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魔法系男子☆登場!




 これは都市伝説じゃない、本当に存在したんだ!



 首都コーネリアの北北西に位置するメーベル通りは通称『ブルジョワの道』と呼ばれている。

 その通りにある、ちょっとお家賃高めのアパートの一室で、俺は少し感動を覚えていた。


 伝説の空中都市はあったんだと目を輝かせた某物語に出てくる少年少女の感動に比べれば、それはちっぽけではあるけれども。


「クククククク、クレアーレさん……これこれ、こ、これは……!?」


 見事に磨き抜かれたカラメル色の床に乙女座りになった不動産屋の担当さんが声と体を震わせた。

 横に突き飛ばした拍子に乙女座りになったらしい。

 四十を過ぎた男だが、俺の知っているバーのママよりも可愛らしく見える。

 窓から差し込んだ茜色の光がスポットライトのように照らしていた。


 これが薄幸の美少女なら文句ない。


 それにしても、春が近いとはいえ、日没の時間は早い。

 部屋が闇に染まるのも時間の問題というわけで。


「あー、多分、ゴースト系の一種だと思いますよ。でなけりゃ、デーモンかシャドウ系です」


 彼が先程まで立っていた床の上に、大小無数の真っ黒い腕が生えてうごめいていた。獲物を探して揺れている様が、まるで「おいでおいで」と手招いているようにも見える。


「お色気満載の地獄温泉湯煙ツアーなら喜んで行くんだけど」


 まあ、あの行き先はそんなものじゃないんですけど。


「お祓いを何度も業者さんに頼んでるって、さっき言ってましたよね。それでも、何度も再発しては物騒な事件が起きる……ここは同業者達にも有名な訳あり物件だって」


 俺の問い掛けに担当さんは何度も小刻みに首を縦に振る。


 悪いことが立て続けに起る場合、大抵は霊体系アンデッド・モンスターと呼ばれるゴーストやレイスの仕業と決まっている。


 壁に耳ありショウジに目あり、訳あり物件にゴーストありと有名なフレーズだ。


 お祓い専門の業者さんもあって、たまにアパートのポストにチラシが入っていることもある。

 丸くて真っ白いふかふかの、可愛いんだかキモイんだか何だかよく分からないマシュマロ男子なキャラクターが「幽霊にお困りならすぐご相談ください!」なんて勇ましく親指を立てている絵柄が頭の中に浮かぶ。


「ゴースト専門の業者さんが来たら、息を潜めて隠れてたってワケです」


 恐らく、プロの相手をしたのは雑魚だろう。

 こうして災いの根っこが残っていれば、再発するのも頷ける。

 では、何で、俺の前に出て来たのか。



 それは、俺が弱そうに見えるから。



 裏道を三歩歩けば不良にターゲットにされるという今までの経験上、間違いない。


「に、逃げましょう。今すぐ逃げましょう!」


 悲鳴に近い声で担当さんが叫んだ。

 恐る恐る立ち上がり、商売道具である自分のカバンをテーブルから取るのを忘れない。


「あー、でも、訳あり物件なんて貴重な体験ですから、遠慮します」


「なぁにを言ってるんですかあっ!?」


 彼は今にも泣きそうな顔で振り返った。


「いや、だって、こうなることをわかってた上でのバイトですから」


 担当さんは呆気にとられた表情で、腹話術人形ばりにパカッと口を開けた。




 訳あり物件に一週間住む、これが今回のバイトである。



 自殺や殺人事件などが起った部屋は『訳あり物件』と呼ばれていて、不動産屋は新しい住人に説明をしなければならない義務らしい。

 不動産屋だってこれが法律じゃなければ好きで説明はしないだろう。


 当然、そんな曰く付きの部屋を紹介されていい顔をする客は滅多にいない。

 俺だって紹介されたら速攻でお断りする。


 ところが、この法律には抜け穴が存在した。


 説明をする義務が発生するのは『次に入った住人のみ』ということ。


 一回でも住人が入ってしまえば今後の入居者に説明する義務が無くなる。


 つまり、俺の後に入る住人さんに事件や事故があったことを知らされることはない。


 詐欺だと思われるかもしれないが、知らぬがホットケーキという甘い格言もある。

 世の中、知らない方がスイーツで幸せな人生を送ることができると、過去の偉人は言っていた。


 脱線ついでに……。


 少し犯罪じみた雰囲気を持ち合わせているからか、このバイトは『裏バイト』と呼ばれている。

 報酬が高いという噂だけで、募集に関してその他の情報が皆無に近く、存在しているのかどうかも謎だった。


 俺もつい最近まで、これは都市伝説として耳にしていた程度だった。

 まさか、本当に自分がこんなバイトを受ける日が来ることになろうとは。


 不動産屋の軒先で募集のチラシを見つけたときは我が目を疑ったものだ。

 その上、ライフラインが断たれるまで秒読みに入った懐事情にも大変魅力的だったわけで。

 俺は迷うことなく好奇心の赴くままに店内に飛び込んでいた。


 それはつい昨日のこと。



「とりあえず、担当さんはそのまま逃げて下さい」


 獲物を逃した黒い腕は、今にも次の一手に転じようとタイミングを計っているようだ。鎌首を上げた蛇のようにゆらゆらと前後運動をしている。


「早くしないとアレに呑まれますよ!」


「うぅうぅわぁぁぁあああっ!」


 俺が急かすと、担当さんは前のめりにバランスを崩しながら逃げていく。

 その後を追って、足跡のように黒い腕がボコボコと床に生えていく。

 幼い頃に劇場で見たコントのようだ。

 

