絡人繰形店ーー付喪神と時計
「本当ぉーーーーーに申し訳ありません連様!!
店番を任されている身であるにも関わらず、白黒の進入おろか商品の強奪まで許してしまうなんて、この連華一生の恥、どうお詫びすれば良いのかってキャーーーーーーー!!」
そんな事を言いながら絡人繰形店の店長、岬影 連に頭を下げていたのは一人の少女だ。
過去形になっている理由は、途中でずっこけてカウンターに頭から突っ込んだからである
岬影と同じ黒髪黒目にお揃いの制服を着ており、身長は岬影より頭一つ分低い、腰の辺りまで伸びた長髪はポニーテールにまとめられ、ブリッジで鼻に掛けるタイプのモノクルを右目に装着している。
一見すれば非常に可愛らしい少女である、とてもドジに見えるが。
「まぁ、カウンターの修復は俺がしといてやるから、さっさと自分の部屋に戻れ、確か八百屋の小僧から時計の修理を頼まれてんだろ?始めてお前に物を直して欲しいって言った客が来たんだ、期待には応えるのがーー」
「この絡人繰形店のモットーだからな。ですよね?!」
「そう言う事だ、精々頑張んな連華」
「ハイ!!」
なにやらとても嬉しそうな顔をしながら二階へと上がっていく連華。
ーー始めての名指しが余程嬉しかったのだろうか?などと大分的外れな予想をしながら彼女の様子を眺める岬影の表情は、店長と店員というより娘を見守る父親に似ていた。
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彼女、連華は見ての通り、ここ絡人繰形店の店員である。
もちろんの事だが、人間ではない。
岬影としては、自分とは余りにも寿命に差のありすぎる人間を雇うつもりは微塵も無いのだ。
彼女の正体は道具が変化した付喪神。
一口に付喪神といっても、道具がそうなるには二つのパターンが存在する。
一つは人間に捨てられ粗末に使われた道具が、怨をはらすため妖怪化する者。
もう一つが逆に、人間に丁重に扱われ廃棄される前に供養された道具が、使用者に恩を返そうと付喪神になった者。
言うまでもなく連華は後者であり、元は岬影の愛用していた片眼鏡だ。
彼女が付喪神となったのは今から100年程昔の話、それ以来共にこの店を切り盛りしてきた仲である。
特に彼女はその容姿の美しさが人里に人気で、人里からの仕事の発注を一手に引き受けてくれるので、なるべくこの店を離れたくない(決して面倒くさい訳ではない、ないったらない)岬影とってはとても助けになる存在でもある。
しかし、、、、、
(どうしたらあの"癖"が直るんだかなぁ)
癖というのら先ほどの"アレ"の事。
分かりやすく言うと、連華は岬影が側にいるともの凄くアホの子になってしまうのだ。
物を落とすわ、何もない所で転ぶわ、うっかり修理中の物を壊しそうになるわと数え上げればキリがない。
100年も一緒に暮らしているが未だに原因は不明。
この事を話すたびに幻想郷に住まう人及び人外に鈍感野郎と言われるのだが、岬影からして見れば全く持って意味がわからない。
「まぁ、考えるよりも先にこの惨状をどうにかするかな、ったくあの野郎、一度香霖堂にキツく言っとくように頼んどくか」
言ったところで霖之助からは"僕はあの子の保護者じゃないよ"と言われるのは目に見えているが。
そんな訳で岬影は某白黒に破壊された店の修復に取り掛かるのであった。
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「はぁ、またやっちゃったなぁ、何でしっかりやれないんだろう」
ため息を尽きながら、カチャカチャと手際良く時計を分解していく連華。
時計の時間がしょっちゅうズレるという事は、部品のいくつかが寿命を迎えたからだ。
なので、こうして一度分解し新しい部品に交換して、再度組み立て直すという方法をとる。
気の遠くなるような作業ではあるものの、連華も店長である岬影にしろその気になれば幾らでも徹夜が出来るので、時間はさほど問題ではない。
むしろ連華にとっては、岬影の前でミスを連発する自分の上がり症の方が問題だ。
最早語るのも野暮だとは思うが、片眼鏡の付喪神である連華は岬影に惚れていた、、否、愛していると言った方が的確だろうか。
使用者であった岬影に恩を返す為に付喪神になったから、という理由だけではない。
連華
自分の名前から一文字取り連、華やかであれ、という願いから華。
合わせて連華。
彼から貰った大事な名前。
その名に恥じぬ存在であろうと、絡人繰形店の店員として働いているうちに、気がつくとその目は常に岬影を追っていた。
悪態を尽きながらも仕事をこなす岬影を、文とは仲が悪いように見えて文々。瓦版であった頃からなんだかんだで購読を止めようとはしない岬影を、そして仕事が終わるたびに素っ気ない言葉をかけてくれる岬影を。
そんな日々がたまらなく幸せで、岬影は連華の全てとなっていた。
(初めて私に物を直して欲しいって言ってくれたお客さんの為にも、キッチリ完璧に直さないと、そしたらきっと連様も、、、、、)
一人前に仕事をこなせるようになれば愛しの岬影に認められる筈。
取らぬ狸の皮算用と言うべきか、連華の脳内には早くも桃色映像が再生されていた。
何故か背景には夕陽が輝いており、そんな中二人の唇が……………
「連華入るぞーー」
「キャ!!」
突然後ろから声をかけられ、ピンッと背筋を伸ばし振り返る。
「れ、連様?!入る時にはノックをして下さい、ビックリしたじゃないですかぁ!!」
「アホ、ノックをしても返事がねーから入って来たんだろうが」
どうやら考え事(妄想)に気を取られていて気づけなかったらしい、っとそこまで遡り自分の妄想で顔を赤く染める連華。
がなんとか平静を取り戻す。
「あ、あの、何かごようですか?」
「いや、まぁあれだ、時計の修理が順調かどうか見に来ただけだ」
若干だが顔をそらし、ぶっきらぼうな口調で言う岬影の言葉に連華の顔がパァ、と笑顔に染まってゆく。
「ハイ、どうやら長針と短針の動きを連結させる為の歯車が寿命だった様なので、そこの取り換えを後は脱進機のメンテナンスもした方が良さそうでしたので、明日の朝までには完了するかと思います 」
「そぉかよ、んじゃ最後の最後でミスらないようにするんだな」
どことなく満足げな顔の岬影。
片手を挙げながら部屋を後にしようとする彼に声がかけられた。
「あの!!連様!!」
「ん?何だ」
振り返ってくれた岬影に、真っ赤になりながら連華はこう言い放つ。
「心配して下さってありがとうございます、私、連様のお役に立てるよう頑張りますから!!」
「ッ馬鹿が!心配なんかするわけねぇだろ!!お前がポカをやらかすとこの店の信用に関わるからな、それだけの事だ」
少し慌てた感じで部屋を出て行った岬影。
その後ろをとても幸せそうな顔の連華が見つめていた。
次の日、完全に直された時計を見た岬影が珍しく連華を褒め、その日の連華が使い物にならなくなったのはまた別の話しである。




