絡人繰形店ーー稗田家と封書
Mr.シリアスが通りまーす!!
どうも最近、絡人繰形店の…というか岬影の悪評を広めている輩がいるらしい。
具体例を並べると。
曰く、店員に対してロクに給料も払わずに扱き使っている、だとか。
曰く、四季のフラワーマスターと結託し人里を襲うつもり、だとか。
曰く、『封力異変』の真の首謀者はあの修理屋の店主である、だとか。
根も葉もない……とは言い切れない辺りからして素人の仕業とは思えない、と言うのが幻想郷内でも古い歴史を誇る名家、稗田家の現当主である少女。
幻想郷の記憶にして九代目阿礼乙女、稗田 阿求の意見であった。
いつになく真剣な表情で語る阿求。
けれども岬影は何処に吹く風といった調子で。
「別にほっときゃ良いんじゃねぇのか?」
岬影からして見れば一々気にする話ではない。
確かに連華に給料を払った事はないが金銭の管理は連華に任せているし、幽香が誰かと組むなどあり得ない。
ーーつーかあの異変の首謀者が俺ってどう考えたらそうなんだよ
「少しは危機感を持ってください、今はまだ噂程度で済んでいますが今後ともその状態が続くとも限りません」
稗田家専属の陰陽師が岬影の元を訪れたのが約半刻前。
身体の弱い彼女は仮に護衛がいたとしても来るのが難しい為、岬影が稗田家の屋敷を訪ねたという訳だ。
「そもそも、これまで誰一人としてその様な悪評を流す者が居なかったと言うのに、噂は急速に広まっています。
それこそ異常とも言える速さで」
ーーまぁ大半の住民たちは真に受けていないみたいですが。
稗田家には到底及ばないが200年も昔から営業している店だ、大抵は笑い飛ばしてそこで終わりである。
しかしそうでない者も少なからず居るのもまた事実。
後半の言葉を伏せたのはこのズボラな店主に危機感を抱かせる為、放っておくとこの件が火種となって妙な対立が起きかねない。
「けどよ阿余……っと阿求、俺や連華が躍起になって否定したところで余計に怪しまれるだけだと思うんだが」
岬影の意見は最もだ。
連華はまだしも滅多に人里へ顔を出さない岬影が行けば、火に油を注ぐ事となる。
無論阿求とてそんな事は百も承知、ここに岬影を呼び出したのは別の理由があるからだ。
「えぇ、貴方がそういった行動が苦手なのはよく分かっていますよ……寧ろ全く期待していません事態がややこしくなるだけです」
「ハッキリ言いやがったなこの野郎、いやまぁ事実なんだがよ」
ズバズバと言ってのける小柄な少女に岬影はウンザリとした顔を隠そうともしない。
「ですから岬影、この件に関して貴方達は余計な真似をせずに私と慧音さんに任せて下さい」
どうやら何度転生してもこの毒舌に変わりはないらしい。
ーー阿余の奴は同じ血筋とは思えない程に大人しかったんだがな
となると、阿求は一体何の様で自分を呼び出したのだろう、これならわざわざここに来る必要は無い筈だ。
そんな岬影の視線を察したのか、徐に懐から一便の封書を取り出す阿求。
一見単なる古い封書に見えるが、岬影の"物を見る眼"はそれが中国……当時の南宋から製紙技術が伝わって間もない時代の物だと告げている。
ーーこいつは…まさか
「予想は…ついていると思います」
普段ならば岬影の心を抉る言葉探しに余念が無い筈の阿求が声のトーンを落し口を閉じた。
この封書にはそれだけのモノが込められている。
沈黙…
やがて決心したかの様に阿求が口を開く。
