4.
作業台にゴトリと置かれたのは、この店で一番大きな一枚皿。その白い丸皿を見つめながら、リュリュは頭のなかで料理の完成図を思い描きます。
料理が複数の場合、本来は冷めないようにコース仕立てで出していくのが望ましいのですが、そんなことをしたら「ちまちませずにいっぺんに出せよ、まどろっこしい!」と言われるのが目に見えています。
彼女が提示した料理は、ハンバーグ、エビフライ、ミートスパゲッティ、ピラフ、プリン。
(……子どもか!)
心のなかでそう毒づきながらも、リュリュはそれらが一皿に盛り合わさった姿を思い浮かべていきます。茶色のものばかりなので、彩りよく間に野菜を挟みながら──ええ、もちろん彼女が馬鹿にした、見た目だって完璧にするつもりです。
小山のような形を手のひらでつくっていたので、スパゲッティやピラフは高く盛ることにしようとリュリュは考えました。高さがあれば、量もたくさんあるように見えます。それらを脇に配置して、中央には見栄えのするハンバーグやエビフライを乗せれば、高低差のある楽しい一皿になりそうです。
(よし、この盛りつけでいこう)
完成形が想像できたら、次は調理の算段です。幸いアナグマキッチンでの修業と繁忙期が重なった経験のおかげで、色々なものを同時に作ることには慣れていました。
リュリュは一通りの手順を考えたのち、さっそく調理に取り掛かります。
まずはパン粉を器にあけて、そこに牛乳を注いで水分を含ませていきます。浸るのを待つ間に、寸胴鍋にたっぷりと水を入れて火にかけました。
それから玉ねぎを、すばやく細かなみじん切りに。普段からよく研いで手入れをしている包丁で、繊維に沿って切っていけば、涙が出る間もありません。刻み終えたら赤と緑のピーマンも同じように小さく刻んで、マッシュルームも薄切りにしていきます。
次に刻んだ玉ねぎの半分を、油を馴染ませた小さなフライパンに入れて、飴色になるまでよく炒めていきます。玉ねぎがとろりとなったら火を消して、余熱を取って。
冷めるのを待つ間に、リュリュは小鍋を出して、作り置きしていたミートソースを入れて火にかけました。余計な水分を飛ばすために、くつくつと弱火で煮込んでいくのです。
煮込んでいる間に、別の作業に取り掛かります。保存容器から挽き肉をボウルに分けて、素手で押すように捏ね上げていきます。
粘り気が出てきたら、さきほど炒めた飴色玉ねぎ、塩、白胡椒、ナツメグ、溶き卵を入れて、一番最初に浸しておいた、牛乳をすっかり含んだパン粉を入れて、さらに練り上げて──ああ、これはハンバーグの種ですね。
まるめた種を両手のひらで投げ合うように行き交わせて、リュリュが肉の空気を抜いていくさまを、彼女はテーブル越しに興味津々といった様子で見ています。
成形した種をすこし休ませている間に、油をたっぷり入れた片手鍋を火にかけ、その間に海老の殻を尾を残して剥いていき、背わたを取り、揚げた時に丸まらないよう隠し包丁を入れます。塩水で洗って臭みを取り、塩と胡椒を軽く振り、バットに広げた小麦粉、溶き卵、パン粉の順に、剥きたての海老をくぐらせて。
油にパン粉を落としてみて、細かい泡をたてて全体に広がったなら、それが適温の合図。海老をそっと油のお風呂に浸からせて、カラリと揚げていきます。
彼が手がけるひとつひとつの工程は、やがて流れるようなひとつのうねりになっていきました。ハンバーグの種は牛脂を溶かしたフライパンで香ばしく焼かれ、刻んだ具材は色味鮮やかなピラフの一部になり、沸かしたお湯ではつやつやとしたパスタを茹で上げて。
厨房やいまや、ジュウジュウ、パチパチ、グツグツといった、食材がおいしくなる音の合唱で大賑わい。それらをばらばらにすることなく、たくみに導くために指揮棒を振るのは調理師のリュリュです。もちろん手際が良いだけでなく、最高においしくなるように、火の通し加減や味の様子を見ながら調理していきます。
さあ、いよいよ盛りつけです。
まずは新鮮な野菜を洗ってちぎっていきます。瑞々しいレタス、マーシュ、トレビス、ルッコラ、スカロール。それから彩りに、真っ赤に熟れたプチトマト。水を弾くそれらを笊に上げて、白い皿に緑の絵の具を乗せるように、丁寧に並べていきます。
その上に盛るのは、あらかじめ作り置きして保存容器に詰めておいたポテトサラダ。匙で丸く形を整えて、ぽとりと皿に落とします。
アナグマキッチンのポテトサラダは刻んだ玉ねぎが入っていて食感もシャキシャキと楽しいですし、酢の代わりに柑橘の搾り汁を使っているので、風味も爽やかなのです。彼女の挙げた主菜をつなぐ、副菜にぴったりの一品でした。
副菜を盛っている間に、一品一品が焼き上がり、茹で上がっていきます。
それらをソースと絡めたのちに移していくと、見る見るうちにお皿の余白は埋まっていきました。しかも熱々で食べられるよう、それらすべての仕上がりはほぼ同時です。
冷やしておいたプリンを皿の上に返して、その上に生凝乳を絞って、さくらんぼを乗せて飾ります。最後に揚がりたての、まだパチパチと衣が弾けるエビフライをスパゲッティの脇に盛り付けて、大皿のすべてが埋まりました。
(なんだか城塞みたいだ)
リュリュのひらめきで、プリン型に詰めてひっくり返して盛ったピラフ。それはまさしく、城塞に似た小山のごとくでした。
てっぺんが寂しいのが気になって、何か飾りをとあたりを見回すリュリュの目に留まったのは、おやつで食べたビスケットのおまけ。そう、いつもどんな国のものが入っているのかと、密かに彼が楽しみにしていた、小さな旗のおまけでした。
ふと思い立って、短く切った竹串に紙の隅を巻いて登頂に刺してみると、まるでお城の頂のように豪華に映えました。
白地に赤丸の国旗が乗ったピラフを頂点に、ミートスパゲッティとプリンの小山が脇に控えます。ポテトサラダとグリーンサラダの野辺を渡ると、照りのあるソースがかかったハンバーグと、勢いよく反り立ったエビフライが、皿の上でおいしさを主張しています。
さまざまな色合いが混ざり合った、見ていると心がわくわくする一皿が、ついに完成したのです。リュリュは満足と安心、それから達成感からくる大きな溜め息をひとつついて、
「できました!」
と、大きな声で宣言しました。