絡人繰形店ーーラーメン屋台と夫婦喧嘩
最近、一話に話を纏められなくなっている気が……
「ねぇ連、“蜃気楼のラーメン屋台”って聞いたことあるかしら?」
珍しく、本当に珍しく新聞受けに文々。新聞を放り込んだ伝統の幻想ブン屋こと射命丸・文は、絡人繰形店で暇を持て余していた岬影にそう話を切り出した。
連華はいつもの様に人里へ顔を出しているし、加えて修理の依頼も入ってなければ岬影は暇な一日を過ごす事が多い。
無論、文はその時を狙ってここを訪れているのだが。
「蜃気楼のラーメン屋台? なんだそりゃ、食ったラーメンが胃の中で消えるとか言い出すんじゃないだろうな」
「んな訳ないでしょ、最近妖怪の間で噂になってる話なんだけど……」
胡散臭い、と言いたげな目線を見つめて来る岬影に文は首を振って否定し、その蜃気楼のラーメン屋台について語り出す。
文の話によると、そのラーメン屋台が初めて姿を現したのは三週間程前のこと。
場所は、幻想郷の北東方面に位置する妖怪の山の麓。
「ーーって待て待て待て、妖怪の山? あの無駄に警備の厳重な山にラーメン屋台が出たってのか?」
「そう言うこと、まぁそれだけなら山の妖怪が屋台の真似事をしてるだけで済ませられるのよ、問題はその次」
文の説明が続く。
ラーメンを食した妖怪曰く「人肉より好みだ」であったらしい。
つまり、美味しかったのだ。
そのラーメンは。
自然の恵みが豊かである故に、食に関して余り煩いとは言えない山の妖怪が作ったとは思えない程に。
だが、不思議なことにその妖怪がラーメン屋台に出会うことは無かった。
そう、同じ相手の前には決して姿を見せないのだ。そのラーメン屋台は。
その後、屋台ラーメンの味に病みつきになった妖怪が同じく虜になった仲間に呼びかけ物量作戦で件のラーメン屋台を探しに出た。
しかし、彼らの必死の捜索の甲斐なくラーメン屋台はまるで“蜃気楼”のように消えてしまったとか。
「なるほど、それで“蜃気楼のラーメン屋台”って訳か」
納得した岬影は文の話に頷くと。
「で、俺にソレを話してどうしろと?」
「決まってるでしょ、探しに行くのよ蜃気楼のラーメン屋台を。
記事にすれば購読者が増えること間違いなし!! 弱小新聞だなんてもう言わせないわ!!」
あ、その時はここの宣伝もしてあげるわよ。とか言って笑いかけてくる鴉天狗に岬影は暫し考える。
結論は二秒で出た。
「面倒臭いんで却下」
「なんでよッ?! どうせ暇なんでしょう?」
「結局見つかんねぇで無駄骨になる情景が目に浮かぶんだよ。
大体、お前らでも無理なのに俺が見つけられる訳ねぇだろが」
「アンタの分裂能力があれば一瞬じゃない」
確かに岬影の細分化を使えばラーメン屋台の一つや二つ容易に見つけ出せるだろうが。
「あのなぁ。妖怪の山で、んな事やりゃお前の上司共が煩いだろ」
「そ、そこは八坂様に話を通せば、何とか……ならないわね」
「そー言うこった、お帰りはそちらだぜ」
自分で言いだしておきながら後半で流石に無理かと否定的になる文。
そんな彼女に追い討ちをかけ何とか追い返そうとする岬影だが。
「だあぁぁもう!! いいから黙って手伝いなさいよ!!」
「はぁ?! 面倒だつってんだろ!! 誘うなら他の奴にしてくれ、にとりとか、椛とか、はたてとか!!」
何かの臨界点を突破した文が頭を掻き毟り岬影に詰め寄る。
はたから見れば男に言い寄る女の図となっている事に二人は気づかない。
「あぁ、そう言えば男女のペアで行くと遭遇率が上がるって風の噂が運んできてたわね」
「さも当然のように嘘を吐くなッ!!」
「だったら、アンタが自分の店の店員にセクハラしていた写真を白玉楼に送りつけるわ」
「だったら、って言ったよな?! しかもあの写真(※第七話参照)まだネガを処分してなかったのかよ……」
それに加えて白玉楼はマズい、仁狼院に続いてマズい。