「私の五代前…つまり四代目阿礼乙女である稗田 阿余より預かった封書です、この年、この月、この日の貴方に渡すようにと稗田家にて保管していました、当然未開封誰も封を解いてはいない」
そう言って差し出された封書を岬影はゆっくりとした動作で受け取り。
「……感謝する」
一言だけ述べた……他に伝えることは無い。
阿求もそれが分かっているからこそ、何も言わずに一礼し部屋を後にしたのだろう。
「阿余……」
稗田 阿余……それはかつて岬影と共に同じ夢を見た少女の名であった。
▲▼▲▼
店に帰るなり連華に、誰かが来ても俺は留守だと答えるよう命じ自室に入る岬影。
手に持った封書はまるで傷んでない。
800年もこの状態で保存することが出来るとは流石稗田家だ。
ーーどーすっかねぇ、この封書
どうするも何も読む以外に選択肢は無い筈だが…
岬影は中に書いてある文章を読むのが躊躇っていた。
その訳を知るのは今や岬影只一人。
もう一人は転生を続け、違う意味で生き続けている。
稗田家は何も莫大な戦力を有してなどいない。
だがあの家は幻想郷に無くてはならない存在だ。
正確に言うと百数十年単位で産まれる御阿礼の子が、なのだが。
彼等、そして彼女等は初代稗田家当主である稗田 阿礼の生まれ変わりにして稗田家に代々伝わる『幻想郷縁起』の編纂者だ。
転生の秘術によって幻想郷縁起に関する記憶を受け継ぎ、僅か三十年余りの人生の死期が迫る何年も前から準備を行い死後は次の肉体が用意されるまでの間を閻魔様の元で働く。
ーー何て酷い人生なのだろう
そう思った過去の自分を思い切り殴り殺してやりたい。
岬影の後悔はそこまでに深かった。
だが……
ーー読むしかねぇよな、あいつのためにも
意を決して、岬影は封書の封に手をかける……そして。
▲▼▲▼
岬影が初めて幻想郷の大地を踏んだのは今から約800年前。
世が鎌倉と呼称されていた頃の話である。
もっともその当時全国を旅して回っていた岬影が、前々から顔を出すよう紫に言伝られていたからなのだが。
なので岬影は適当に回って直ぐに旅立つつもりであった。
そんな時だ。
岬影が彼女……稗田 阿余と出会ったのは。
生まれつき身体が丈夫で無いのは他の御阿礼の子も同様だが、彼女は足を動かすことが出来ず河童の製作した移動補助具を常に使用していた。
そんな彼女の周りには何時も護衛の陰陽師の姿。
満足に屋敷を出ることも叶わぬその生活は正に籠の中の鳥。
だがその日。
幻想郷縁起執筆のため護衛と共に森を歩んでいた阿余の前に現れた妖怪は陰陽師の実力を遥かに超えていた。
当然のように食い荒らされる護衛達。
一人残された彼女に襲いかかった妖怪の牙は……
横槍に撃ち込まれた特大の霊弾によって本体ごと塵とかし、気がつくと阿余の傍には男の姿が。
男はただ一言。
ーー怪我はねぇか?
この出会い以来、岬影と阿余の間には奇妙な信頼関係が生まれる事となる。
岬影は幻想郷を案内してくれる阿余をありがたく思い、阿余はやって来る妖怪を片っ端から薙ぎ倒す岬影を必要としていた。
思えば年頃の女性であった阿余が岬影に惚れるのに余り時間はかからなかったのは必然だったのだろう。
ある日、決心をした阿余は岬影にこう言う。
ーー岬影、貴方が好きです。
対する岬影は困った様に微笑むと。
ーー気持ちだけ、受け取っとくぜ。
俺にはもう誰も愛せない、愛しちゃいけないんだ
けれど阿余はそう簡単には引き下がらなかった。
ーーならば私に残された十数年の人生を、共に過ごしてはくれませんか?
