外出
「なあ・・・ナツキ、贅沢言って悪ィんだけど」
ヒロキがオズオズとナツキの顔色を伺う。
「何よ?『贅沢だ』って分かってんなら、黙ってりゃイイじゃん」
「・・・いや、そうなんだけどさ。でもさホラ、『じっとして』ばかりいると息が詰まるんだよ。だから、夜中でいいから『外の空気』を吸いに行きたいんだ」
ナツキは素っ気なく玄関のドアを指差した。
「玄関を開けて、少し顔を出して、深呼吸して、それでドアを閉める。以上終わり。何か不満でも?」
「いや、だからさ・・・」
『奥歯にモノが挟まった言い方』という表現がピッタリな感じで、ヒロキがナツキが食い下がる。
「デートだよ、デート。久しぶりにホラ・・・ドライブデートとか楽しみたいんだよ。分かるだろ?」
「ふー・・・ん?アンタ、それでイイわけ?知らないよ?『見つかって』も」
ナツキは呆れたようにヒロキに言い返した。
「うん・・・まぁアレだよ、流石に昼間は人目もあるからコワいけど、真夜中ならどうにかイケると思うんだ。えー・・・と。ホラ、昔、港の近くで夜中に星を見て楽しんだ事があるじゃん?今日は天気も良いし、星も良く見えるんじゃないかなっ・・・て」
「呆れたヤツ・・・。ホントにアンタ、『隠れてる』って自覚あンの?大丈夫?」
「だ、大丈夫だって!・・・・えー・・・少しくらい?なら。ははは・・・」
ふっー・・・とナツキが大きく息を吐く。
「しっ・・・かた無いわねぇ。『少しだけ』よ?ホントに少しだけだからね?」
時間は夜の10時を回っていた。
「まあ・・・此処からなら片道1時間もあれば、行ってこれるか・・・」
ナツキはジュリエットの電源ボタンを押した。
「ジュリエット、準備して。港まで行くから」
『OKデス。ナビゲーション・システムヲ起動シマス』
そして、ナツキはヒロキの方を振り返った。
「・・・『行く』ってんなら、今から行くわよ?早く帰って早く寝たいから」
ツッケンドンに言いながら、ナツキはコートを羽織る。
「え?今から?!わ、分かったよ!直ぐに用意するよ!」
ヒロキも慌ててコートを着込んだ。
自動運転というのは便利な技術ではあるが『運転する楽しみが無い』という意見は今でもある。だが、それと引き換えに多くの自動車事故が無くなった事を考えれば、その代償は致し方ないのかも知れない、とナツキは思う。死んでしまえば楽しみも何も無いだろうし。
「嬉しいなぁ・・・最近は忙しくって、こうして中々ドライブにも行けてなかったしさ」
ヒロキは助手席でソワソワしている。
「・・・何よ。『忙しい』ってのは、アンタの一方的な都合じゃん。自分が忙しいからって、ずっとアタシを放ったらかしにしてるクセに。こういう時だけ『恋人ヅラ』しようっての?」
不機嫌そうなナツキの横顔に、ヒロキは少々居心地が悪そうだった。
「まぁ、そう言うなよ。忙しくって構ってられなかったのは謝るからさ。これでもボクはナツキにずっと惚れてるんだよ?」
「まぁ!シラフでそんな事を言うなんて、そんなウソが通じるとでも思ってるの?」
ナツキの機嫌を取ろうとして、ヒロキは更に深みへ嵌っていくようだった。
「ウソだなんて・・・、そんな事は無いよ。ホントに惚れているんだ。信じてよ」
ナツキは、チラッとヒロキの横顔を見て、すぐに前に向き直った。
「まったく・・・・お婆ちゃんが言ってた通りだわ」
「え?お婆ちゃん?お婆ちゃんが何を言ってたの?」
ヒロキが聞き返す。
「・・・お婆ちゃんは言ってたわ。『男は"イイ女"に惚れるものだ。だが、男が言う"イイ女"って言うのは、自分にとって都合が"イイ女"の事だ』って。まったく、アンタを予言してたような言葉よね」
「いや・・・手厳しいな・・・はは・・・」
ヒロキが苦笑いを浮かべる。
「けど、こうして匿って貰ってるのはホントに感謝してるんだよ?それに御飯も食べさせて貰ってるしさ。いつかチャンと恩返しはさせて貰うよ」
「ふん・・・どうだかね。武士の情けで利子は勘弁してあげるから、期待しないで待っとくわ」
『目的地ニ到着シマシタ。停車シマス』
港への到着を知らせるジュリエットの電子音声が流れる。
キュイー・・・・ン
ハッチが開く音がして、二人が外へ出た。
「あー・・・・やっぱり・・・外の空気はいい・・・生き返る気分だよ・・・」
ヒロキが大きく伸びをする。
岸壁は真っ暗で、遥か向こうに大型客船の明かりだけが見えている。
「・・・寒いわね。まったく、こんな時間に何て物好きな話かしら」
ナツキはまだブツブツ言っている。
「そう言えばさ、さっきナツキは『男は都合のイイ女に惚れる』って言ってたよね?だったら、女はどうなの?『都合のイイ男に惚れる』んじゃないの?『友達に自慢できるイケメン』とか『大金持ち』とかさ」
ヒロキは、外の空気を吸って少し気分がリフレッシュしたようだ。
「違うわ」
ナツキがそれを否定する。
「『自慢出来るイケメン』とか『大金持ち』って言うのは理性的な『条件』なのよ。より確実に自分の子孫を残すため生物的な『条件』ね。そういうのは『理性』の話だから好き・嫌いの『感情』とは違うの」
「へえ・・・?」
よく分からない、という顔をヒロキが見せる。
「・・・女はね、『自分を破滅させてくれる男』に惚れるのよ。きっと」
ナツキの眼はじっと海の方を向いている。
「え・・・?『破滅させてくれる男』?何だよ、そりゃ」
怪訝な顔をするヒロキだが、ナツキの声は冷静だった。
「だからこそ、アタシはアンタに惚れたのかもね。ここ数日、ずっとそんな事を考えてたわ」
「ナツキ・・・」
ナツキから近寄りがたい雰囲気が出ていると、ヒロキは悟った。
「・・・何が言いたいんだ、ナツキ。ハッキリ言ってくれ」
ナツキがヒロキの方に向き直った。
「言ってイイの?じゃぁ言うわ。アンタ・・・此処でアタシを『殺すつもり』なんでしょ?」
「・・・。」
ナツキの衝撃的な問いかけに、ヒロキは無言だった。
その頃、事故調査委員会の方ではIROから事件の進展が伝えられていた。
『皆様のご理解とご協力を感謝します。お陰様で、犯人グループと思われるNJOのメンバー洗い出しが完了しました』
「早いな・・・流石ですね」
おお・・・と委員会から歓声が上がる。
『それで、メンバーの一味と思われる人物の一人が、442便に搭乗していた事が判明しました』
「なんと!」
座長が立ち上がる。
「誰ですかな、ソイツは?」
『日本名と思われますが・・・"ヒロキ・ニッタ"とあります』