生還
次の日の朝。
ナツキは『昨晩、アレからどうしたのか』サッパリ記憶が残っていなかった。
晩御飯を食べたのか、食べなかったのか。
お風呂に入ったのか、入らなかったのか。
まったく覚えていない。とにかく何も手に付かないまま、ひたすらテレビの続報を観たり、ネットで情報を確認していたと思う。多分、その途中で意識が途切れて寝てしまったのだろう。
時計を見ると午前4時過ぎだ。冬の外は、まだ真っ暗である。
「ヘンな時間に起きたな・・・」
ナツキはムックリと身体を椅子から起こした。
「痛てててて・・・」
おかしな体勢で寝ていたせいで、身体のあちこちが軋む。
「とりあえず・・・何か食うか・・・」
フラフラと立ち上がった時だった。
ピー・・・・ンポー・・・ン・・・
玄関のチャイムが鳴った。
「えっ!」
ナツキは一瞬にして眼が覚めた。改めて時計を見るが、やはり時刻は朝の4時過ぎ。『誰かお客が来る』時間ではないと言える。
ナツキの背筋に寒気が走る。
「いやいやいや・・・アタシさぁ『そういうの』ってダメな性質なのよ・・・勘弁してよね・・・」
これは『話に聞く』パターンだ、とナツキは思った。
『想いを残して死んだ人間が、家族や恋人の元にやってくる』という・・・
「いや、待て!まてまて。今のは・・・そう!『気のせい』だしっ!」
心を強く持とうとした瞬間、更なる追撃が来た。
ピー・・・・ンポー・・・ン・・・
また、チャイムが鳴ったのだ。確かに鳴った。もう、『幻聴』では済まされないレベルだ。
「いやぁ・・・参ったぞこれ・・・どうすんだよぉ・・・」
思わず左手の爪を噛んだユキナの耳に、今度はインターフォンから声が聞こえてくるではないか。
"おい・・・!聞こえるか?ボクだよ、ヒロキだ!頼む、此処を開けてくれ・・・!"
心なしか、その声には不気味さが漂っているような気さえする。
「『やっぱり』じゃねーかー!」
ナツキはヘナヘナとその場に座り込む。
「コレはアレでしょ?下手に『まぁ、良くぞ帰って来てくれたわねぇ!』ってドアを開けた瞬間に『お~れ~だ~ぁぁぁぁ!』とか言って、化けて出て来るヤツなんでしょ?!そう、子供の頃にテレビのオカルト特集で見たんだから!アタシ知ってんだから!」
すると今度は、ドアを叩く音が聞こえ始めた。
ドンドン!ドンドン!
"おいっ!ナツキっ、頼む、起きてくれ!頼むからさ!早くっ!"
「・・・・ん?」
ここに来て、やっとナツキも『何やら様子が変だ』と気づく。
え?もしかして『本物』なの?
「ジュリエット、玄関の防犯モニターを映して!」
『了解デス。モニターヲ、映シマス』
ジュリエットのディスプレイに玄関外の様子が映し出される。
「居たよ・・・ヒロキだよ・・・」
意を決し、ナツキはインターフォンの応答ボタンを押した。
「ヒロキ?、ヒロキなの?マジメに?幽霊とかじゃなくて?」
"当たり前だよ!ボクは生きてるんだよ!ホラ、『足』だってチャンと付いてるだろ?"
モニターのカメラに向かって、ヒロキが足を突き出して見せる。
「あ・・・ホントだ。足、付いてる」
"『付いてる』じゃなくって、頼むよ、早く開けてくれって。外は寒いんだ!"
「ゴメ、すぐに開けるから!・・ジュリエット、玄関の電子錠を開けて」
『了解。電子錠ヲ開ケマス』
ガチャリ、と音がして玄関のカギが開く。
「おお・・くそ寒みぃ・・・・ありがとう、開けてくれてさ・・・」
慌ただしく、ヒロキが室内に入ってきた。
「ホントに・・・アンタ、ホントに生きてるの?『お化け』とかじゃなくって?」
ナツキはマジマジとヒロキを見つめる。
「ああ・・・『かろうじて』ね・・・正直、ボクも『どうして助かったのか』良く分かってないんだ。気が付いたら漁船の上に居てさ・・・『死体が浮いてると思って引き上げたら生きてた』って漁師さんが言ってたよ」
ペタンと、ナツキがその場に座り込んだ。
「・・・信じらんない・・・生きてたなんて・・・ホント、奇跡みたい・・・」
「すまない、心配掛けてさ。けど、とりあえず『生き残った』から」
ヒロキもその場に座り込み、ナツキを抱きしめようと・・・
バシっ!
「痛い!何すんだよ!」
ヒロキが頬を押さえる。
「いま、『恋人同士の奇跡の再会』的な良い雰囲気だったじゃんか!何で殴るんだよっ!」
「うるさいっ!」
ナツキが怒鳴り返す。
「テメェ!どんだけアタシが心配したか知ってんのか、この野郎が!昨日一日、まったく『こっちが死にそうだった』わよ!」
「ゴメン!心配かけた!」
プイっと横を向いてむくれるナツキに、ヒロキが手を合わせる。
「あっ!そうだ、アンタのお母さんが死ぬほど心配してたわ!すぐに連絡・・・」
端末を取ろうとするナツキの手を、ヒロキがグイっと引っ掴む。
「・・・待ってくれ。『それ』をされると困るから『此処』に来たんだ・・・」