凍結
グィ・・・ン
微かなモーター音を立てて、ジュリエットがヒロキの前に立ちふさがる。
「・・・ナメるなよ?こんな旧式のモジュールで、最新式を誇るボクの『身体』に勝てるハズが無いんだから」
ヒロキがコートを脱いだ。
「おぉぉぉりゃゃっ!」
ヒロキの拳がジュリエットのボディに打ち込まれる。
ガァァ・・・ン・・
外殻の鋼鉄が鈍い音を立てた。
「・・・・うん・・・?こ、これは・・・?」
ヒロキがジュリエットから離れる。
ジュリエットの外殻は、ヒロキのパンチで僅かに『凹んだ』かのように見えなくもないが、実質、何の損傷も無いように見える。
「・・・それで終わり?じゃ・・・今度はこっちから行くわよ?ジュリエット!」
ナツキの声を合図にジュリエットがヒロキに鋼鉄の拳を撃ち込む。
「うおっ・・・!」
間一髪のところでヒロキがこれを避けた。
ドゴ・・・ン
打撃の衝撃で岸壁のコンクリートが砕ける。
「くっ・・・!」
ヒロキの顔色に焦りが見える。
「な・・・何でだ・・・?旅客機のボディすら撃ち抜けるボクのパンチが・・・こんな旧式のモジュールを撃ち抜けないなんて・・・」
「・・・もっとイージーに勝てると思った?世の中、そんなに甘くないわよ?・・さ、次行くわよ?」
冷ややかに返すナツキの合図で、再びジュリエットが鋼鉄の拳を振るう。
ブン・・・
空気を切り裂く重い音がする。
「くそっ!」
ヒロキは腕を出してコレを受け流そうとするも、ジュリエットの豪腕がそれを簡単に弾き返す。
「うわっ・・・」
結果、ヒロキはもんどりを打ってひっくり返った。
「何なんだこれは・・・。ボクの身体が通じないなんて・・・」
「『ジュリエット』はね・・・『そういうシステム』なのよ。お爺ちゃんが言ってたわ。『いつか、リクエスト・システムを悪用する馬鹿が出て来る』って。だから『悪用された攻撃を"キャンセルできるリクエスト"を構築するんだ』って・・・」
ジリ・・・とヒロキが後退りする。
「『キャンセル』だって?・・・有り得ない」
ギギ・・・
ジュリエットのカメラ・アイがヒロキをロック・オンしている。
「リクエスト・システムには本来、『他のリクエスト・モジュールを攻撃してはならない』というルールがある事くらい、アンタだって知っているでしょ?だから、普通はリクエスト・ペーパーを書く時には他のリクエスト・システムからの攻撃は考慮に入れないわ」
ナツキが淡々と語る。
「・・・けど、アンタはシステムの『穴』を突いて『それ』を可能にしてるみたいね?でも、その『穴』はお爺ちゃんが何十年も前に発見したモノなの。・・・当時は誰にも信じて貰えなかったみたいだけどさ。だから『そうなった時』に、その『穴』を逆用して相手の攻撃を無力化するシステムを作り上げたってワケ。分かる?」
「・・・くそ・・・・っ!」
『もしもナツキの言う事が本当だったとしたら』その場合、マトモに打ち合ったら勝ち目は無い。と、ヒロキは考えていた。
だとすると、ジュリエットの攻撃を上手く利用して脱出を図る事を考えた方がベターであろう・・・と。
幸い、背後は海だ。
ジュリエットの打撃を『あえて』受ける事で、その反動を利用して海に逃げ込む算段である。ジュリエットにどれほどの海中機動性があるか分からないが、墜落した442便から独力で泳いで岸まで辿り着ける力が、自分にはあるのだ。
よし・・・来いっ!
身構えるヒロキの正面から、ジュリエットの鉄拳が飛んで来る。
来た・・・っ!
だが。次の瞬間、ヒロキの身体は背後の海ではなく『真横』の岸壁目掛けて吹き飛んでいた。
「ぐ・・・・っ!ぐふ・・・・!・・・」
ヒロキには何が何だか理解出来ていない。
「アンタってさ・・・ホント、馬鹿よね。『ジュリエットの打撃で海に逃げよう』って考えてた?だとしたら『チラッと背後を確認する』なんてしたらダメでしょ?アタシに作戦を教えてるようなモンじゃない」
ギュィィン・・・ギュィィン・・・
ナツキとジュリエットがヒロキの元に近寄ってくる。
ヒロキは必死に身体を動かそうとするが、上手く手足が動いてくれない。
くそっ・・・!伝達回路に支障が出てる・・・まずいぞ・・・さっきの一撃が効き過ぎた・・・
ヒロキは背中に寒気を感じる気がした。
・・・この分では高速機動は『ほぼ無理』だろう。『次』が来れば、もうそれを避ける術はない。
気がつくと、ヒロキの真上にはジュリエットの鉄拳が迫っていた。
「意外と呆気なかったわね。これで終わりだわ」
ナツキの声が耳に届く。
上から打ち下ろされれば、逃げ場はない。そのまま地面と鉄拳に挟み撃ちにされ『シャットダウン』になるだろう。
やれやれ・・・口喧嘩で勝てないのは知ってたけど・・・リクエスト・シテスムでも『負ける』とはね・・・
ヒロキはそっと、眼を閉じた。
ジュリエットの鉄拳が作り出す風圧が、ヒロキの顔面を地面に押し付けるのが分かる。
そのまま、数秒が経過しただろうか。
「・・・ん?」
ヒロキが眼を開ける。
すぐ目の前に、ジュリエットの鉄拳がある。だが、『それ』はそこで停止していた。
「これ・・・は?」
「あーあ、『やっちゃった』なー」
ナツキが、くるっと後ろを向いた。
「まさかなー、此処で『フリーズ』するなんてなー、あり得ないよなー」
ナツキはヒロキに背中を向けている。
「ナツキ・・・お前・・・」
「・・・何してンのよ?アタシとジュリエットは『此処で終わり』。だからこの勝負はアンタの『勝ち』。どうせジュリエットはフリーズして動かないし、サッサとアタシを海に突き落とせば?それともアタシと一緒に入水して、アタシの息が続かなくなった処で逃げるとかさ。・・・案外、それも良いかもね。心中みたいでさ」
ヨロヨロ・・と、ヒロキが立ち上がった。
「お前・・・何を考えてる・・・『それ』、ワザとだろ・・・。何を一生懸命に調整しているのかと思ってたけど・・・イザという時にワザとフリーズするようにリクエスト・ペーパーを書き換えてたな・・・」
「だとしたら、何?」
ナツキは否定しなかった。
「いいじゃん、別にさ。アタシはお爺ちゃんと違って『正義を行使しよう』なんて考えてないわ。ただ、アンタが『アタシを利用しよう』ってのが気に食わなかったから『一発ブン殴ってやろう』って思った。ただそれだけの話」
「ナツキ・・・」
フラフラとしながらも、ヒロキがナツキの元に歩きだした。