処置
「なぁ、ナツキ。ボク達のメンバーに加わる気はないか?NJOと言って、リクエスト・システムによる人類全体の管理を目指す組織なんだ」
「人類の管理?何それ面倒くさい」
素っ気なくナツキが返す。
「めんど・・・って、そんな事を言うなよ。いいかい?今の人類はあまりに不完全過ぎると思わないか?途上国では相変わらず内戦が続いて多くの人命が失われてるし、環境を無視した開発や工業化によって土地や水の汚染は更に悪化してるじゃないか。ナツキは、そんな人類の未来に希望があると思うかい?」
「・・・知らないわ。興味ないし」
「ボク達はさ、勇気を持って立ち上がろうとしてるんだ。この素晴らしい『リクエスト・システム』によって、人類に素晴らしい未来をもたらすためにさ・・・!」
ヒロキは考えていた。いや、疑っていた。
『ジュリエットは本当にフリーズしているのか』
もしかしたら、ナツキは『降参したフリ』をする事で、自分に『自首』を促しているのでないか・・・と。だとしたら、此処で下手に動けば今後こそジュリエットに『トドメ』を刺される危険性が高い。
足・・・の感触はかなり戻っている。手・・は、まだか・・・。
緊急時のために、ヒロキの身体には『自己回復モジュール』がセットされている。それが今、稼働して故障したモジュールの修復を続けているのだ。
あと、数分あれば・・・
「・・・アンタ、ホっントに頭が悪いのね。本当に理系出身なの?」
ジロッ、とナツキがヒロキの眼を見据える。
「『手段』と『目的』は別モノだって、知らなかったの?いくら『目的』が正しいからって、その『手段』が正しいという証左にならないくらいの事、分からないワケ?・・・アンタに『崇高な理念』があるのか知らないけど、でも『それ』を理由に大量殺人をしていいという理屈にはならないのよ」
「・・・。」
ヒロキは言い返せなかった。
「・・・どう言われようと、だ・・・ボクは『やってしまった』んだ。この事実に変わりはないよ。このまま『進む』しか無いんだ」
「・・・そう。だったら、やれば?アタシを殺してさ。アタシには小難しい事は分からないけど、アンタがどうしても『それが必要』ってのなら、止めようとも思わない。『アタシの存在』がアンタと『人類の未来とやら』の足を引っ張るってのなら、アタシはその犠牲になったって構わないの。最終的に何が『正しい選択だった』のか・・・アタシに未来は見通せないからさ。・・・後は、アンタに任せるわ」
そう言ってナツキは再び踵を返すと、岸壁のヘリに立った。
「ナツキ・・・」
その時だった。
「うっ・・・!何だ、ま、眩しいっ!」
ヒロキが上を見上げると、夜空に煌々と輝く巨大な『エイ』のような物体が浮いているのが見えた。
「これ・・・は!」
ブン・・・ブン・・・・
僅かな振動音がする。
「あれは・・・ま・・・まさか『ビッグ・レイズ』か・・・」
ヒロキが後退りする。
『こちらは、IRO特殊監査部隊・ビック・レイズです』
頭上から電子音声が降りてくる。
ビッグ・レイズはリクエスト・システムの最終門番だ。そのシステムに重大な支障が発生した場合に、その全てを強制停止できる権限を持つ、唯一の存在なのだ。
『ヒロキ・ニッタ、あなたに接続されているリクエスト・モジュールには重大な不正操作が確認されました。よって、これから緊急処置としてリクエスト・システム機能停止を実行します』
ハッとして気づいた時には、もうすでにヒロキの身体に無数の『コード』が巻きついていた。
『拘束完了。機能停止します』
「しまっ・・・・た!」
いくら力を入れようとしても、ビクともしない。手足のリクエスト・システムが機能を停止させられているのだ。
いや、待てよ・・・
ヒロキは恐ろしい事に気づいた。
仮にビッグ・レイズがリクエスト・システムを『停止』するのだとしたら・・・自分の身体の『ほぼ100%』はリクエスト・システムで稼働しているのだから・・・
『リフト・アップ、開始します』
ヒロキの身体が宙吊りにされ、上空のビッグ・レイズに回収されていく。
薄れゆく意識の中で、ヒロキはジュリエットの姿を眼で追った。
もしかして。
もしかしてジュリエットが『フリーズしたフリ』をしているだけだとして、ナツキが自分を助けようとしてくれれば或いは・・・
だが、ジュリエットはさきほどの姿勢のまま『固まったまま』だった。
ああ・・・ダメか・・・
ヒロキは身体から力を抜いた。
現場が数多くのパトカーや報道陣で大騒ぎになったのは、それからすぐだった。
ナツキは事情聴取を受けていた。
「えー・・・あなたが『ヒイラギ・ナツキ』さん?」
「・・・はい」
「大変でしたね。騙されたのか、脅されたのか知りませんが・・・此処まで連れてこられた。しかし、勇気を奮って・・・」
捜査官がフリーズしたままのジュリエットを見やった。
「あのモジュールでニッタ容疑者と戦った・・・と。ま、彼の高い戦闘能力を考慮すれば、充分に『正当防衛』でしょうな。ですが、最後にモジュールがフリーズを起こして・・・危なかったですな」
「・・・はい」
もう、何だかどうでも良いとナツキは考えていた。
「我々は、ニッタ容疑者がアナタと一緒に行動していると考えてました。そしたら、そのジュリエット・・・ですか?それが港を目指して移動し始めたのを検知したため、慌てて追尾していたという次第なんです」
「そうですか・・・」
ナツキは気のない返事をする。
多分、ヒロキは本気で世界を心配して『変えよう』としていたのだと思う。
もしも彼が躊躇することなく、もっと冷酷に割り切ってナツキを『殺して』いれば、ビッグ・レイズに捕まることもなく逃げおおせていたかも知れない。そうなれば、歴史は大きく変わった可能性もある。
だが、仮に『運命』というものがあるとしたら、運命は『それ』を要求しなかったのだろう。
「オーライ・・・オーライ・・・気をつけて、載せるぞ・・・」
用意された大きなトレーラーに、クレーンで吊り上げられたジュリエットが積み込まれようとしている。
その様子を見守りながら、ナツキはそう考えた。
海を渡る風はいつの間にか穏やかな凪に戻っている。そして、何事も無かったかのように静かな小波が月の光をキラキラと反射させていた。
完