覚悟
「アタシを殺すつもり、じゃないの?」
ナツキの問いかけには確信めいた響きがあった。
二人の間に無言の時間が流れる。
「・・・どうして、ボクがナツキを殺すと思ったの?」
ヒロキの声が低い。
「え?アタシが生きてるとアンタは困るんじゃないの?」
当たり前、と言わんばかりにナツキが問い返す。
「だって、アンタが『442便』を墜落させた犯人なんでしょ?」
ぴくっ・・・とヒロキの肩が動いた。
「・・・おいおい、酷い言いがかりだな・・・何を証拠にそんな事を言うんだ?」
「証拠?証拠も何も・・・」
やれやれ、とナツキが大きく息を吐いた。
「現代の旅客機ってのは、海上での不時着を想定して水深100mまでの水圧にだって耐えられる仕様なのよ?そんな頑丈な外殻から、どうやって生身で『脱出』出来るワケ?仮に外殻が『潰れた』時点で海中に放りだされたとしても、外は10気圧よ?一瞬でペチャンコだわ」
「いや・・・どうやって助かったのは、自分でも分からないが・・・」
もごもごとヒロキが口ごもる。
「まぁいいわ。とりあえず『奇跡的に脱出できた』としましょうか?でもアンタはアタシにウソをついたよね?アンタ『漁船に助けてもらった』って言ってたでしょ?」
「あ、ああ・・・そうだよ。あの辺は昔から良い漁場だから漁が盛んなんだよ」
「・・・あまり、アタシを馬鹿にしないでくれる?アタシね『そういう奇跡』が無いかって考えて、あの日は海上保安庁のサイトにアクセスして付近を航行している漁船の航跡を追ってたの。でも、墜落事故のせいで付近は操業禁止措置になってて一隻の漁船も出てなかったわ。・・・で、誰に助けてもらったワケ?問い合わせれば直ぐに分かるわよ?」
「・・・。」
ヒロキからの、返答は無かった。
「アンタさ、どうやって旅客機を落としたか知らないけど『生きてるのが見つかるとヤバい』ってそういう話でしょ?生存確率0%の機体から生き残ったって聞いたら、誰が聞いたって『怪しい』に決まってんだし。だからアタシを『隠れ蓑』にしたんでしょ?まったく・・・『都合がイイ』ったら、ありゃしないわ」
二人の間を吹き抜ける、港の風が冷たい。
「・・・。」
ヒロキからの答えは、やはり返ってこなかった。
「でも『それ』も、もう限界みたいね?その余裕の無い様子だと。最初から計画してたんじゃないの?『時期が来たらアタシを自殺に見せかけて殺して逃げる』って。・・・アシが付かないようにさ」
バダバタと風に煽られてヒロキのコートが揺れている。
「・・・此処はアタシが『自殺する』には良い選択よね。『思い出の場所』だからさ。『恋人の死に悲観して、思い出の場所で自殺する』って、『不自然』じゃないし・・・アタシね、アンタがアメリカで『何をしていたのか』って想像がついてるわ」
コツ・・・コツ・・・と暗闇に靴音を立てながら、ナツキが岸壁の端まで近寄っていく。
「要するに今の『アンタの身体』って高度な『サイボーグ』なんでしょ?・・・アンタの言う『リクエスト・システムの可能性』とやらを使った、さ」
ヒロキは先程から動きを止めたままだ。
「442便を墜落させて脱出するためなのか、それとも何か別に意図があったのか知らないけど・・・アンタはアメリカでサイボーグ手術を受けて来たんじゃないの?だとすれば『生き残った』のは必然であって、奇跡とかじぁないわ」
海は波が荒れている。岸壁のコンクリートにぶつかって、ザブ・・・サブ・・・と不気味な波音を立てていた。
「正直に言うと、最初はね『もしかしたら、アレはヒロキの格好だけしたロボットなのかも』とも思ったんだけどさ。だから『ヨシミの話』をして反応を見たの。それで『ああ、これはロボットの反応じゃないな・・・』って。そう思ったのよ」
