絡人繰形店ーー人間とメンテナンス
難産でした……ガク
安倍 晴明
平安時代中期に現れた陰陽師にしてその名は幻想郷の外、即ち外界でも伝え続けられている程に高名な人物である。
彼の出生は謎に包まれており父親は安倍益材又は安倍保名、母親は信田の森の白狐であるとの説が有力ではあるが何れも確証は無い。
時の陰陽師賀茂忠行・保憲父子から陰陽道を学び、保憲から天文道の奥義を授かったとされ天元2年熊野那智大社において、かの大天狗那智山 四郎坊を封印するなど数々の伝説を残し彼の子孫は土御門家と呼ばれ長らく栄えたという。
そんな大偉業成し遂げた人類史上最強の陰陽師…安倍晴明。
確かにこれだけの事をやってのけた彼は凄い奴なのだと岬影は思うし認めてもいる。
しかし……
「いやぁ十年ぶりに連の背中を堪能させてもらったよ、相変わらずの暖かくて気持ちよかったなぁ」
「黙れ変態、俺の半径5m以内に近づくなというか寧ろ死ね」
「はっはぁーん分かってるよ照れてるだけだもん、このツンデレさんめ!!」
ーー息の根を止めてやりてぇんだが
きっと世界中から賛成の声が上がる筈だ。
もう一度言う、彼女の名は安倍 晴連。
人類史上最強の陰陽師、安倍晴明の生まれ変わりにして最悪の変態である。
▲▼▲▼
「それでねぇ連、毎回毎回同じチェックじゃボクも連も退屈でしょ?そーいう事で今回は別の趣旨でチェックをしたいと思うんだけど」
「どうでも良いから早く済ませられる奴で頼む」
隣合わせで歩く二人距離は半径5m以内、というか晴連が岬影の腕をがっちり掴んで離そうとしない。
エメラルドの様な所謂エメラルドグリーンのショートカット、外見は16.7歳程度で顔立ちは整っており彼女の前世が男だとは夢にも思いたくない程に美しい。
しかし忘れてはいけないのが彼女が変態であるという事。
「男としてはもう充分に生きたから次は女の子として生きてみたいんだよね!!」
一応言っておくが彼の遺言だ。
岬影は冗談だと思っていた、正直今でも冗談であって欲しかったと思っている
彼奴は変態なのだ、具体的に言うと自分の裁判を担当したあの当時の閻魔に「自分が勝ったら記憶をそのままに女として転生させろ」と喧嘩を売って勝利をもぎ取って来る程に変態である、馬鹿かこいつは。
どう見ても人間とは思えんまぁ今となっては本当に人間を辞めてしまったわけだが、彼…否彼女がここから余り離れようとしないのはそれが理由であったりする。
「外の世界では日常的にやっている事らしいんだけど、ポッキーゲームって言うのをやって見たいんだよねぇ」
「ぽっきーげーむ?なんだそれ」
「えっとねぇ…棒状の食べ物の両端を二人で同時に食べ始めて、食べ終わった所で接吻を……キャ!!」
「却下」
「なんでさぁー良いじゃん別に」
「何が悲しくて元男と接吻なんぞしなけりゃなんねぇんだよ」
「一応男時代の20倍は女の子をやってるんだけどね」
岬影としては仮に100倍だろうが1000倍だろうがお断りである。
「まぁくだらねぇ御託はもういらねぇ、始めるぞ」
「それじゃ先手は貰うね!!」
「は!好きにしな!!」
「赤の式"陽"[ヒートプロミネンス]!!」
思いっきり横文字なのは陰陽師としてはアリなのだろうか?
そんな思考を遮るように赤色の奔流が岬影に迫る。
「無限[不可視の城壁]」
ドゴッ!!嫌な感じのする衝撃が壁越しに岬影へと伝わり、壁が吹き飛んだ。
多少勢いの落ちた一撃を岬影は空中へ逃げる事により回避する。
「やっぱり今のじゃ仕留められないかぁ、そんな訳で次行くよ金生水[プラチナフォール]!!」
打ち出されたのは滝の様に降り注ぐ黒色のレーザー、そしてランダムにばら撒かれた白色の大玉、どうやらレーザーで行動を制限し大玉で撃墜するつもりらしい。
「その程度で俺が止まるとでも思ってんのかよ」
岬影は迷わず突き進む、至近距離から威力重視のスペルを撃ち込めばそれで終わりだ。
が…
「え?いやいや思ってる訳ないじゃんと言う訳でもう一発追加ね、これ凌ぎ切ったらチェックは終了だから頑張って、陰陽道[気まぐれ森羅万象]!!」
は?と岬影が口に出す前に…森羅万象の五行を象徴する五色の光線が岬影の視界を埋め尽くした。
▲▼▲▼
「ったくいつまでたっても化け物だよお前は」
「えへへ、ありがとう」
「間違っても褒めちゃいねぇからな」
二人が目指しているのは仁狼院の奥の奥、この院の主殿がいる本堂だ。
すると残り数百m地点に差し掛かった所で別の人影が割り込んできた。
「そこまでだ!!」
女である。
群青色の着物に同色の瞳、これだけだと外見はキサラと一致する…が残りの特徴白銀の髪は黒く染まり、黒い毛皮で作ったコートを着ている…否体と同化しているつまりあれはキサラの体の一部と言う訳だ。
