絡人繰形店ーー大きな亀裂と小さな友情
お待たせしました、安定と信頼の二話一セットであります。
月明かりの絶えた朔の宵、霧の湖の畔にて。
「んー、たまにはこんな格好もいいわね。中々に新鮮だわー」
何やらご機嫌な様子で宙を浮く一つの影があった。
宵闇の妖怪、ルーミアである。
そんな彼女の格好はいつもと同じ白黒の洋服に紅いネクタイと、特に変わった様子はない。
ただ一点、金髪のショートボブが赤いリボンに結われてサイドテールとなっている所を除けば、だが。
本来であればこのリボン、ルーミア自身には触れることすら叶わぬ代物なのだが、今は違う。
これも《封力異変》と呼ばれる、仁狼院を中心として起こった異変の名残りの一つだ。
まぁ封力異変の詳細についてはいずれ語るとして、今夜のルーミアは見ての通り機嫌が良かった。
友人である大妖精のサイドテールをイメージして気紛れに髪を結ってみたところ、四人の遊び仲間からも似合うと言われ。
丁度近くを通りかかった鴉天狗を適当に捕獲し、写真を取らせる程には機嫌が良かった。
ーー今宵は新月。
月に一度の。月光が完全に消え失せる闇の、ルーミアの夜だ。
この日ばかりはさしものルーミアも気持ちが高揚し易くなってしまう。
「どうせ暇だし、岬影のとこにでも……」
故に、彼女は気付けなかった。
「バカバカバカーーッ!! お姉さまのばぁぁぁかッッ!!」
「……え」
側面よりとんでもない速度で突っ込んで来る、紅色の少女に。
直後。二人の湖に墜落する音が、深夜の空に響き渡った。
▲▼▲▼
紅魔館と呼ばれる館が、幻想郷中央部やや北西、霧の湖の畔に建っている。
紅い悪魔の異名を持つ主人レミリア・スカーレットを筆頭に、多くの実力者が住む《幻想郷パワーバランス》の一角としてもその名は広く知れ渡っていた。
紅く染まった外壁に聳え立つ時計台、日陰に据えられたテラスや殆ど見当たらない窓など、正に吸血鬼の館と呼ぶに相応しい仕様と言えよう。
もっとも今現在、そんな高貴な館たる紅魔館の土手っ腹に、特大の大穴が貫通していなければの話なのだが。
「……こりゃまた随分と派手に暴れたんだな」
「まぁ、そういう事になるわね」
「他人事じゃねぇだろが」
例によって夜中にドアを叩き起こされた岬影となぜか意気消沈したレミリアがそんな会話をしている間にも、岬影の【ありとあらゆるものを再生する程度の能力】によって復元されていく紅魔館。
ここで何が起こったのか、もはや語るのは野暮である。
「どうしたんだ? フランの奴、最近は割と安定してると思ってたんだが」
「後で説明するわ。それよりも店主、一つ確認したいのだけれど」
「確認?」
尋ねる岬影にレミリアは懐から薄紅色の何かを取り出した。
それは三センチ四方程度の小さな布切れであった。
元はそれよりも大きな布地……妥当なとこでハンカチの様な物であった事が、黒色の焦げ跡や千切れた繊維から伺える。
「お前の持つその能力、確か……自分の記憶外に存在する物質は対象外になるのよね」
「記憶外っつーと少し違うな、正確には俺が記憶している物質だとしてもある程度の理解がないと再生は不可能、だ」
するとレミリアは意味ありげに笑みを浮かべる。
「逆を言えば理解があれば再生は可能、とも言えるわ。 仮にそれが自身の記憶ではなくても」
「そりゃまた随分と無茶苦茶な仮説だな。大体記憶の共有なんざどうやって……」
「その作業に関しては私の領分よ、修理屋の人形店主さん?」
持ち主である自分でも想像しえなかった能力の使用法に岬影は異論を述べるが、それに言葉を返したのはレミリアではなかった。
そこにいたのは蒼白な顔色に紫の長髪を湛えたローブ姿の少女だ。
三日月のブローチを付けたボンネット型の帽子をかぶった彼女の名はパチュリー・ノーレッジ。
『日陰と知識の少女』の異名を持つ、紅魔館の地下に位置する大図書館の主である。
話には聞いていたのだが、面と向かって会話をするのはこれが初である。
「お前さんの得意分野は精霊魔法だ。って話をアリスから聞いてたんだがな」
「間違っていないわよ。ただ得意ではないってだけで精神魔法もきちんと準備を整えれば問題ないわ」
要はパチュリーの魔法で岬影とレミリアの記憶を共有し、この布切れを再生させる算段らしい。
