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どきっ!ツケは体で払う!?(ポロリもあるよ!)



「俺、そろそろ帰るわ」


 酔いもそこそこ良くなってきたし、ここにいても得るものはない。

 毎度ながら、絡みつくような視線が客から発せられているのも嬉しくない。

 ここが普通の酒場で、女の子からの熱い視線なら大歓迎なのだが。

 ここの客達は、どうやら俺とママが親しい間柄だと勘違いをしているらしい。


 声を大にして言おう。

 俺はノーマルです。


 スツールから下りつつ、今まで背を向けていた店内に目を向けた。

 ピンクのランプで色付けされた悪趣味な店内は煙草の煙に包まれて薄暗く、今日も筋肉もりもりの野郎どもが酒を飲んで盛り上がっている。


「カレードリア、それからコーヒー牛乳七杯、締めて二千八百ポロリよ」


「ツケといて」


 俺はいつものように答えた。

 そう、いつものことだと思っていたのだが、


「あのさぁ、ダーリンがいないから言うけど……アンタはツケがどれだけ溜まってるか、分かってんのかい?」


 と、ママがこめかみに青筋を立てて急にキレだした。


「ほぁ?」


 俺は一瞬、何のこっちゃと目を丸くする。

 今までツケのことで本気でキレられたことはない。

 ママの変わりように面食らっていると、


「お気に入りだからって調子に乗るんじゃないよ、この泥棒猫!」


 あぁ、そういうことですか。


 ママはマスターが俺に取られるんじゃないかと、心配しなくても良い心配と嫉妬を起こして、俺に当たってきたのだ。


 その一言に、自分の中で何かがプツリと切れる音が聞こえた。


「メロドラマ劇場に入り浸り過ぎなんだよ、このオカマ! 勝手に被害妄想を暴走させてんじゃねえ! 馬車馬ドーマスもビックリの暴れっぷりだよ!」


 俺はカウンターを力一杯叩いて反論した。


「ニューハーフとお呼び! ニューハーフと!」


「ハンジュウの間違いじゃねえの?」


「誰が半獣よっ!」


 ママは真っ赤な顔をして鼻息粗く拳を振り上げている。

 アレにあたると、虎も熊もミノタウロスも一発でダウンという恐ろしい鬼の拳だ。


「アタシの肉体美の足元にも及ばない、ひょろっひょろのお粗末ボディのどこが良いんだか。このバーの看板娘はアタシなんだからね!」


「娘ってトシじゃねぇだろ!」


 そもそも、ママの場合は肉体美というよりも人間兵器にしか見えないのだが。


「ふごぉーっ! とにかく、今夜は二千八百ポロリ、キッチリ払いな!」


 ママがカウンターを叩けば、カウンターの上にあるグラスや皿が軽く宙を浮いて騒がしい音を立てる。


 あぁ、まったく!

 みんな、金、金、金かよ!


