絡人繰形店ーー楽団と廃洋館
結局次の日になってしまったorz
とある晴れた冬の日の早朝。
普段であれば確実に寝ているであろう時間、そんな時間に岬影は一人風呂敷包みを背負って外出の準備を済ませていた。
「……よし、そろそろ行くか」
カランカラン、と来客を告げるカウベルも今回ばかりはお見送りである。
冷たく肌に刺さる冷気に思わず目を瞑るも直ぐに慣れ、本日休店の札を忘れずに掛けておく。
恐らく……と言うか絶対に連華のお手製であろう手編みマフラーを首に巻き、お揃いの手袋(無論こちらも手編みである)の具合を確かめながら岬影は霧の湖への一歩を踏み出した。
時折降り積もった雪を運ぶ風に吹き付けられながらも、突っかかって来た氷精を適当にあしらい、数刻の時間を消費し目的地である館に到着。
霧の湖、館、このキーワードからして真っ先に上がる候補は悪魔の館と呼称される紅魔館だが今回は違う。
ここは一般に『廃洋館』と呼ばれている、幽霊楽団プリズムリバー三姉妹の居城だ。
30°程の角度で輝く太陽を背に受け岬影は木製の古びた、しかしそれでいて豪奢な扉を叩く。
すると数秒と待たずにプリズムリバー三姉妹の長女、騒霊ヴァイオリニストのルナサ・プリズムリバーが文字通り扉を突き抜けて現れた。
「……いらっしゃい岬影、いつも悪いわね」
「お前の現れ方のほうがよっぽど心臓に悪そうなんだが」
流石は鬱の音色を奏でる騒霊、今日も鬱の方向に絶好調である。
「……今回も宜しく頼むわ、色々とガタが来ているみたいだし、あの子達が騒がなければもっと長く持った筈なのだけど、止められない私の責任ね私が……」
「へいへい、任せとけっての」
彼女の放つ鬱オーラを軽くいなし、岬影はさっさと館の中へ足を踏み入れた。
▲▼▲▼
さて、岬影が今回こうしてプリズムリバー邸にやって来たのは屋敷や楽器のメンテナンスを行うためだ。
日頃から演奏で宴会を盛り上げるちんどん屋の様な彼女達だが、そのせいもあってそこそこに巨大な館の管理をする暇など在る訳がない。
紅魔館のように高性能メイドの一人が居れば良いのだが、そういう訳にもいかない。
なので、二ヶ月に一度の頻度で岬影が館全体の修復にやって来るのである。
ルナサに連れられて大広間へと通されると、岬影を待っていたのであろう三姉妹の内の二人。
「おはよう連、悪いけど朝っぱらから働いて貰うわよ♫」
躁の音色を奏でる騒霊トランペッター、次女メルラン・プリズムリバーと。
「おっ店長、朝早くからご苦労さん」
幻想の音色を奏でる騒霊キーボーディスト、三女リリカ・プリズムリバーが声を掛けて来る。
「お前らなぁ、ルナサから聞いたぞ?館の中で弾幕ごっこをするなとあんだけ言ったのに、俺の仕事が増えちまうだろが」
「あっはっは、ゴメンごめんってか最後のが本音だよねぇー」
「私たちは演奏の練習をしているだけだもの」
「……その練習とやらのせいで館の中はボロボロなのよメルラン・リリカ」
岬影の叱咤に全く持って耳を貸さない二人の様子に疲れ切った表情のルナサが呟く。
「大体ルナ姉は難しく考えすぎなんだよ騒霊のくせにさ、もっと楽しくやらなきゃつまんないよ」
「……考え過ぎなのは貴方達でしょうに、こんな事しなくても普通に頼めば……」
「はいはい、リリカもルナサ姉さんも落ち着いて、連も仕事に取り掛かりたいだろうしお邪魔虫は退散退散」
え?!ちょっとメル姉?、……どうしたのよメルラン、と喚く妹と呟く
姉を連れてさっさと行ってしまったメルラン。
ポツンと一人残された岬影は……
