絡人繰形店ーー天人と別荘
"招かれざる客"
招いていないのに来訪する迷惑極まりない客を表す言葉であるが、幻想郷で知名度の高い連中は揃いに揃ってこのカテゴリに当てはまる。
修理の依頼に来たのであるなら良い、けれど半分暇潰しの為にやって来られては岬影としても堪ったものではない。
"スキマ"から半身を乗り出してたわいない会話をするだけの隙間妖怪然り。
岬影が趣味で展示している無縁塚の掘り出し物を毎度毎度かっさらって行く白黒然り。
お茶と菓子を要求しシッカリ食した後でのんびりと帰って行く紅白然り。
代金を支払わずに道具を修理させ某付喪神の話を聞いて満足げに帰るフラワーマスター然り。
毎朝の様に二階の窓ガラスを粉砕しながら新聞配達をする鴉天狗然り、だ。
かく言う岬影も口では出て行けだの二度と来んなだの言ってはいるが、力尽くで追い出そうとしない辺りもはや日常の一部として認めているのかもしれない。
因みに一番目と四番目に関しては追い出したくても追い出せないのであったりする。
そして。
「勝手に入らせてもらうわよ店主、連華は……」
「連華なら出かけてるぞ」
「ちょっと!!まだ最後まで言ってないでしょ?!」
この傍迷惑な天人もその一員なのであった。
▲▼▲▼
ーー数週間前。
その日、地上にて巨大な注連縄付きの岩石『要石』の上に座り頭を悩ます一人の少女がいた。
……どうすれば
腰まで届く青髪紅眼に半袖ロングスカートの組合せ、オーロラを模した飾りをスカートに着けており頭にかぶった桃のアクセサリー付きの丸い帽子が特徴的である。
……どうすれば、地上に
彼女の名は比那名居・天子『非想非非想天の娘』の異名を持つ天界きっての不良天人だ。
さて、先程からウンウン唸っている天子が何に悩んでいるかと言うと。
「どうすれば、地上に良い別荘が手に入るのかしらねー」
そう別荘、である。
毎日毎日、唄って遊んで桃を食すという非常に退屈な天界での生活に心底ウンザリしている天子にとって地上は刺激に満ち溢れた宝の山だ。
それに、親の功績で天人になった天子の事を良く思っていない天人達も沢山居る。
だったら地上に別荘を手に入れてそこを拠点にすればいい、そう思っての別荘だったのだが……
「あの隙間妖怪っ、何でいつもいつも邪魔しに来るのよ!!」
思い出して腹が立ったのか頬を膨らませる天子。
最初に目を付けた博麗神社は件の隙間妖怪、八雲・紫の邪魔が原因で断念。
続いて妖怪の山に建っているという神社に散策の手を伸ばしてみたのだが、博麗神社と違いそこには正真正銘の神が居たのだ、それも二柱。
乗っ取ってやろう、と言うのが本音だが、流石に分が悪過ぎる。
なんせ相手は日本神話最強クラスの軍神に土着神の頂点、しかも後者の神が有する能力は天子の【大地を操る程度の能力】に対し絶対的優位を誇る能力だ。
ハッキリ言って勝ち目は薄いどころかほぼゼロに等しい、そんな訳で今日はその様子見の帰りなのである。
「……何処かに都合の良い建物は無いもんかしらねぇ?」
具体的に言うと、ある程度歴史があって、住み心地が良く、最後にーーこれが一番重要だーー"付喪神"の様な神格の低い奴でいいから御神体が居る建物が。
……まぁそんな都合よく建ってる訳がな……え?