「どいつもこいつもポロリポロリ言いやがって! そんなに言うなら出すぞコノ野郎!」


 俺は履いていた青ジャージのパンツに手を掛けた。


「そっちのポロリじゃないわよぅ! アンタの汚いモンなんて見たくないの!」


「出せって言ったの、アンタだろ!」



 たまに思う。



 誰がこんな『ポロリ』などという珍妙な名を、お金の単位として決めたのだろうか。


 もっと他にも良いお金の単位があるような気がするのだ。

 ドルとかエンとか、あるいはペソとか。ゴールドでも良い。


 そうやって俺とママが言い合っていると、


「サマンサの言うとおり、今までのツケを払ってもらおうか」


「ひぃっ?」


 突然、背後から肩をつかまれた。

 その途端に悪寒が走り、首をすくめる。


 振り返らなくても声の主は誰だか分かっている。

 そして、俺からすれば気色悪い笑顔を浮かべているのだろうということも。


「お、おい、マスター……いや、エルアルト」


 俺は牽制する意味も込めて、マスターを名前で呼んでいた。


 いつの間に部屋から出て来たんだ、コイツは。


 嫌な予感がしてならない。

 嫌な予感とは、残念ながら高確率で当たるものだ。


 じんわりと額に汗が浮かんできたのを感じた。


「おおお、俺とアンタの古い仲だろ? それに、俺が手を貸したからこそ、アンタは英雄になれた」


 だが、ヤツの手から力は抜けない。


「あぁ、それに関してはとーっても感謝している。だが、その借りは多額のツケで返したと思うが?」


 振り返ってみれば、案の定、エルアルトは笑顔だった。

 穏やかなのがむしろ怖い。


 それにしても、俺に対するツケで、あのときの借りを返したと思っているとは呆れる。


「おい、そんなに世界平和は安くないぞ」


「価値観なんて人それぞれだろう? それじゃあ、若い肉体で払ってもらおうかな」


 俺の意見をあっさり流し、しっかり腕までつかんで鼻歌交じりに引っ張り始めた。


 い、行かせてなるものかあぁぁぁあ!


 俺はその場に踏ん張ろうとした。

 踏ん張ろうとして、頭の片隅では分かっていた。

 力の差が歴然すぎて、まったく相手にもならないということを……。


「あははは、抵抗されるとお兄さん、余計に燃えちゃうなあ!」


「ぎゃー! た、助けてっ! ママ!」


 エルアルトの肩に軽々と担ぎ上げられてしまった俺はママに助けを求めた。

 俺とヤツが同じ村の出身で、幼な友達で、更には先輩後輩という仲に激しく嫉妬しているママのことだ。

 止めてくれるに違いない。

 ところが、


「働かざる者食うべからずって言うものね、ミャハ!」


「何ですと!」


 語尾に星マークがつきそうな、予測を裏切るママの発言に俺は目を見開いた。


「おい、ママ、ちょ、まっ……えぇっ?」


「じゃあ、サマンサもそう言っているし、行こうか」


「ちょ、ちょー、待てって!」


「金が欲しいんだろ?」


 欲しいですけど、アナタが言うと何だか卑猥でいかがわしく感じるのですが!


 エルアルトがゆっくりとカウンターの奥にある、バックヤードに向けて歩き出す。

 それが地獄の入り口に見えた。

 じたばたと暴れたところでそれが何の意味もなさないことを、嫌でも思い知らされる。


「まっ、アーッ!」


 俺の悲鳴を月が静かに耳を澄ましていた。



 あぁ、今すぐ魔王が復活して、世界を滅ぼしてくれないだろうか。



 猿ぐつわを噛まされ、目隠しもされ、縄でぐるぐる巻きにされた俺は、店の裏口から荷馬車へと放り込まれた。まだ寒い季節だからと考慮されたのか、毛布で更に包まれる。


 頭の中に流れるのは、もの悲しい、あの有名な曲だ。

 ある晴れた昼下がり……いや、今は夜ですが。


 俺は売られていくのか。

 ツケが溜まったからと、うら若きピチピチの男子が売られてしまうのか。

 こうして犯罪はいつも人知れずに行われているものなのだ。


 店は早々に閉めたらしく、表の方から男達の不満げな声が聞こえてきた。

 それもしばらくすれば聞こえなくなってしまう。


 やがて、荷馬車が緩やかに発車した。


 魔法使いなのだから魔法で脱出、九死に一生スペシャル的なことが行えるかというと、そうでもない。


 魔法には呪文の詠唱が必要であって、それには言葉を口にする必要がある。

 頭の中でイメージをすればできるという人もいるが、熟練者ではない俺には無理な芸当だ。


 それにしても、舗装された道の上を行くからか、揺れが緩やかだ。

 こういう揺れは眠りを誘うから危険だ。

 バイト先から帰る馬車の中で、働き疲れたオヤジ達の酒臭さに挟まれつつ眠ったことが何度もある。

 なぜ、この揺れで人は眠くなってしまうのだろうか。


 そうやって現実逃避を始めた頃に意識を手放した。

 言わずもがな、馬車の揺れという強力な魔力の前に屈したのだ。



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