 ムーラシー、うしろ、うしろー。


 そのとき、すっと冷たい空気が背中を撫でた。

 ゆっくり振り向くと、茜色に染まった空を背に人のシルエットが浮かび上がる。

 長い黒髪で顔を隠していた。

 どうやら恥ずかしがり屋さんらしい。

 白い袖無しワンピースから伸びた手足の肌は異様に青白く、生きているとは思えなかった。

 服装からして女性のようだが、男のような雰囲気も漂っている。

 この人がオネェキャラでなければ、様々な霊が合わさっているのだろう。

 悪意というか、殺気がぴりりと肌を刺激する。



 これが本体か。



「どうもー、お邪魔してまーす」


 俺のあいさつに、相手は獣のような唸り声を上げた。

 それに呼応するように無数の黒い腕が天井や床、プリン色の壁からキノコよろしくにょきにょきと生えてくる。


 その黒い腕達が足下から蛇のように這い上がってきた。

 異様に冷たくて鳥肌が立つ。

 逃げるにも泥沼に足を取られたように重くて動けない。

 獲物の怯える様が見たいのか、這い上がる腕達の動きはゆっくりだ。


 抵抗する力を持たない普通の人なら恐怖に怯え、悲鳴を上げてもがくだろう。

 ゴースト系は切れないから、護衛用のナイフや剣も意味がない。


 しかし、俺は悲鳴を上げなかった。

 悲鳴を上げる側の人間ではないからだ。


「えーっと、おねーさん? おにーさん? まあ、どっちでも良いか。とりあえず一言、言わせてくれ……」


 腰の辺りまで黒い腕達が飲み込んできている。

 きゅっと締め上げられる感覚がちょっと苦しい。

 目の前の黒幕は勝ち誇ったように口元を歪めて笑っている。


「喧嘩を売るなら、相手は見た目じゃないってことを覚えておいた方が良いよ」


 俺はセーターの左袖に右手を突っ込み、隠していた杖を取り出した。

 先日、お子様に指揮棒と間違えられたが、れっきとした魔法の杖だ。


「闇の精霊に申し上げる!」


 動じることなく流れるように杖を構えると、黒い腕達が怯むのが見えた。

 それを横目に俺は高らかに呪文を詠唱する。

 詠唱を完成させてなるものかと腕の動きが早まった。


 腰から腹、腹から胸、胸から喉と飲み込まれていく。

 氷水の風呂に入ったように全身が寒い。


「無力にして非力な我に力を与え給え。闇の裁きを我は願う!」


 黒い手が口を塞ぐよりも先に自分の方が早かった。

 演劇部で鍛えられた早口はこんな場面でこそ役に立つ。


 入ってて良かった、演劇部!


「ミーヤ・キサーバー!」


 魔法を発動した瞬間、部屋の空気が変わった。


 俺の口元を塞ぎ、このまま鼻まで塞ごうとしていた手の動きが止まる。

 ヤツ等も自分以外の気配を感じ取ったのだろう。



 それは、じわりと夕闇から滲み出るようにして現れた。



 部屋を浸食している黒い腕達よりも更に黒い、闇の塊が霊の背後に立っている。


「ギッ」


 霊が短く声を発したのは驚きなのか、恐怖のためだったのか、それはわからない。


 闇の塊は天井まで体を伸ばすと、霊を頭から飲み込んだ。

 そしてそのまま床の中へと物凄い勢いで引っ張っていく。

 黒い腕達がざわめき、逃げ惑うように宙を掻いてあがく。

 だが、それは無駄なあがきというもので、イカスミパスタのようにツルツルッと実に気持ちよく闇へと吸い込まれていった。


 俺の身に縋り付いていた黒い腕達も吸い込まれてしまうと、部屋は元の静けさを取り戻した。

 まるで最初から何もなかったかのように。


 元凶を根こそぎシャットアウトしてしまったからか、心なしか部屋の空気も軽くなったように感じる。

 ここで事件や事故が起ったという過去の痛ましい傷は消えないが、アンデッド絡みの事件は再発しないだろう。


「いいい、生きてますかぁ?」


 恐る恐るといった声が入り口の方から聞こえてくる。先に逃げていた担当さんだ。


「モチロン、生きてまーす! もうダイジョーブでーす!」


 元気一杯をアピールしながら応えると、彼が騒がしい足音を立てながら部屋に戻ってきた。

 頬をほんのりと赤く染めて、目は輝いている。

 ちょっとした興奮状態か。


「クレアーレさんって、一体何者なんですか!?」


「あれ? 昨日、俺、その場で履歴書を書かされたんですけど、読んでなかったんですか?」


 すると「えぇ、いや、軽く目を通しはしたんですよ」と曖昧に返された。

 この様子じゃ読んでいないのは明白で。

 俺は肩を竦めながら、昨日書かされた学歴を口にした。


「国立ナルディア魔法学校を卒業し、今は国立アデレイド大学魔法学部・古代魔法研究学科二年のアルカ・クレアーレです」



 魔法、魔法と連呼しているのでおわかりだろうが、俺は魔法系男子である。




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