「ありゃりゃ?わざわざ[満月の間]まで行ってきたのかい?キサラちゃん」
「黙れ晴連!!貴様抜け駆けは許さんぞ!!」
「何言ってんだお前は、俺は旦那に会いに来ただけだっつー…」
「旦那になりに来たのだろう?」
「どんな聞き間違えだ!!」
人狼
それがキサラの正体であり本性でもある、かといって全身から毛が生える訳でもなく顔もそのまま、変化はちょっとオプションが付いたぐらいのものだ。
耳とか尻尾とか。
妖力も幾分か増加しているが岬影から見れば文字通り毛が生えた程度のものでしかない。
「まぁまぁキサラちゃんも連も落ち着いて、三人で行けば問題ないでしょ?分かったら耳も尻尾も引っ込める」
「し、仕方あるまい」
「つーかお前ら両方付いて来なけりゃいいんじゃねぇのかよ」
「そんな冷たい事言わないでよねぇ本当に嬉しかったんだからさ、久しぶりに会えて」
巫山戯た調子の晴連、けれどその笑みには微かな哀愁が感じられた。
確かに晴連は筋金入りのバカでアホでお調子者の変態だ。
だが…
「しょうがねぇな、ほら早く行こうぜ"親友"」
それでもやっぱり彼女は岬影の大事な親友なのだ。
▲▼▲▼
扉を開けるとそこは戦場であった。
比喩表現でもなんでもないガチな戦場である。
「せっかく起こしてあげたのにそのお礼がこれなのかしら?」
「ああ、脇腹に膝蹴りが入らなければ礼を言っている所だったのですが」
至る所にスキマが開かれ弾幕が撃ちだされる、が次の瞬間には…
「美しくも儚き弾幕、その存在を…否定する!!」
弾幕が消滅した。
存在を否定されて。
賢者…八雲紫と対等に戦闘を行っているのは一人の少年。
この[仁狼院]と同じ漆黒の髪を持ちどう見てもジャージにしか見えない格好をしている。
彼の名は黒峯
幻想郷最強の一角にして仁狼院の主。
[否定と肯定を操る程度の能力]を行使する正真正銘の"人間"だ。
自身の死を"否定"する事で生き延びており、強靭な肉体を"肯定"し紫の動きについて行く。
放って置くと何日でも続けそうな勢いである。
「という訳でキサラ頼んだ」
「任せろ!!震符[マグニチュード10]!!」
再び人狼モードに入ったキサラが発動したスペルカード。
生み出された振動波が空間を歪ませる。
[振動を操る程度の能力]人狼モードのキサラの能力なのだが、この能力が引き金となり起きたのが「封力異変」と呼ばれる異変だ。
「あら、思ったより早かったわね岬影もう少しかかると思っていたわ」
「ああ、岬影お久しぶりです」
「黒峯の旦那も元気そうで何よりだ、それで早速始めてもらいたいんだが構わねぇよな?」
岬影の質問に無言の了承を出す紫と黒峯。
「ああ、キサラ・晴連下がってくださいこの作業は私達とて綿密に行う必要があるますから」
「御意」
「了ー解」
部屋に残ったのは岬影、紫、黒峯の三人。
紫が口を開く。
「それでは始めましょうか」
「ああ、岬影は部屋の中央へ」
「分かってるっての」
これから始まろうとしているのは所謂メンテナンスと言うべきものだ。
岬影 連という存在は人形に魂を埋め込んだもの。
口で言うのは簡単だが、実際に行う事は困難を極める。
それを実際にやってのけたのがこの二人な訳だが。
故に紫と黒峯にしか岬影のメンテナンスは出来ない。
「いくわよ黒峯、準備は万端かしら寝起きで鈍っていたりしなわよね」
「ああ、そちらこそ最中に寝ない様に精々気を確かに持って下さい」
口を開くと相手の悪口しか出て来ないのだろうかこの二人は。
紫が存在の境界を操り、黒峯が魂と人形の間にあるラインを肯定する。
一瞬岬影の体が淡く光り…そして。
「やっぱこれが終わった後は体が軽いぜ、サンキューお二人さんって居ねぇし!!寝てるし!!」
メンテナンスが終了し岬影が目覚めると紫の姿は既になく、黒峯に至っては早くも布団の中に潜り込んでいた。ダメだこのニート早くなんとかしないと。
ーー帰るか
即決である。
▲▼▲▼
ベタベタとくっついて来る二名を適当にあしらった岬影は愛しの我が家たる絡人繰形店の目の前に立っていた。
「彼奴らのせいですっかり遅くなっちまった、連華の奴はもう寝てんだろぉな」
そう言いつつ扉を開ける…すると。
「お、お帰りなさいませ連様!!あ、あの結果の方は大丈夫だったんですか?!」
嬉しそうな、それでいて心配そうな顔をした連華の姿がそこにあった。
「いつも通り問題ねぇよ…それと連華」
「は、はい!!」
「これからもよろしく頼むぜ、期待してる」
ここまで自分の心配をしてくれる"家族"に向かって微笑を浮かべる岬影であった。
因みに連に微笑まれた(連華フィルターごしでは超絶イケメンがそこにいたとかいないかったとか)連華が気絶して、珍しく動揺した連が永遠亭へと向かうのはまた別の話だ。
一通りオリキャラが出揃ったんでオリキャラ紹介を後で投稿します。