スタートダッシュ
人生一度は、頂点に立ってみたい。
俺は、そんな願いを叶えるべく2年間を費やすことにした。
夢にまで見たVRMMO。
そのベータテストに受かった瞬間、俺は決めたのだ。
こいつで、俺は頂点に立ってやると――。
そうして、会社を辞めた。
俺は街の近くの初期地点に降り立った瞬間、NPCの店まで全力で走った。
その道すがら、ベータテストの頃と比べると凄まじい進化を遂げていることに驚いていた。
様々な箇所で仕様が変更されている。
移動しながらもそれを確かめなければならない。
まずはキャラクター設定に関して手を入れられたらしい。
ベータテストの頃はヒューマン・エルフ・ドワーフ・ノーム・ホビットの五つの種族から選ぶ形式だった。体のサイズの最大値の違いや使えるスキル、武器の得意・不得意があり、VRMMOということもあって小さい種族は操作に苦労したものだ。
最も、俺はベータテストでも主に使ったのはヒューマンだったが。
ヒューマンの特徴は大体何でも出来ることだ。
このゲームは装備やアイテムも自作する方が効率が良い。
器用貧乏になりがちだが、スキルの習得に関しては得意・不得意はあっても制限がない。
どのスキルについてもエキスパートを目指すのであれば、ヒューマンは最も使いやすい種族なのだ。
しかし、その種族に関する設定はどうも廃止されたらしい。
おそらく、バグの温床となっていた為だろうと推測しつつ。
ヒューマン一択、しかも現実の姿とほぼ同じようなものになっていた。
後々追加方式にでもするのかもしれないな、と思い気にしないことにする。
"ほぼ"同じというのは、まぁVRMMOだからだろう。
俺は現実では度の強いメガネをつけている。
だがここではメガネなど無くても良く見えるようになっていた。
恐らく機械が調整してくれているからだろう。
顔設定まで選べないのはどうかと思うが、選べたら選べたで似たり寄ったりのイケメンだらけになってしまうのでこれはこれで悪くはないのかもしれない。
この仕様変更も悪いことばかりではない。
場合によっては間合いなどにも関わる為、あれこれと設定に悩まなければならなかったのだ。
もし設定出来るならサイズは最小か最大かの二択と極端だったのだが、俺は中肉中背の標準サイズだった。
身長170センチでしがない元サラリーマンの体だ。
現実の自分準拠ということであれば悩む必要はない。
このゲームはスタートも重要だ。
さっさと決めてさっさと行動出来ると考えれば、たいした問題ではなかった。
とは言え、変更点の多さに内心では戸惑っていた。
町並みは変わっていなかったが、何か妙にリアルなのだ。
住民達は慌てて走るこちらの様子に疑問を浮かべたような顔をしている。
中には驚いた顔で振り返られたり、怪訝な顔をしたり。
すれ違うNPCの表情が、かなり作りこまれているように見えた。
流石、俺の人生の数年をかけるゲームだ。
早速目的のNPCの店を発見して、初期装備を売ろうとする。
こんなクソみたいな初期ナイフと革の服なんぞいらん。素手で十分…というより素手のが強い。
そう思って服を脱ごうとすると、NPCの獣人族の女の子がこちらを見ながら小さい悲鳴をあげてきた。
おかしい、ベータテストではこんな反応はなかった。
こんな細かい動作を入れてくるとは、中々やってくれるじゃないか。
「こいつを買い取ってくれ。で、その代金でロックピックを一本と傷薬をくれ。」
そう言いながら、急かすように促した。
獣人族の女の子は恥ずかしそうに頷いて、少しおびえているようだ。
猫耳の動きがすごい。ふにゃんと伏せられている。
この世界のNPCは、獣人族が大目だった。
なにか設定があった気がするが、俺はそのへんの設定は全てどうでもいいので飛ばした。
オープニングでも女神がなにか語ろうとしていたが、俺は全て聞き流した。
いいから早く行かせろよ、とイラだたしげに伝えたところ女神は涙目になりながら頷いてくれた。
そんなところまで作り込むかと感心する一方で、俺はストーリーなんざに全く興味がなかった。
早く、とにかく早くダンジョンに行かせてほしい。
獣人族の女の子は慌ててナイフと服を買取り、ロックピックと傷薬を出してきた。
上半身裸の俺はそれを受け取り、アイテム袋に入れておく。
金は売り払った分でちょうどのはずだ。
買い物さえ済めば、こんなところにもう用はない。
俺はダンジョンの方へと全力で走り出した。