群青色のハンカチ。
プロローグ。
春。出会いの季節。
と、ファンタジックに呟いてみても、虚しいだけ。高校に入ってから一年が過ぎ、二年生になっても、特に何の予兆もない。
今日もおそらく変わらない日。
何か変化が起こらないだろうか。
そんなことを思いながら、自転車を転がし、学校に向かう途中。ケータイが鳴った。ペダルを踏む足を止めずに、ポケットからケータイを取り出す。電話だった。画面には、非通知。
――わたしの出会いは、案外、ここから始まるのかもしれない。
期待をしてない風を装うけど、本当は些細な日常にこんなことを感じてしまう。
思い切り交通違反だけど、片手運転で電話に出る。高校までは距離があるし、先生には見つからないだろう。
「……もしもし?」
ブツッ! わたしの呼びかけに相手は、ケータイを切る音で応えた。……なんじゃこりゃ。
いたずら電話。こんなのと出会っても何も面白くない。ケータイを制服のポケットにしまう。
そちらに集中がいったためか、目の前に現れた影に、気づくのが遅れてしまった。それを避けるために、ブレーキをかけながら、ハンドルを切る。自転車が止まる。どうやら、当たらずに済むことができたみたいだ。心臓が暴れんばかりにバクバク鳴っている。しかし、何がわたしの行く手を塞いだのか。
見ると、わたしと同じ自転車にまたがった女子高校生だった。制服も同じ紺のブレザーとスカート。
「あ、えっと……」
わたしを止めた彼女は、たじたじになって、言葉を探している。眠たそうな半眼はいつもなのだろう。膝丈のスカート、黒から変えたことのなさそうな肩までの髪、化粧気のない顔。外見からして、おとなしめの子だとわかった。
「えっと、えっと、……ね?」
「何かな?」
どこか覇気が欠けている半眼ちゃんは訥々と話す。
「何度も呼んだんだけど、中々聞こえていなかったみたいだから、こうして無理矢理止めたんだけど……」
声が小さいから、わたしの耳に届かなかっただけなんじゃないだろうか。そうだとしたら、この場合って、わたしが悪いの?
それにしても、話が読めない。なんでこんな昼行灯っぽさそうな子がわたしを無理矢理にでも引き止めたのだろうか。
無言で自転車のスタンドを立て、こちらに寄ってきた。
「これ」
差し出した手。四角をした布みたいなものが握られていた。あれ、この群青色、見たことがある。
「落としたよ……?」
思い出した。ポケットを探る。いつもあるはずの感覚がない。わたしのハンカチ。わたしがそれを受け取ろうとすると、彼女は慌てたように言葉を並べる。
「さっきね、あっちで、あなたがね、携帯電話をポケットから取り出したときに一緒に落ちたの」
どうして、そんな弁明するような口調なの?
「あ、だから、拾おうと思って、それで、えっと、……ごめんなさい」
終いには謝ってしまった。群青色のハンカチを受け取り、ポケットにしまう。
「ま、とにかく、ありがとうね」
結果的にはわたしの不注意だけど、どちらも悪くはないだろう。なのに悪いことをした気になる。
「そのまま無視してもおかしくはなかったのに、わざわざ止めてくれたから、謝ることないんだよ?」
「え……、ありがと」
どうしたことか、今度は礼を言われてしまった。わたしたちの横を、同じ高校の男子生徒が通り過ぎる。あまりここで時間を潰している余裕はない。
「じゃあね」
手を振って、先に自転車をこぎ始める。
今のやり取りを思い返してみると、自然、口元が緩む。
「……優しい子だな」
――あながち、さきの電話は新たな出会いの予兆で間違ってなかったみたいだ。