アレが幽々子の手に渡れば、それは即ち八雲・紫の手に渡ることを意味する。
他人をおちょくる事に定評のある紫のことだ、どんな使われ方をされるか分かった物ではない。
以上の要因を加味して色々と考えに考え抜いた岬影。
再び悩むこと五秒。
「分かった分かった、行きゃいいんだろ? そんかわりお前の奢りな」
「そうこなくっちゃ、ラーメンの一杯や二杯ぐらい奢ってあげるわよ」
「お前の財布が持つ事を祈っといてやるよ」
「言ってくれるじゃない、ほら早く行きましょ?」
「……って引っ張るな!!」
やけに上機嫌な様子で岬影の腕を引っ張る文。
どうしてこうも嬉しそうな顔をしてるんだ。と思う岬影だが、その理由は新聞の売行きに関するものだと即決してしまうのであった。
ーー絡人繰形店から飛び去る現場を店員の付喪神にバッチリ見られていたとは夢にも思わずに……
▲▼▲▼
「……見つからねぇな」
「……そうね」
時は駆け抜け。真夜中の妖怪の山にて岬影と文、両者の間に沈黙が居座っていた。
噂の“蜃気楼のラーメン屋台”を探し回ること早七時間、蜃気楼の名は伊達ではないようでラーメンの匂いを感じることすら叶わずここまで時間が流れてしまう。
本当にそんな屋台が存在するのか? もしかしたら全ては白昼夢で、自分達は哀れにそれを求める道化師なのではないか? なんて疑惑が心の片隅に浮上したりしなかったりの二人。
「次の号外の一面記事が、新聞の発行部数が……」
文に至っては盛大な溜め息と共に取らぬ狸の皮算用……のしっぺ返しを食らっていた。
「どーするよ? 今日諦めてまた別の日にすんのか?」
岬影が今日は諦めるべきだと、進言すると文は意外そうな顔で。
「え、別の日も付き合ってくれるの?」
「当たり前だろ今日の時間を無駄にしてたまるか、こうなりゃ意地でも見つけてやる」
捜索途中から文以上にヤル気を見せていた岬影、最初に関心が無くともやっていると何時の間にか熱中するのは誰にでも覚えのある経験だろう。
あそこは駄目だ、ここも駄目だった、ならここはどうか、と天狗印の妖怪の山の地図を片手にウンウン唸る岬影を眺めながら文は言う。
「そうね、その通りよね。
絶対に見つけてやるわ“蜃気楼のラーメン屋台”、手伝ってくれるんでしょ?」
「一回でも食わないと気が収まらねぇからな」
「……ありがとね」
「まぁ、新聞大会でボロ負けしたお前の相手をするのと比べりゃ安い安い」
ここで素直に礼として受け取っておけばイイものの、色々な意味であの時のことを思い出したくない文にソレを言うのは地雷である。
「だぁれがボロ負けよ!! このバカ人形!!」
「事実だろぉが!! このアホ鴉!!」
あわや『妖怪の山の中腹にて謎の爆発跡?!』の特ダネが完成し明日の一面記事を飾りそうになった……その時だ。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ~ってね。そこのお二人さん、落ち着いてラーメンでも食べてはいかがかな?」
「誰が夫婦喧嘩……だ?」
「誰が夫婦喧嘩……よ?」
彼らの前にはラーメンの屋台が居すわっていた。
その出現に伴い、人妖問わず空腹感を刺激される濃厚な香りが辺りに漂いはじめる。
……どうやって接近しやがった。
いかに二人が口喧嘩をしていたとはいえ、警戒は怠っていなかったはず。
ーー何時の間に、と思いつつも声の方へ目線をそらす岬影……すると。
「ヤッホー連、ボクというモノが居ながら他の女の子とデートだなんて罪作りな男だねぇ」
「って、はぁ?! 何やってんだよお前?!」
変に裏返った声を上げてしまう岬影。
それもその筈。
そこにいたのは、自ら『生きた伝説の生まれ変わり』を名乗る“仁狼院”の変態陰陽師。
屋台の女将の衣装に身を包み麺を打つ岬影の友人、安倍・晴連だったのだから。
後半は五月中には更新する予定です。