伏臥
「お前さぁ・・・それ、ジュリエットだっけ?また調整してんの?」
ヒロキは、ナツキの手元をしげしげと覗き込んだ。
「うん・・・何しろ、年代物の機体だからね・・・。所々モジュールが古くてさ、スペックから『サポート切れ』が通告されてんの。だから、都度ごとに更新しなきゃなんだけど・・・『そこ』だけ代えるとリクエスト同士が『カブって』フリーズするし・・・調整が大変」
ふっー・・・とナツキが溜息をついた。
「『サポート切れ』かぁ・・・そう言えばジュリエットは元々、ナツキのお爺ちゃんが作った機体だっけ?」
ヒロキの言う通り、ナツキの愛機・ジュリエットは彼女の祖父が最初に構築を始めたのだ。
「まだ、リクエスト・システムが本格運用を始めた直後ぐらいだったからね・・・色々と苦労はしたみたい。けど『何時か役に立つから』って、ずっと言ってたから・・ところで、アンタは方はどうだったの?今回の『出張』は随分と長かったみたいだけど?」
大量のリクエスト・ペーパーに目を配りながら、ナツキが尋ねる。
「出張?ああ・・・何しろ、お前に散々イヤミを言われながら『行かさせて頂いた』出張だからね。感謝してるよ」
3ヶ月前、ヒロキが『3ヶ月ほどアメリカに出張になる』と言ったときにはナツキから『向こうでキレイなネーチャンと遊んでくるつもりか?』と散々と文句を言われたのだ。
「イヤミ?何の事か知らないけど。でも『大事な彼女』に寂しい思いをさせてまで出かけたからには『それなりの成果』はあったんでしょうね?」
3ヶ月間、ヒロキはナツキからのメールにも返信したり・しなかったりだったのだ。
「う・・・返信が遅れたのは謝るよ、何しろ忙しかったからさ。けど、『成果』はそれなりにあったつもりだよ?・・・機密事項だから、詳しくは言えないけど」
ナツキはチラリ、とヒロキの方を振り返って再びリクエスト・ペーパーに目を転じた。
「機密って言ってもリクエスト・システムの話には違いないんでしょ?」
「あ、ああ。それはそうだよ。何しろボクの専門なんだし。このシステムには、まだまだ可能性があると思ってるからね。ボク達はその可能性を追求したいんだよ」
「ふー・・・ん?」
ナツキは何処となく関心が無いようだ。
「・・・ああ、そう言えばさ。アンタがアッチに行ってる間にヨシミが結婚したよ。知ってた?」
「え?ああ・・・ヨシミか。そ、そうか・・・知らなかったな・・・ま、良いんじゃない?幸せになってくれれば」
ヨシミはヒロキの元カノだ。
「あ、そう。そういう感想?未練とか無いワケ?」
「・・・どういうリアクションを期待してたの知らんけど、未練なんざないよ」
ヒロキはナツキから離れ、椅子に腰掛けた。
「ヨシミの旦那って、ユウイチだろ?アイツがどれだけヨシミの事を知っているか知らないが、少なくとも結婚まで行ったという事は、ボクの時みたいに『ドジ』を踏まなかったんだろうな」
「ドジ?」
ナツキ聞き返す。
「ああ。ナツキには言ってなかったけどな。ヨシミはある意味『二重人格』なんだよ。自分が『好き』だと判断した相手には男女を問わず『カワイイ私』を演出するんだが、これが一旦『コイツ、嫌い』になると突然『暗黒面』に反転するんだ」
当時の事を思い出したのか、ヒロキが首を横に振る。
「ボクが『それ』を知ったのはホンの偶然でさ。ある日、物陰で誰かが電話で喋っているのを聞いちまったんだ。スゲー低い声の荒っぽい口調でさ。『ああ゛?何いってんのよ?』的な。『誰だろう?』と思ってみたら、それがヨシミだったんだ。いやぁ・・・寒気がしたよ。普段ボクと喋っている時と比べたら1.5オクターブは低かったからね。『アレが素なのか!』と思ったら怖くなって」
「逆に言うとさ、アンタはヨシミの『それ』を知らなかったの?」
ナツキはヒロキに背を向けたままだ。
「それを言われるとツラいなぁ。確かにヨシミと同じチームに居たシンヤなんかは『嫌われて』て、『用事で話しかけても一言も喋ってくれない』ってボヤいてたけど。シンヤは見た目が『妖怪・子泣き爺』だから、生理的にアレなのかと思ってたが・・・」
うーん、とヒロキが宙を見上げる。
「とにかく、『アレはヤベェ!』と思ってそこからは必死の思いでフェードアウト作戦よ。たまたま同時期にイケメンのユウイチが来てくれて『気移り』してくれてさぁ。ホント、アレはラッキーだった」
「・・・アンタさぁ」
ふん、とナツキ嘆息をつく。
「中々のクズ男だよね。結局『押し付けて逃げた』んでしょ?ユウイチに、ヨシミを」
「容赦ないなぁ・・・良いじゃんか、ボクはダメでもユウイチなら大丈夫かも知れんのだし」
ヒロキは言い訳めいた事を言いながら、ふくれっ面をしていた。
「で・・・その、IROを挑発している集団については、何か分かっている事はあるんですか?」
事故対策室の座長が、モニターに向こう側に居るIROの担当職員に問いかける。
『現時点で判明しているのは彼らが"ニュー・ジェネシス・オーダー(NJO)"と名乗っているという事と、構成メンバーが多国籍であるらしいことです』
「Orderか・・・新世紀の命令?要求?どちらにしてもフザけた話だ。・・・で、そいつらは何を目的にしてるんです?何か分かっている事はあるんですか?」
座長が重ねて問いかける。
『ハッキリと声明が出てるワケでは無いので確たることは言えませんが、彼らは"支配関係の逆転"を目論んでいるのでないか、と言われています』
「支配関係の逆転?」
『つまり、人間がリクエスト・システムを支配するのではなく、リクエスト・シテスムによって人類を支配、管理しようという・・・』
「馬鹿なっ!」
調査委員のメンバーから怒声が響くなか、座長の質問は続く。
「何を思い上がった事を・・・それで、もしも442便を墜落させたのが『NJO』の連中だとしたら、その目的は何だとお考えで?」
『はい、恐らくは威示行為だろうという見方をしています。航空機という最高レベルのリクエスト・ペーパーすら"自分たちは突破できるのだ"という自信の現れというか。または、リクエスト・システムそのものを"人質"にとったつもりなのかも知れません』
「くそっ・・・!」
委員から溜息が漏れる。
『ですが今回、"全個人情報の開示許可"が得られました。これによって、メンバーの洗い出しも進むと思われます。しばらく、お時間をください』