で、私にお子様ランチひとつな!」


 恥ずかしげもなく大声で、お子様ランチの注文を通すダリアに、まわりの客たちがまたどよめきます。それでやっと、自分が注目を集めていると気付いたダリアは、ん? と眉をひそめました。


「なんだよ、なにジロジロ見てやがんだよ、私は見世物じゃないってんだ!」


「ちょっ、何やってるんですかダリア! 僕の店で暴れるのはやめて下さい!」


 隣の客につかみかかったダリアを、慌てて椅子に抑え込むリュリュ。そんな彼に、彼女は噛みつくように激しく反論します。


「だってリュリュ、こいつが!」


「だってじゃありません! 言うこと聞かないならお子様ランチ作りませんよ!!」


「それは困る」


 スッと反抗をやめたダリアに、リュリュははぁはぁと荒い息を吐いて、ずれたエプロンの肩紐を直しました。まるで珍獣の調教です。彼女に悪気がないのは先日よく分かったはずでしたが、悪気がなくてもこの調子では、迷惑なことに変わりがありません。


「あぁ、もう……そもそもウチは後払いです。その硬貨しまって下さい。お代は後で忘れず貰いますから」


「そっか。な、この金全部で、どのくらいのランチが食べられるんだ? こないだみたいな量を食べても、ちょっとくらい金が残ったりするか?」


「ウチは大衆食堂なんで。それだけあればこないだの量を、10回食べても軽くお釣りがきますよ」


 リュリュのあきれ声に、しかし彼女は満面の笑みを浮かべて、パアッと空気を華やがせました。


「なんだ、安い飯屋だったんだな! 我慢してお金貯めて損した!」


 ぴしり。


 ……ああ。またもや空気が極寒のごとく、冷え固まりました。

 けれど、リュリュだって学習したのです。むかむかとする気持ちを、彼女相手に抑えたって無駄だということを。


「その安い飯屋の料理を、こんなにうまい料理食べたことないって、喜んで食べてたのは誰ですか。ばか」


「うんうん、その通り! リュリュの料理は世界一だ! それで安いんだから、なお偉い!」


 微妙に噛み合わない会話に、深い溜め息をつくリュリュ。不毛な会話を切り上げて、


「レディは特別ランチのオニオンスープ、ダリアは“大きいお子様”ランチの……ああもう、オニオンスープでいいですね、ウチの自慢の一品です」


 と注文を復唱して、厨房キッチンへ戻っていきました。

 リュリュの言葉にうんうんとうなずいて、椅子の上で上機嫌に足をぶらつかせていたダリアでしたが──ふとあることに気付いて、ん? と首をひねります。


「……おいリュリュ、さっきさりげなく、私のことばかって言わなかったか? 言ったよな!? くそ、ばかって言う方がばかなんだぞ! ばーか!」


 椅子から立ち上がり、ビッとリュリュを指差して、大声で彼を罵倒するダリア。

 その言葉の通りだとしたら、彼女は今自分がばかだということを声を大にして言ったことになりますが、そんなことはもちろん、彼女は気付いていないのでした。





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