絡人繰形店ーー仮死魔麗子とアイデンティティー
サブタイだけで気付いた人いるかなぁ?
幻想郷を囲み覆い隠す常識の結界である『博麗大結界』
代々、博麗の巫女により管理され「思いを通さない壁」として機能するこの結界の力により幻想郷と外部ーー通称外の世界ーーは基本的に強力に遮断・隔離されている。
しかし、完全に出入り不可と言う訳でもなく、実際に結界を越える手段は幾つか存在する。
管理人である博麗の巫女や、『神隠しの主犯』こと八雲・紫が操る「スキマ」などがその筆頭だろう。
中には妖怪の山の神のように力業で結界を突破するなどの手法もあるにはあるが、実行するだけの力を持つ者など幻想郷内でも最強クラスの存在だけだ。
だが他にも方法はあり、その中の一つが。
八雲・紫が「妖怪拡張計画」の為に張った『幻と実体の境界』の効力によって幻想郷に流れ込む、と言うモノ。
以前地底で起こった異変、その発端となった八咫烏もソレによって幻想郷へとやって来た。
そして今日も又一人、幻想の存在が結界を越えてやって来るのであった。
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影が歩いている。
最初はとても薄く儚い、今にも消えてしまいそうなモノであった。
けれど時間が経つにつれ次第に影が色付き、輪郭も明確となって来る。其の色は『赤』。
所謂、幻想入りの予兆である。
色の次は質量、影の歩いた後には足跡が出来た。
質量の次は力、影から力が溢れ誰かが影の存在に気が付いた。
力の次は意識、影……否、"彼女"は結界を越え幻想入りを遂げた。
……此処はドコ?
周りを見回すが視界に入って来るのは樹木などの植物のみ、見慣れた都会の風景は見る影もない。
……ドコでもイイか
彼女からして見れば場所など関係が無かった、やるべき事は唯一つ。
……ダレか、ダレかイナイノかしら?
すると、正面から一人の少女が歩いて来るのが彼女の目に入る。丁度いい、あの少女がこの地での最初の獲物だ。
……早ク、早クこちラに来なさイ
漸く相手の姿がよく見える所まで来た。得物をコートの中で握りしめる。
外国人なのだろうか?短い金髪に深紅の瞳、今から身体中をその眼と同じ色に染められると思うとそれだけでゾクゾクする。
相手もこちらの存在を認知していたようだ、親切にも目の前で足を止めてくれるとは。しかし、真横に広げられた両腕は何を表しているのだろう?
いや、いい今はそんな事はどうでも良い。
彼女はただヤるべき事をヤるだけなのだから。
そして。
「ワタシ、キレイ?」
「目の前のが取って食べられる人類?」
「えっ」
直後、若い女性の叫び声が辺りに響き渡るのだが、幻想郷では珍しくも何ともない日常なので誰も気に止めなかった。
▲▼▲▼
「ハァハァ……な、何なのよあの子供!!まるっきり化け物じゃない、私もそうだけど……あんなの反則よ」
息絶え絶えに細道を歩く赤いコートが目立つ若い女性。
実は彼女、極最近までは外界でも有名で引っ張りだこな現代妖怪だったのだが。
流石に時代の流れには逆らえず、遂に幻想入りしてしまったのだ。
……ったく其れも此れも皆人間共が悪いのよ、ちょっと前までは私の噂が立つだけでパトカーとか来て大騒ぎしてた癖に
「私も遂に映画デビューしたかと思った矢先にこれだもの、やってられないわって……アレ?」
足下がふらつき力が出ない、次いでに視界も歪み始めた。
どうも体力を消耗し過ぎてしまったらしい、人間とは比べ物にならない程には頑丈な彼女だが一晩中追いかけ回されたせいでこのザマだ。
……ここまでなのかしら、ね。メリー先輩に貞子様に花子神、あの方達の様になりたかったなぁ