すると、ずっと黙っていたヒロキが口を開いた。
「・・・それで?そこまで気づいてて、どうして『此処』に来たの?『殺されるかも』って分かっていながら」
先ほど迄とは異なる淡々とした口調に、ヒロキの本気が現れているとナツキは感じた。
「さぁ・・・どうしてかしらね?フツーに警察へ通報すりゃぁいいのにね。アタシにも『それ』は分かンない。でも、『分からない』のはアンタも同じじゃないの?」
「ん・・・?」
ヒロキが怪訝な顔をする。
「だって、アタシがこうしてワザワザ『波打ち際』に立ってるのにさ。アンタ『何もしない』じゃない?チャンスだよ?今なら簡単に突き落とせるよ?何で『そこから動こうとしない』のよ?」
すっ・・・と、ヒロキが視線を逸らす。
「ヘンなヤツ。442便で何百人も殺したってのにさ。アタシ一人殺すのに躊躇するワケ?それともそれが『惚れた弱み』ってヤツなの?」
「・・・。」
再び、ヒロキは黙った。
「・・・と、言う事でね。アンタも『惚れた彼女を殺りにくかろう』って思ってさ。提案があるの。折角『ジュリエット』を持ってきたんだし・・・ジュリエット、『戦闘モード』スタンバイっ!」
『YES、Standby』
ナツキの声にジュリエットが反応する。
そして、モーター音を響かせながら大きな人形の『戦闘モード』へと形を変えた。
「何を・・・する気なんだ?」
「決まってるでしょ?ケンカよ、ケンカ。と言っても旅客機を墜落させるほどの力はアタシには無いから、アンタの相手はこの『ジュリエット』よ。これでアンタとケンカしようってワケ。それで目出度くアンタが勝ったらアタシが『自殺してあげる』わ。その代わり、アタシのジュリエットが勝ったら『素直に警察行き』よ。それでどう?それならお互い『スッキリ』するんじゃなくって?」
なおも、ヒロキは躊躇しているようである。
「・・・戦わない、という選択肢もある」
「『その場合』は悪いけど、アタシの不戦勝にさせてもらうわ。異論は無いわよね?アタシもそこまで付き合う気は無いから」
ジジ・・・
ジュリエットのカメラ・アイはハッキリとヒロキを捉えている。
「・・・いいだろう。ボクにも、人類とリクエスト・システムの未来のために『覚悟』を決める時が来たようだ」
その頃、事故調査委員会では『ヒロキ・ニッタ』の詳細情報の特定が進められていた。
「どうやら、ヒロキ・ニッタはアメリカで有志の手によって『身体そのものをモジュールへ置き換える』という大胆な手術を受けた可能性が高いと判断されるようです。現在でも臓器や四肢と言った各部の人体補助モジュールが存在しますが、言ってみればそれらの『全部乗せ』ですね・・・」
「人体の『全モジュール化』か・・・それは凄いな。しかし『それ』をして旅客機に乗れるのか?そこまで人体を機械化したら空港のテロ監視システムにハジかれそうだが?」
「もしかしたら、ですが。『それ』をしてしまうと人工心臓や義肢を持つ社会的弱者の差別になり兼ねないので、監視システム自体が『人体に関するリクエスト・シテスムはフリーパス』にしてしまうんじゃないでしょうか?」
「・・・有り得るな・・・『それ』が狙いだったのかも知れん・・・」
そこに、別の担当から報告が上がってきた。
「SNS情報の開示で、彼の交友関係を特定しました。『ナツキ』という親しい女性がいるようです」
「よし、その女性のクレジットカード情報を調べろ。特に食料品関係だ。もしかしたら、事故の前後で『購入履歴』が変化したり増えたりしてるかも知れん。だとしたら、『ヒロキ・ニッタ』はその女性の自宅に隠れている可能性が高いぞ!」