「あいつの口から"落ち着いて"なんて言葉が出たとこなんざ初めて見たぞ」
そう、言葉を零した。
▲▼▲▼
館のメンテナンス……そう聞くと何やら大変そうなイメージが湧くが実際のところかなり大変である。
とは言えやる事は簡単、館中を見て回り壊れた所を直していく唯それだけだ……三階だての西洋風、何百畳にも及ぶ館の中を、であるが。
……さてと、やれるとこからやってくか
一番目立つのは弾幕が当たった事により出来た焦げ跡である、他にも同名の理由で作られたと思われる床や壁のヒビ、その他には裂けたカーテンに足のとれたテーブルなどなど。
トントン拍子で終わらせてはいくものの、粗方済ませピカピカの館が姿を見せた時には太陽が真上を通り越して既に落ち始めていた。
いつもならこの三分の二程度で済むのだが、あの二体の騒霊のせいで遅くなってしまった。
……次は楽器の方か。
どうもまだまだ帰れそうにもない。
▲▼▲▼
プリズムリバー三姉妹の能力は[手足を使わずに楽器を演奏する程度の能力]、そもそも足をどう使うのか是非教えてもらいたい所だが。
騒霊たる彼女らの体は霊体だがその楽器はそうではない。
当然傷つけもすれば壊れたりもする、楽器の数に限りの在る幻想郷でこれは致命的なことである。
特にヴァイオリンの弦などはガット、つまり羊の腸を材料としており最近は金属の弦なんかもあるらしいが当然のことながら幻想郷にそんな物を作る技術力は存在しない。
そこで岬影の能力の出番という訳なのだ。
まぁそれ以外にも楽器の部品には替えの利かない物が多いため半場必須である。
▲▼▲▼
「お、終わったぁー」
太陽なんてとっくに姿を消したその頃、全てを終えた岬影の思わずと言った声が館内に響き渡った。
「……お疲れ様、岬影、本当に助かったわ」
「あら、時間的にもピッタリじゃない」
「そーいう所はタイミング良いよなぁ」
労いの言葉を掛けてくれるのが一人しか居ない事も気になるが……
「タイミング?何の話だ?」
不穏な空気を察した岬影にルナサは申し訳なさそうに。
「……この子達が館を荒らしてたのは岬影を夕食に招待したかったからなのよ、結局私も黙認したから共犯ね」
メルランは嬉しそうに。
「だって普通に招待しても連は遠慮するじゃない」
リリカは楽しそうに。
「私らは全然気にしてないのにさー」
つまり三姉妹は最初からこうするつもりであったらしい。
昔は違った、岬影もルナサ、メルラン、リリカ、そしてもう一人人間であるレイラ・プリズムリバーと共に五人でメンテナンスの後に食事をしていた時期があった。
けれど彼女が天寿を全うしてからは自然と時間帯をズラして意図的に避けて岬影なりに気を使っていたのだが……
「あーいや何だ、悪いな下手な気遣いしちまってよ」
「……あの子はいつまでも私達の妹よ」
「店長も変なとこで気を使うんだもんなー」
「気にする事も無かったのに」
全く持って、"無駄な"気遣いであったようだ。
▲▼▲▼
時間が経ち夕食を終えた岬影は一階に用意されたステージの特別席を独り占めしていた。
と言っても観客自体が一人しかいない訳なのだが。
言うまでもなく演奏はプリズムリバー幽霊楽団。
「それじゃーお客さんのリクエストでラストいくよー」
やたらとハイになっているリリカの言葉を合図に駆け抜けるような曲が流れだす。
その流れに身を任せるように岬影は曲を聞く。
この曲を。
……さぁ俺に教えてくれ。
岬影が最後に必ずリクエストするこの曲を。
究極の真実を
次回誰が出て来るのかモロ分かりですね( ̄▽ ̄)