過去に社会において妖怪旋風を巻き起こした偉大な先人達の事を思いながら、やがて彼女の意識は闇へと落ちて行き。
最期に目に入ったのは『絡人繰人店』とやけに達筆な字で書かれた看板であった。
▲▼▲▼
「どうです?店主さん、何とかなりそうですか?」
そう尋ねたのは守矢神社の風祝『祀られる風の人間』こと東風谷・早苗である。
すると彼女が神社の倉庫から発掘した灰色の機体、スーパーファミコンーー通称「スーファミ」ーーと睨めっこを続けていた店主、岬影は一旦目を離し。
「現状況だと何とも言えねぇな、にとりと……後は香霖堂の奴も呼んで仕組みを把握すりゃ何とかなるかもしれねぇが」
「本当ですか?!」
パァと顔を輝かせる早苗に岬影は苦笑をもらすと。
「あくまで可能性の話だ、出来る限りの事はさせて貰うがよ」
本人はこう言っているが、岬影がそんな事を言う時は十中八九直す自信がある時だと分かる程度には早苗もこの店に慣れていた。
「それでも十分助かります!!良かったぁ、ずっと失くしたと思ってて偶然見つけたのは良いんですけど全然動かなくって、どうしようかと思ってたんですよ」
これで又諏訪子様や神奈子様とボン●ーマンとか桃●ができます、と喜んでいる現人神。
何を言っているのかはよく解らないが、岬影としては修理依頼を全うするのみだ。
あわよくば複製など出来れば尚良しである。
「つーか実際の所、一番楽しみにしてるのは諏訪子様なんだろ?」
「あー分かります?諏訪子様、最近は古いゲームを片っ端からフルコンプしてるみたいで、私がコレを見つけた時は舞い上がってましたから」
その言葉に、今も神社で早苗の帰りを待ちわびているであろう祟り神の姿を思い浮かべた岬影は。
……早いとこどうにかするか
そう、心に決めるのであった。
「それでは、私もそろそろ帰ります。
店主さん、修理の件宜しくお願いしますね」
「おぅ、任せときな」
用件を済ませた早苗が回れ右をし、扉に手をかけた所で。
パタパタ、という足音と共に一人の女性が二階から降りて来た。岬影はその姿に気付くと。
「ありゃ、お前さん動けるようになったのか」
今朝、朝早くに店先で倒れていた所を発見し、一応"怪我"を再生させて休ませておいたのだが、どうやら無事に完治したらしい。
対する早苗は彼女の容姿ーー赤いコートにマスクを装着しているーーを見るなり無言でプルプル震えだした。
女性はそんな早苗の様子に気が付かず岬影の方へよるとこう尋ねる。
「ワタシ、キレイ?」
……何だコイツ?
何の脈絡も無しに随分と唐突な質問だが、取り合えず答えを返す岬影。
しかし此処は幻想郷、並み居る妖怪・神様・妖精・亡霊・巫女に魔法使い、どいつもこいつも美女に美少女に美幼女ばかりな土地である。
よって、そんな彼女達を普段から見ている岬影の回答は。
「並以下だな」
「悪かったわねこの野郎!!」
マスクを取る事も忘れた女性が何処からともなく取り出した巨大な鋏を片手に突撃した瞬間。
「生『口裂け女』確保おおォォ!!秘法【九字刺し】!!」
何故かテンションMAXの早苗が放った結界が女性『口裂け女』こと仮死魔・麗子を雁字搦めにし。
「え?」
「……あ」
「あん?」
その際の勢いでマスクのとれた麗子の素顔が露わになり、不幸か幸いか店内に置いてあった鏡にバッチリ映ってしまった。
岬影の【ありとあらゆるものを再生する程度の能力】によって完璧に、文句のつけようもなく整った無傷の口元が、だ。
「わ、わ、わ」
数秒の沈黙の後。
「私のアイデンティティーがぁあぁぁァァァァ!!!!!!!」
再び、それこそ此の世の終わりを見たかの様な絶叫が幻想郷中に響き渡った。
まぁその……なんだ。
サーセン!!口裂け女!!
あれですよ、昔ビビらされた仕返しとかそんなんじゃないんで!!