捜索
ピリリ・・・ピリリ・・・!
ナツキのスマート端末に着信が入る。表示はヒロキの母親になっていた。
一瞬、ナツキは『出ようか、止めようか』躊躇した。今、電話に出ても楽しい会話になろうハズもなく。だが、それでも無視というワケにも行くまい・・・と覚悟を決めて受話ボタンを押す。
"もしもしっ!ナツキちゃん?!"
やはり、ヒロキの母親はパニック状態だ。
「・・・はい、ナツキです。あの、テレビ・・・見てました・・・」
ナツキにも、それを言うのが精一杯だ。だがせめて、事故の事を母親の口から語らせたくは無かったし、正直なところ聞きたくも無かった。
"何だか・・・私、どうして良いか分からなくて・・・ゴメンね、他に話が出来る人が居なくて・・・"
電話口の向こうで泣きじゃくっているのが分かる。
「・・・とりあえず、まだ何も確定してませんし・・・これからの発表を待ちましょう。もしかすると、搭乗者名簿に名前が在っても乗っていないかも知れませんし、同姓同名の他人という事だって有り得ると思いますから」
無論、それらの『可能性』が極端に低い事はナツキだって充分に理解している。だが、母親を励ます以上に自分自身に『そう』言い聞かせなければ精神を保てない気がするのだ。
"そう・・・そうだね・・・ゴメンね、迷惑かけて・・・じゃ、また・・・"
少し落ち着いてたのか、そう言って電話は切れた。
「はぁ・・・」
大きく溜息をついて、ナツキは椅子に崩れ落ちた。
その頃、空港では前代未聞の事件を受けてパニックに陥っていた。
「くそっ!442便との連絡はつかんのか?!」
管制官が必死の呼びかけを続けているが、反応は無いようだ。
「室長っ!海上保安庁から連絡が来ました。岬ヶ丘の近海を航行していた漁船から、巨大な水しぶきが立ち上がるを目撃したと118番通報があったそうです!」
「水しぶきだと・・・」
『最悪の事態』が現実化している気配が沸いてくるのを、室長は感じていた。
「『水しぶき』の方角はほぼ特定できましたが・・・距離は不明との事です」
「距離はかまわん!その方角と、442便の予定航路をプロットするんだ!2つの線がクロスした点が『現場海域』の可能性が高いっ!」
管制室では全ての航空機を待機させて、事故の対応に当っている。
「了解です、少しお待ちください・・・ポイント、出ました。G-A-12区域です」
「近いな・・・よし、そのデータを海上保安庁に送れ!巡視艇とAI観測機での捜索を依頼するんだ」
それにしても、と室長は疑問に思っていた。
リクエスト・ペーパーで管制されている航空機が『事故』というのは、とても信じられるものではない。もしも万が一機体に異常劣化やトラブルがありでもすれば、そうした情報はリアルタイムで航空会社と管制塔に送信される仕組みだ。そうした異常について何も履歴が残っていないというのは・・・
『テロ』という言葉が、室長の脳裏に浮かぶ。
「まさかな・・・」
だが、その可能性とて俄には信じられない。そうした『対策』についても、空港は万全の体制を敷いている。爆発物は疎か、刃物1本とて機内に持ち込める要素は無いハズなのだ。
「海上保安庁から連絡が来ました!室長、お願いします」
管制官からの声に、室長は我に返った。
「お、おう、繋いでくれ」
「・・・海上保安庁です。管制室長さんですな?今、我々の船を現場に向かわせていますが・・・」
相手の声にキレがない。何かを言いたいそうな風である。
「・・・どうしました?その海域に何か?」
「ええ。実はG-A-12区域は、水深が深いのです。丁度そこだけが『裂け目』のような海底渓谷になってましてね・・・もしかすると捜索は難航するかも知れません」
岬ヶ丘の外海には確かに『深海』になる部分がある。その『斜面』に多くの魚がついていて、格好の漁場になっているのだ。
「最深部だと、どれくらいでしょうか?」
室長が尋ねる。
「・・・650から、700mほどはあります。その場合、我々のソナーでは捉える事すら困難です。海上自衛隊保有の『おおしお級』潜水艦か、JAMSTECの特殊深海艇であれば接近することも出来ると思いますが・・・」
『悪い情報ほど、最優先に伝える』これは組織のコミニュケーションとして常識であると言えよう。組織は常に最悪のリスクを想定して、それに備える必要があるからだ。
しかし、それでも室長としては『墜落前提』で話が進むのは、ある意味で『尚早ではないのか』という気がしないでもなかった。
「・・・そうですか・・・とりあえず、現場海域の海の状況だけでも確認をお願いします」
「了解しました。何かありましたら、早々に連絡致します」
海上保安庁からの連絡が切れる。
「・・・おい、運輸省の監査局に連絡をとってくれ」
室長が管制官に指示を出す。
「監査局ですか?」
管制官が聞き返した。
「監査局って、リクエスト・システムを主管する官庁ですよね?では、リクエスト・システムに何か不具合の可能性とか・・・ですか?テロとかなら兎も角、システム・エラーは考えにくいですけど・・・」
「オレにも分からん。だが、何か引っかかるんだ」
その時、別の管制官から声が掛かった。
「室長、『I・R・O』から緊急連絡が来ました!」
「・・・早いな・・・感づいたか・・・」
奇しくも室長が抱いた『予感』は、リクエスト・システムの国際総本部である『IRO』も感じとったようだ。
「で、何と言って来たんだ?」
「緊急で『ビッグ・レイズ』を派遣したそうです・・・」
ブルっ・・・と室長の肩が一瞬、震えた。
「ビッグ・レイズか・・・IROも本気だな・・・」