ダンジョン1階。
何か言おうとしていた入口の兵にも目もくれず、俺はダンジョンの中へと飛び込んだ。
あの兵士はダンジョンでの危険性云々についてのチュートリアルをしてくれるのだが、そんなものは既にベータテストで経験済だ。必要ない。
全部聞けばLv1ポーションをくれるが、そんなものより今は時間の方が大切だった。
どうも俺が上半身裸であることを二度見していたような気がするが、きっと気のせいだろう。
さて、モンスターについてはどれほど進歩しているだろうか。
俺は腕を鳴らしながら、息を整える。
全力で走ったことで、少し疲れたようだ。スタミナ値は一定時間で回復するはずだが、今まで興奮状態にあったせいかその疲れは意識していなかった。
どうも仕様変更はステータスバーにも及んだらしく、スタミナ値も表示されなくなったのだ。ゲームらしさを取り払って、よりリアルな路線にすることにしたのだろうと納得する。
ダンジョン1階は、コボルトとスライムが中心だ。
壁には松明が仕掛けられており、中は明るい。
1階は既に探索が済んでおり、こちらで明かりを用意する必要はない。
早速、最初の分かれ道が見えると同時に――コボルトのお出ましだった。
ドブネズミのような灰色に、40センチほどの体型。
切れ味の悪いナイフのようなもので武装している。
あれは石器で作られているようだが、ドロップアイテムとして役に立ったはずだ。
投げてダメージを与えることもできる。
集団で戦う特性のある種族だが、今回は最初らしく一匹での登場だった。
敵意を持った眼でこちらを睨み、距離を詰めて飛びかかってきた。
やはり、多少リアルになったように見える。
鼻が曲がるような臭いまで漂ってくるのが少しイヤな感じだ。
コボルトは石のナイフを掲げて飛びかかってきた。
俺は素手を構えて、まずは攻撃を避けた。
すかさずコボルトの頭を狙って右ストレートを放つ。
素手スキルは当然ながらまだ0だが、0でも十分だ。
ベータテストの頃に何度もやりあったのだ。
スキル0でもコボルトリーダー程度までなら余裕でぶっ飛ばせる。
序盤は良い武器が手に入らない為、下手な武器を使うよりも素手の方がマシだった。
タイミング良くぶん殴られたコボルトは、壁に叩きつけられた。
俺は更に頭を狙って追撃で蹴りを放つ。
コボルトは何の反撃もできないまま、死んだ。
「・・・すげえリアルにしてきたな。」
そう呟きつつ、俺はコボルトの落とした石器のナイフを回収する。
コボルトの死体は中々消えず、見ていて気持ちの良いものではない。
手に残った動物を殴ったかのような感触もとてもリアルだ。
場合によってはこれ素手で戦えないプレイヤーもいるだろうな、と思いつつ歩を進めた。
血の臭いが漂っている。
今度はスライムだ。
コボルトの死体に引き寄せられるようにやってきた。
血の臭いが関係しているのかもしれない。
しかし、その臭いはスライムの異臭に上書きされる。
1階は下水みたいな臭いが漂っているが、その原因の元はコイツだ。
卵が腐ったような、鼻の曲がるような臭い。
こいつに触れると溶かされてしまう。
しかし、こちらにはちょうどよく拾った石器のナイフがある。
スライムの中には、コアとなる目玉のようなものが入っている。それが弱点だ。
投擲スキルはまだ0だが、このゲームではプレイヤー自身の腕でスキルがなくてもある程度はカバー出来る。
第一投、振りかぶって投げました。
クリティカルだ。一撃で目玉にあたってスライムはただの物になった。
よし、俺の腕は落ちてないようだ。
スライムは、目玉を倒すと体液が抜けていく。
残った部分が小さくまとまり、皮のようなものが残る。
スライムレザーと呼ばれるドロップ品になるのだ。
調理系スキルで食べることもできたはずだ。薬調合の素材にもなる。
これは後々生産で使えるアイテムだ。
スキル上げを視野に入れるとなれば、スライムレザーが200は必要だった。が、まだ集める時ではない。
幸い、軽いのでスタックしてもアイテム袋がいっぱいにはならない。
このアイテム袋、大きさより重さの方が重要なのだ。
剣が何本も入ったりと不可思議な構造をしているが、この袋は200キロまでしか入らない。
逆に言えば200キロまでなら大きさを殆ど関係なしに入れられる。
女神の祝福の一つだかいう設定だったが、便利なものだ。
さて、何故ここまで先を急ごうとしてきたか。
といえば、それは宝箱の為だった。
このゲーム、VRMMOでありながら宝箱は早いもの勝ちなのである。
といっても、1回限りという宝箱は殆どないのだが。
低階層では最低でも1日に1回は宝箱が出現している。
1回限りの宝箱が出現するのはダンジョン制覇や、深層にいる凶悪で倒さなくとも先に進める類のボスを撃破した時くらいだ。この宝箱は未踏ボーナスのようなもので、より奥まで進む理由となって冒険者へと襲い掛かる罠のようなものだ。
中には発見も難しく、特殊条件があるものもある。
1時間に1回出現するランダム系、モンスターを退治した後に出現することもあれば、壁の中に埋まっていたりすることもある。
また、ダンジョンの形は最初の祝福の日が訪れるまではベータテストで見たものと同じのようだ。
祝福の日が来ればダンジョン内には流転と呼ばれる部屋変えが発生し、地形が変わってしまう。