「そう言う訳だから、早速頼むよパチェ、店主。記憶の一部を共有すれば一々事情を説明する手間も省ける」
「なんつーか面倒事の予感がするんだが……フランの為だと腹を括るべきか」
「そうしてくれるとレミィも、
そして私も助かるわ」
どうやら岬影が訪れる前から術式の構築を始めていたらしく、魔方陣を宿した右手が岬影の額に、左手がレミリアの額に添えられ……そして。
▲▼▲▼
「……ってなわけ。あいつがどんな奴か、これで大体分かったでしょ?」
「まー、大体はわかった。ったく面白そうだから首を突っ込んだってのに、蓋を開けばただのすれ違い系姉妹喧嘩だなんて詰まらないったらありゃしない
わ」
「はぁ? 今の話をどう聞けばそうなるのよ……耳のアナ、フヤシテアゲヨウカ?」
「はいはい。心の闇を操作、操作っと」
湖の畔からしばらくの位置に開いた小さな空き地。
火を焚いて服を乾かし終えたルーミアは、先の妖怪弾頭の正体フランドール・スカーレットと共に丸太に腰掛け彼女の経緯に耳を傾けていた。
姉との喧嘩後なためか度々感情の爆発を起こそうとするフランドールと、そのつど完全復活を果たした【闇を操る程度の能力】を発動しそれを抑え込むルーミア。
狂気に侵され不安定な揺れを見せていた瞳が次第に戻ってゆく。
「……ありがと」
「べつにー、お安い御用よこれぐらい。でもフランは運がいいわー、私に会ってなかったら今頃スキマに強制送還されてるとこよ」
恐らく、と言うかほぼ確実にルーミアの言葉通りになっていただろう。
幻想郷を維持している二大結界に影響を与えかねないフランをあの妖怪の賢者が放置するとは考えにくい。
「まだ家には戻りたくないわ、当分あいつの顔は見たくもないし」
「そのアイツに、自分の誕生日を無視されたからって飛び出してきたクセによく言うわねー」
「…………」
黙り込むフランドールにルーミアは続けて言葉を放つ。
「帰らなくてそれでもいいの? 時間が経てば経つほど、帰り難くなるのは貴女だし。そろそろ頭も冷えたでしょ?」
「いやだ」
見事なまでの即答であった。
ルーミアはやれやれ、と首を横に振り。
「……全くどいつもこいつも不器用な奴ばかり、岬影がここを離れない訳だ。類は友を呼ぶってねー」
「岬影と知り合いだったのね」
「知り合いと言うか腐れ縁と言うか……そう言うフランもあいつと顔見知りだったのかー」
「顔見知りなんかじゃないわよ、岬影は私の初めての友達なんだから」
頬を膨らませてそう反論するフランドール、そんな彼女の見た目相応な女の子らしい態度にルーミアは苦笑すると。
「じゃあー、フランは私の初めての友達になってくれる?」
「……え?」
「“違う私”には沢山友達がいる。それを、“今の私”はずっと内側で見てきた」
遠くの何かを見る目で、ルーミアは淡々と語っていく。
「最初の頃は下らないって、そう思ってた……けど、何だかんだ言って心の底では羨ましいって気持ちを隠していただけだったわ」
我ながら情けない話だけどねー、と軽い調子で呟くルーミア。
だが、その瞳に刺す暗い影をフランドールは見逃さなかった。
なぜなら、その影は今までずっと自分の瞳にもあったモノだったから。
「……情けなくなんて、ないよ。
私も495年間、紅魔館の中で“もうここがあればどうでもいい”って本気で思ってた」
けどさ、とフランドールの瞳がルーミアの目線を正面から捉える。
「異変が起きて、霊夢と魔理沙が来るようになって、岬影と友達になって、全部が変わった。
だから、ルーミアも変わってみない? 私と友達になってさ」
「ふふ、友達と言うより出来の良い妹ができた気分ねー。
……ありがとうフラン、できれば“違う私”とも仲良くしてあげて」
宵闇の中、闇を司る妖怪と破壊の申し子たる吸血鬼が交わした契りは、新たなる災厄の前触れかはたまた今はまだ小さな友情の証か。
それが解るのはもう少し先の話だ。
ーーただし。
「ところでフラン、私ちょうど岬影のとこに行くつもりだったんだけど御一緒しない?」
「いいわよ、それなら少しやってみたい事があるんだけど………………」
「了解よー。
はは、これは面白い事になりそうねー」
某修理屋の店主が厄介事に絡まれるのは割とすぐ後の話だったりする。
後半は水曜日辺りに投稿します。