『ベルーナの九難』
ギルドタワーに向かう道中、偶然擦れ違った漆黒の魔導服を纏う銀髮の美少女。ゲームだと判って居るのに何かに引き付けられるように、彼女の後ろ姿から目が離せない。気が付けば、俺は彼女を追い掛けていた。
「俺、馬鹿みてぇだな」
数分後、広場のような所で我に帰る。完全に少女を見失い、アプル先輩やバードンとも逸れてしまった。何がしたかったのかさえ自分でも判らない。本当、馬鹿みたいだ。
「君、誰?」
背後からの凜とした透き通るような声に振り返ると喉元で双剣の片割れが黒い輝きを発していた。目の前に立つのは俺が追い掛けていた美少女。驚くぐらいに無表情に冷淡に俺を品定めするかのように見ている。
「目的、何?」
「判らない。気付いたら君を追ってたんだ。気に障ったならごめん」
それしか言えない。それが事実なのだ。少女は俺の眼を覗き込むと溜め息をつくと双剣を鞘に納めた。
「嘘、違う、君、許す」
変わった話し方だ。ロールなんだろうか?
「私、理解、した。君、持つ、才能、それ、危険。君、齎す、絶対」
何だろう。さっきから何か違和感を感じるのは。
「才能?危険?何を言ってるんだ」
少女の瞳が近い。真紅の瞳に俺の顔が映る。え?何で俺は彼女の瞳に映る『グレン』を『自分』と認識しているんだ?何時からなんだろう。朝音先輩の怒りの鉄拳を編集室で受けたのは覚えている。その後にトンカツ定食を出前で取った。昼飯の。
「君を見てからだ、俺が『グレン』としてDDを見ているのは。間違いない!」
俺が思った通りにグレンの指が動く。
「大丈夫、才能、共鳴、だけ。君、開眼、まだ。それ、一時的、現象」
「グレン君、やっと見つけた!」
大きな声に振り返る。こっちに走りながら向かってくるのはアプル先輩だった。急に居なくなった俺を探し回っていたと思うと申し訳なかった。
こん、消しゴムが頭に当たってキーボードに落ちる。ディスプレイから視線をずらすと『罰として昼飯奢りね』と書いた紙を朝音先輩がヒラヒラとさせていた。
「元に戻ってる?」
ディスプレイに慌てて視線を戻すと少女の姿は無く、こっちに向かってくるバードンの姿があるだけだった。
「ふーん、銀髮の少女かぁ。珍しいね、銀髮のPCに会えるなんて」
「どういう意味で?」
聞き返すとアプル先輩が自慢げに指をチッチと振って笑う。なんか悔しいな、おい。
「銀髮はね、普通は選べないんだよ。銀髮は滅びし闇の神の眷属の髪色。光の神の眷属であるこの世界の民である冒険者に銀髮は居ないはずと言われてるわ。だから珍しいの」
じゃあ、彼女は闇の神の眷属なんだろうか?何万分の一かの確率でそういう隠れPCを使えるのか?それとさっきの出来事は関係あるのだろうか?
「しかし、今の話しが本当ならば『ベルーナの九難』の伝説は本当なのかもしれないな」
「ベルーナの九難?」
「うむ。それは闇の神ベルーナの復活を妨げるべく光の神ザルメンが放った九つの難を撃ち破る九人の闇の眷属達の物語で、最後はベルーナが復活し『新世界』が誕生するという」