思考を中断させた彼女の目に写っているのは小ざっぱりとした一軒の建物だ。
「……絡人繰形店?」
読み上げた看板にはえらく達筆な字でそう書かれており、材質からして築150年前後である事が伺える。
……へぇ、結構良い感じじゃない。
見たところ頑丈そうであるし外装も悪くない。
後は御神体がいれば完璧ね、などと考えつつ天子は真鍮製のドアノブに手をかけた。
▲▼▲▼
「……そう言えばさ、萃香」
「どうしたのさ、霊夢も酒飲む?」
「昼過ぎから鬼の酒なんて飲める訳ないでしょうが、ったく……そうじゃなくて、この間の宴会の話なんだけど」
「あぁ、あの白玉楼の宴会ね。それがどうかした?」
博麗神社にていつもの様にお茶を啜っていた霊夢といつもの様に酒を呷っていた萃香。
今日は朝から萃香が朝食を集りにやって来てその後ものんびりダラダラと過ごしていたのだが。
ふと、思い出したかのように霊夢が口を開いた。
「あの時アンタと岬影が戦ってたじゃない?それを思い出して気になったんだけど」
「……ん?」
「岬影が本気出したら、どれくらい強いのかしら。ってね」
その問いに萃香の口元がニヤリと歪む。
「あぁ、なる程ね言いたい事は良くわかるよ、似たような疑問を持ってる奴も他にいるかもしれない」
主にあの宴会会場にいた人妖達の中でで"見た事がない者"は、特にだ。
宴会に殆ど出席せず店に篭ってばかりの岬影が戦って、ましてや本気を出しているところを見た事があるのは、幻想郷広しと言えどたったの数名である。
もっとも、ここに居る小柄な鬼。
かつて大江山に君臨していた山の四天王の大将であり『小さな百鬼夜行』伊吹・萃香はその一人。
彼女は瓢箪を傾け酒を一口煽ると。
「アイツの本気は、そうだね。
分かり易く例えるなら……」
懐かしむような声色で霊夢に語り始めるのであった。
▲▼▲▼
元来『天人』と言う種族はあらゆる欲を断つことで俗世から隔絶し、輪廻転生の輪からも外れて天界に住まう半不老不死の人間達の事を指す。
故に彼等は一切の欲を、持たず生み出さず感じる事なく天界での生活を謳歌している訳だ。
しかし、天人の中にも例外は存在するもので、天子の実家である比那名居家が丁度その例外にあたる。
その昔『比那名居』は、『名居』の一族に仕える神官の一族であった。『名居』の一族がそれまでの功績を認められ天人になった際、それに付き添う形で『比那名居』の一族も天人となった。
つまり彼等は何の修行も無しに天人になった、所謂『成り上がり天人』なのだ。
そのため彼女、比那名居・天子には……
「と、言う訳で今からここを改築して私の別s……神社にするから、貴女は御神体をして頂戴、分かった?」
「…………へ?」
自身の欲望を抑えると言う選択肢は、一切無い。
たっぷり4秒間も固まった末に付喪神、連華の口から出て来たのは気の抜けた返事であった。
彼女の反応が不服だったのか天子はカウンターに手を置くと。
「だから、ここを私の別荘にするって言ったのよ」
……あれ?神社って言ってませんでしたっけ?
店に入って来るなりここ『絡人繰形店』の乗っ取りを宣言してきた謎の少女に、どう対応すべきか連華としては悩みどころだ。
一応、人里でも顔が利く大手道具店『霧雨店』の先々代主人が作成した『霧雨式接客指南書』なる物を連華は丸暗記しているのだが、流石にこんな客?の対応方までは網羅していない。
因みにこの指南書、今でも霧雨家に受け継がれており某古道具屋の店主も教えを受けたーーその教訓が活かされているかは別としてーー物なのだが、その始まりが付喪神に恋をした一人の青年であるのはまた別の機会に語るべきだろう。
「まぁ、いいわ。
貴女はそこで見てなさい、私の【大地を操る程度の能力】があれば、この店の真下に小山を造るなんて一瞬よ」
彼女のイメージでは神社は山の上に建っている物らしい。
「え?!ちょっ、待って下さい、まずは連様に話を通してもらわないと……」
能力の起点にするつもりなのか緋想の剣を抜き放つ天子、ようやく彼女の思惑に気がついた連華が制止を試みるも時既に遅し。
振り上げられたレーザー状の剣『緋想の剣』が床との距離をゼロにしようとした……その瞬間。
ズドムッ!!と人体からは出るはずのない音が天子の鳩尾……正確に記すと『絡人繰形店』店主、岬影・連の飛び蹴りが突き刺さった鳩尾から鳴り響いた。
土、日曜の内に後編を投稿します。