見たところ、このダンジョンの形はリアルにこそなれどそう変わってはいなかった。
1階の固定トレジャーは大したものはないが、塵も積もれば山だ。
また、開錠のスキル上げにもなるので宝箱はあって損はない。
もちろんレアな宝箱には相応のトラップが仕掛けてあるが、ベータテストでトラップの回避法はあらかた編み出してある。
誰かが開ける前に、たどり着かなければならない。
その為に急いで来たのだ。幸い俺の周囲にはまだ人は見えない。
買い物をせずに突っ切ったものは俺より速かったはずだが、運悪く複数モンスターにでもエンカウントして手こずったのかもしれないな。
まずその第一目標となる宝箱は、1階のモンスターハウスを超えた先にあった。
このモンスターハウス、なんと6階のモンスターが出現する。
それがコボルトソルジャーだ。
初心者が足を踏み入れていきなり死亡する定番ポイントだ。
しかし、だからこそ旨みがある。
素手、上半身裸にほぼスキル0の俺がもし初心者であったならば絶望的だっただろう。
さて、このゲームはレベルの上昇というものがとてもしにくい。
ゲーム内時間での一週間に一度の「祝福の日」にしか上がらないのだ。
それゆえにどれだけ廃人であろうと、最初の1週間はステータス的には殆ど周りとの差はない。
しかし、スキルを上げていくことは出来る。
スキルを上げることによって威力は上昇するし、補正もかかる。
また、そのスキルに応じて祝福の日でのステータスアップ量が上昇する。
スキルは雑魚相手だと打ち止めが早くなる。
そして強い相手と戦えば、スキルの上昇も早くなる。
このコボルトソルジャーは、素手と蹴りのスキル上げに持って来いなのだ。
そして6階の雑魚敵だけあって、ドロップ品もそこそこに美味しい。
更に、突破すればデイリートレジャーも手に入る。
序盤の人気狩場のうちの一つで、ベータテストの初日から一週間はモンスターハウスならずプレイヤーハウスになってしまっていた。
かく言う俺もそんな最中で鍛えたうちの一人だ。
コボルトソルジャーの行動パターンなどとうに知り尽くしている。
幸い、俺以外の姿は見えない。モンスターハウスに足を踏み入れると、囲まれ、コボルトソルジャー達に一気に襲いかかられた。
まずは、後ろに大きく飛んで避ける。
そして追撃しにきた一匹を蹴り飛ばしながら、また避ける。
基本は回避だ。
防御で受けるより、攻撃は避けてしまった方が良い。
このゲームのプレイヤーの動きには決まった型のようなものはない。
自分なりの戦いやすいスタイルで戦う。
戦っているうちに自分のスタイルにあったスキルが発現することがある。
なのでオリジナルの戦い方でも良い。
防御は防御ですればするほどにスキルが上がるため、いずれ防御のスキル上げも必要となってくるが、碌な防具も何もない序盤ではとにかく回避のほうが重要だ。
回避にはプレイヤー自身の慣れの方が必要だった。
コボルトソルジャー。
こいつらは集団で襲い掛かってくるが、連携というものはない。
とにかく眼に映る敵に真っ直ぐに飛び掛かり、斬りつけ、噛み付いてくるだけだ。
その代わりに当たれば致命傷となるような一撃が降りかかってくる。
コボルト相手なら怪我で済むが、ソルジャー相手ならば命を覚悟する必要があるだろう。
まぁおかげで読みやすくて助かる。一階に出してきたのは練習の意味もあるだろう。
深層ともなればコボルトにも知性が芽生えるらしく、魔法を使ったり連携してくることもあるのだが。俺にとってはコボルトソルジャー程度では、まだまだ余裕だ。
あらかた片付いた頃には、死屍累々の惨状が広がっていた。
どうも死体はスライムが片付けるように仕様変更されたらしい。
血の臭いにひかれて続々と集まってきた。
コボルトソルジャーのドロップ品を拾って回収しつつ、集まったスライムも潰しておく。
このモンスターハウスにはレッドスライムが湧くようになったらしい。
これも6階からのモンスターだ。
色がレッドなだけで、単純に溶けるのが早まっただけだ。冒険者の血を吸って赤色に染まった・・・とかなんとかいう設定があった気がするが。所詮スライムはスライムだ。
単調な動きで覆いかぶさってくる単細胞生物など、恐るるに足りない。
スライムレザーやレッドスライムレザーも回収し、さて待望の宝箱とご対面だ。
この為にロックピックを購入してきた。
開錠も慣れである程度はカバー出来る。
難易度としては難しいが、コツを掴めばなんとかいける。
また、この宝箱に仕掛けられている罠は毒針だ。
その毒針だって外すことが出来る。これも素材や宝の一つだ。
かちゃかちゃといじり、仕様が変わっていないことを確認する。
これならいける。
ガチャリ、と開けた中からはレザーブレストと銀貨が数枚出てきた。
店売りの装備なのでそう強くはないが、序盤につけるならば悪くはない装備だ。
何より上半身裸というのがようやく解消される。
これがあるので革の服はいらなくなると見込んでいたのだ。
もし誰かが既に到達していたら、面倒なことになっていたが。
間に合って良かった。
どうしてか、まだ俺一人しかいないことには少し不思議だったが。
毒針も外しておき、アイテム袋に回収する。
いくら全力で急いだと言えど、他の者がここにたどり着く可能性がある。
美味い狩場は、ここから先にもまだあるのだ。
俺は先に進むことにした。