13 「安心しろ。俺が誰かと、なんてのは今ん所一切無い」
結局、『ja'dore』に新しいメンバーが加わった。
得物は槍、絹糸のような金の髪、澄んだ緑色の瞳、肉付きの薄い体をシスター服に包んだ姿。
彼女は、自分の事をミュゼと呼べ、と言った。
「絶対に殺さねぇぞ、ボコボコにしてから自警団の目のつく場所に投げ捨てとくからな」
「……まぁ、それでいいよ。報酬は減るが数こなせば良いだけだからな」
シスター・ミュゼは職業としてのシスターと、副業としてのギルドメンバーを兼ねる事になった。仕事内容は暈して言うところの『血の制裁』、しかし決してもう殺しはしないと誓った。死なない程度に締め上げて、治療という名目の拘束中に事件の証拠を自警団に集めさせようという魂胆だった。
アルカネットもそれに倣う事にした。もとより、人死にを望まない性格だ。……たとえ制裁相手が、それを平然と行っていた輩だとしても。尤も、アルカネットはそれから本業との兼ね合いで護衛・警護任務が増えていく。
「なぁ、ミュゼ」
その日もマスターとシスターと暁の三人が『仕事』前の下準備と打ち合わせをしていた。マスター・アルギンがシスター・ミュゼに声をかける。
たまたま居合わせた非番のアルカネットと、兄の元へ遊びに来た休日のフェヌグリークに、開店前の店内にその二人の姿が見える。
銀色と金色の二人。しかしシスターの瞳には、マスターに対する蔑視とも憐憫とも違う、複雑な感情入り交じった色があった。
「何」
「もうお前さんの出自について根掘り葉掘り聞こうとは思わないけどさ」
マスターはバックヤード中央のテーブルに着いて新聞を見ていた。マゼンタが買い出しのついでに買ってきたばかりのものだ。
先日の火事、そしてその瓦礫の中から発見された人物についての記事が載っている。記事によると火事の原因は放火、発見された人物は出血も火傷も酷く、命はあるものの今も危険な状態だという。この事件はこのまま騎士団預かりになる、という締めくくりまで読んだマスターが、無造作にそれをテーブルに放り投げた。
「アタシを知ってるとか言った、お前さんの育ての親」
「……」
「壮健か」
テーブルに頬杖を付いたマスターが、躊躇いが混じった少しだけ震える声で聞く。そう聞いたマスターの心情が、盗み聞き状態のアルカネットには解った気がした。
『育ての親』。アルギンとアルカネットにも、昔居た。今はもう亡い。それを知ってか知らずか、シスターが視線を外して小さく頷く。
「殺しても死なないって、あの人は自分で言ってた」
「……そうか」
「多分、生きてる。私は、もう暫く逢ってない」
一方的にしろお互いにしろ、マスターの事を知っているその存在。誰だ、と考えるまもなく、シスターが無言でバックヤードを出て行く。
マスターも溜息を吐いて頭を掻き、徐ろに紙煙草を手にしてバックヤードから直接外に出た。そして漸く、暁がのろのろとホールまで出て来る。兄妹の姿を目にした暁が、嫌味のような一言を告げながら。
「盗み聞きとは良い身分ですねぇ」
「残念ながらしがない自警団だ。それより、シスターはこんな仕事に随分乗り気だな」
「収入があるのは良い事でしょうからねぇ。実際、孤児院も助かってるんじゃないですか?」
細められた暁の目が、意地悪げな意味を持ってフェヌグリークへ向いた。怯んだ妹を庇うように、アルカネットが言い放つ。
「シスターを勧誘したのはオーナーだろう。その言い草は無いんじゃないのか」
「最終的にこの道を選んだのは彼女ですけどねぇ? ……まあ、オーナーの邪魔さえしなければウチにはなーんにも関係ない事ですけどぉ」
「……お前のアイツ至上主義には腹が立ってくる」
「それは『弟』として? 何でも構いませんが、あまりお連れ様に誤解されぬよう気をつけてくださいねぇ」
ひらひらと手を振り、暁が自室へ戻る為階段を登る。その暁の意味ありげな言葉に俯いて表情を曇らせていたのはフェヌグリークだった。暁が姿を消してもなお、アルカネットはやや立腹している。
「ったく……、あの色ボケはオーナーの味方しかしないから役に立たないな」
「……ねぇ、アリィ」
「ん?」
聞きたくない事を聞く、乙女の憂い顔。引き結ばれた唇が、震える声で言葉を紡ぐ。
「……アリィって、マスターさんのこと……」
「……あいつの事?」
「すき、なの?」
「いや、全然」
その憂い顔は、素っ頓狂な声とともに崩れた。不器用に紡がれた言葉がぼろぼろと解けていく。
「へぇ?」
「人間、……まぁアイツはエルフの混じりだが……としても姉としても女としてもちょっとな、そういう目で見ることは多分この先も無い」
「………えええ?」
「流石にあんな見た目でも、十近く歳が離れてるからな……」
「ええ!?」
「あとアイツ、死んだ旦那の事忘れられてないし。こんな仕事続けてるのは子供の為だしな」
「はい!!?」
アルカネットが話した内容は全て、フェヌグリークが知らなかったマスター・アルギンの昔話。何を当然、といった顔でアルカネットが鼻を鳴らす。
「……お前が変だったのは、そのせいか?」
「だって……だって」
「安心しろ。俺が誰かと、なんてのは今ん所一切無い」
アルカネットの二つの掌が、フェヌグリークの頭を優しく包む。少しだけくしゃくしゃと撫でまわし、その手はゆっくりと離れていく。それを名残惜しいと思ったのはフェヌグリークだけ。
妹のそんな顔を見た兄は微笑む。その真意は、本人にしか分からない。
「さ、行くぞ。たまには菓子屋でも行ってみるか?」
「……うん!」
これは、とある酒場から広がる短いお話。
酒場のマスターと、そこに集まる者たちが織り成す物語。




