絡人繰形店ーー厄神様と流し雛
今回は絵師泣かせのあの方。
ある日、いつもの様に店番をしていた岬影の元へ珍客が訪れた。
「貴方、厄いわね」
店に入ってきて五秒と待たずに告げられた第一声がこれだ。
ーー面倒事の予感しかしねぇな
即座に判断した岬影、そしてこう言った予感は大抵当たる物である。
しかし、相手が例え何者であろうと客である限り平等に扱うのがここ、絡人繰形店の在り方だ。
補足すると代金を払おうともしない客以外にカテゴライズされる輩に関しては、どれだけ不真面目な対応をしても構わない。と言う事になっている。
「もう一度言うわ、貴方、厄いわね」
何時の間に近づいたのか?カウンターから身を乗り出し大真面目な顔で岬影を覗き込む少女。その間は僅か数センチなのだが少女は気付かない。
変わった服装の者が多い幻想郷の中でも群を抜いて派手な格好だ。
見たことの無い型のロングドレス、濃い緑髪は顔の下で白い縁取りの赤いリボンに纏められており、同色のリボンが頭頂で結ばれた後足元まで垂らされている。
と言っても岬影は見た目で相手を判断することは無い。
判断材料はもっぱら内面であり、目の前の少女からは二種類の力を感じ取る事ができた。
ーー神力と……これは…厄?
となるとこの少女は……
「……厄神様か?」
すると少女は初めて自分の格好に気がついたようで、身を引き咳払いをすると。
「名乗り忘れたわね私は鍵山 雛、察しの通り厄神よ、貴方は?」
対する岬影も右手を胸に添え。
「俺の名は岬影 連、ここ総合修理屋[絡人繰形店]の店主をやってる、厄神様がこの店に何のようなので?」
その言葉で思い出した様に雛は店の中を一瞥した後話し出す。
「私は厄を集め溜め込む者、久しぶりに山を降りて驚いたわ。
こんなところに大量の厄が集約されているなんて」
実は雛、これまでも妖怪の山を降りては人里へ行き厄を集めていたのだが、人目を避ける為にこの道を使った事がなかったのだ。
今日、偶然通りがかった雛は驚愕した。
ーーな、何なのよこの厄は!?
厄は余程密度が高くならなければ目視する事は出来ない。
けれど厄を集める神たる雛の眼は岬影を覆い尽くさんばかりの厄をしっかりと確認していた。
どれくらいかと言うと。
「貴方、よく今まで生きていられたわね。
正直これだけの厄を持っていて五体満足だなんて信じられない話よ」
「そりゃ一応不老不死だからな、何度か死にかけたがよ」
不老不死の者が死にかけるとは、厄の恐ろしさを物語っている。
とはいえ。
「でもまぁ安心して頂戴、貴方の厄を私が全て集めてあげるから」
微笑みを湛える雛を見て岬影は少々思案し始めた。
ーー厄神様か。
幻想郷における厄神というのは、一般に流し雛が神格化した物と決まっている。
人間の厄を肩代わりし流水によってその身を清めるという流し雛。
我が身が神となった今でも人間の厄を集め続けるとは見上げた神靈である。
「そうか…そうだなお願いしよう、宜しく雛様」
「ひ、雛様?」
初めての呼ばれ方に戸惑うに雛に岬影は。
「俺は神格の在る者には"様"を付けるんだ、嫌ならやめるが?」
「い、いえ別に嫌な訳ではないから」
厄神は厄を溜め込むという性質上、近付き難い空気……もとい厄を纏っている。
単に集めている雛自身には影響を及ぼさない厄だが、彼女に近寄る者は人間だろうと妖怪だろうと問答無用で不幸になる為非常に危険だ……"厄"は。
あくまで危険なのは厄であり雛本人ではない。
だが人間の眼には両者はセットに見えるらしく彼女が人目につかないルートで人里に行くのもそれが理由だ。
友人として付き合ってくれる妖怪はいても、厄神としての自分に敬意を示す存在と雛は会ったことがない。
ちょっと、というかかなり嬉しかったりする。
ーー何というか……むず痒いわね
しかしそれは決して不快感を感じさせる類の物ではなく。
「それでは、始めましょう」
「ああ、頼む」
どことなく心地良い、そんな物だ。
▲▼▲▼
クルクル回ってあらかた厄を集めた雛は、また厄が集まった頃に来るわね、と言い残し帰っていった。
なぜか嬉しそうな顔をしていた理由は岬影には一生分かるまい。
そんな感じで絡人繰形店はその日の営業を終了した。
………というのが昨日の話であり。
「何でここにいるんだ?」
「何でって厄が集まった頃に来るって言ったじゃない」
今現在、岬影の隣にはちゃっかりカウンターに居座る鍵山 雛がいる。
「俺の記憶が正けりゃ昨日厄払いを済ませたばかりの筈なんだが」
「私だって一晩でこんなに厄を集めるとは思ってなかったわよ、貴方って本当に厄いわね」
しれっと言い切る厄神様に思わず内心で溜息を吐く。
ちっともありがたくない話だ。
因みにその原因が岬影の能力にあることには誰も気づけない。
ーーまぁ今日は誰も来そうにねぇし別に良いか。
仮に来たところでこの店を訪れる連中は多少の厄ではビクともしないだろうから問題ない。
「でも大丈夫よ、私は何回でも何度でも厄を集めに来るから」
「そいつはどーも、お茶でも飲んでくか?雛様」
「頂くわ」
優雅に微笑む雛に背を向け、家事場へと向かう岬影であった。
その日以降、週に一度雛が岬影の元を訪れるようになり偶然出くわしたキサラと一悶着起こすのだが、それはまた別の話だ。
岬影は案外"神"を大事にします。