驚いたのは岬影だ。
彼女の役割については聞いていたものの、寿命が常人の半分以下しかないとは聞いていない。
ーーお前と過ごすことは出来ねぇがお前の夢を叶える事なら出来る、そんな人の人生を蝕む本の編纂なんか辞めちまえ、幻想郷の外を見たいんだ……
岬影の言葉は最後まで続くことなく、阿余の平手打ちによって遮られた。
彼女にとって幻想郷縁起の編纂は生き甲斐だ、途中で投げ出すなどあってはならない。
今思い出すとそれが最初で最後の意見の食い違い……もとい喧嘩であったような気がする。
阿余は幻想郷縁起を編纂すると言って幻想郷に残り、阿余の人生を不幸だと決めつけた大馬鹿野郎は幻想郷を去りその後600年戻る事はなかった。
▲▼▲▼
「は?」
封書の中身を見た岬影の第一声はやけに惚けた声であった、なぜなら……
ーー白紙が一枚だけ?……いやこれは
中に入っていたのは茶色の繊維質の荒い紙が一枚のみ、だが岬影はその内部に隠されたモノの正体に気がつき……絶句した。
「お久しぶりですね、岬影」
きめ細やかな薄紫色の髪、同色の瞳。
見間違えようの無いその姿は……800年前とまるで変わっていない。
「……阿余?お前どうやって」
彼女は確かに生まれ変わった筈だ。
魂の断片を封入して未来に残すなど出来る訳が……
「えぇ、まぁ私とて苦労しましたよ当時の閻魔様と数十年間交渉に交渉を重ね、数分の時間を授かったのですから」
渡す時が指定されていたのはこのためか。
「……たったの数分か、お前には伝えたい言葉が沢山あったんだがな」
ーーなにを、なにを伝えればいい?謝罪の言葉か?感謝の言葉か?一体、一体何を?!
表面上は冷静を取り繕っているが、阿余は笑みを浮かべると。
「ありがとう、岬影それとごめんなさい」
取り繕うのはもう、限界だった。
800年間溜め込んできた物が身体の中を駆け巡る。
「…何を言っていやがる、どうやったらそんな言葉が出てくんだよ!!ありがとう、ってのはこっちの台詞だ!!ごめんなさい、ってのも俺の台詞だろ!!」
ーーなのに何でだ?!
彼女の手を握ろうとした岬影の手が空を握る。
「私は本当は貴方と生きたかった、何処までも行って見たかった、私は貴方を選べなかった、後悔してます心から」
ーー違う、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃねぇ
「結局、岬影と幻想郷縁起を天秤にかけてしまった」
ーー違う、俺が見たいのはそんな顔じゃねぇ
「あの時、私が岬影を選んでさえいれば……」
「違う!!」
気づけば言葉が飛び出していた。
まるで最初から決まっていたかのように口が動く。
「お前は正しい道を選んだんだ、お前の人生を勝手に不幸だと決めつけた俺の事なんか気にする必要は全くねぇんだよ、頼むから後悔してるなんて言うな、そんな顔を見せないでくれ」
「……みさ、かげ」
岬影は人形、今の阿余は残留思念。
互いに涙を流す事はない。
だが、仮に涙を流せたとすればかれらはきっとこの部屋の床は濡れていた筈だ。
阿余の身体が半透明から更に薄くなって行く。
そんな中、おそらく次の言葉が最後になると悟った阿余は。
「岬影、やっぱり私は貴方を愛してます」
「俺もお前を最高の親友だと思っているぜ」
最後に見えた阿余の顔にあったのは、偽りの無いただ真っ直ぐな、真っ直ぐな笑みであった。
▲▼▲▼
その後再び稗田家を訪れると、何が書いてあったのか?と阿求に詰め寄られた岬影だったが。
ーー教えたら六代は扱き使われそうだぜ。
そう思い黙秘を貫き通した。
因みに忘れているかもしれないが、例の悪評騒ぎは割と素早く解決した。
満月が近かった事もあり、白澤モードとなった慧音に隠し事を出来る奴など紫と黒峯ぐらいの者だ。
犯人は以前岬影の元にやってきた大天狗。
どうやらあの時の復讐とばかりに風評を操ったらしい。
結局、その大天狗は偶然(笑)出くわした風見・幽香の手によって山の木屑となった。
出汁に使われた事に対して少なからず腹を立てていたのだろう。
そういう訳で、今日も総合修理屋・絡人繰形店はいつもと違い平和であった。
だぁぁぁ恥ずかしい!!
何書いてんだおれはぁぁぁ!!!!
一応言っとくと、反省も後悔もその他諸々も全くしてねぇ!!!
だから多分またシリアスが入る。
生暖かい目で見て下さい。