絡人繰形店ーー開店と鴉天狗
かつてこの世界には人外の存在がいた。
人間の恐怖を糧として生きる"妖怪"
人間の血液を吸い尽くす"吸血鬼"
人間の信仰心を力と変える"神"
その他にも多くの存在がいた。
妖力があり、霊力があり、神力があり、魔力があると疑われる事はなくそれ等を使い、様々な摩訶不思議現象を起こす。
そんな世界があったのだ。
しかし、歯車が限界を迎えるようにこの世界にも限界があった。
時が経ち文明が発達するのに反比例し、人間はそんな力を、存在を、想いを否定し始めたのだ。
気がつくと、存在は消えてしまった。
なのに人間達は気づかない.....否、気づけない。
自分達と共に時を歩んで来た者達を人間は否定してしまった。
時間は決して元には戻らない。
文明という大きな力を手に入れた代わりに、人間は大事な者を忘れてしまったのだから。
けれど、世界に一カ所だけ、一カ所だけそんな世界が残っていたとしたら?
事前に自分達へと迫る未来を予測し、そんな存在が"幻想"が暮らす事のできる居場所を作り上げた"賢者"がいたとしたら?
そこは忘れられた"幻想"の住まう場所。
妖力も霊力も神力も魔力もある世界。
人間と妖怪が共存する不思議なトコロ。
その名を[幻想郷]という。
▲▼▲▼
チーチッチッチッチッ
幻想郷の朝は早い。
小鳥が鳴き始める頃には既に畑を耕す人々の姿が見えている辺りからして、朝の五時六時に起きるのは当たり前の事なのだろう。
今になっても第一次産業が中心であるこの場所では当たり前の話なのであるが。
もっとも全ての住人がそうかと言われれば、答えは否であり、この時間帯なら安眠を味わっている者も少なくはない。
人外の者達にとっては特に。
かくして人里と妖怪の山、その中間あたりの一本道に堂々と建つ和風の一軒家。
「絡人繰形店」とやけに達筆な字の看板を掲げるこの店を根城とする人外も、それの例に漏れず惰眠を貪っていた。
二階に設置された「そふぁー」と呼ばれる一種の寝具(以前代金として紅い洋館の主から受け取った物)にひっくり返っているこの男。
どうやら昨晩は忙しかったらしく、着替えもせずに床についたらしい。
黒髪黒目のそこそこな美形といっても良い顔立ち、全体的に黒を意識した着物は寝相のせいか若干乱れている。
「・・・・・・・・・・・・」
男は目覚めない、元より男の起床時間が開店時間であり、就寝時間が閉店時間であるこの店。
決まった開店時間がない絡人繰形店ではいつもの事だ。
「・・・・・・・・・・・・」
男は目覚めない、ここを訪れる客は、どうせ朝早くに開く事など期待していない。
故に朝に客が来ない絡人繰形店ではいつもの事だ。
ガッシャァァ!!
窓ガラスが悲鳴をあげた、砕け散った破片と共に投げ込まれたのは、灰色の紙の束もとい新聞だ。
といっても、この幻想郷において二階の窓へと新聞を打ち込むような輩は多くない、というか一人しかいない。
そこの新聞をとっている絡人繰形店ではいつもの事だ。
「いやまておかしい!!!」
謎の電波と窓ガラスが割れた音でようやく男が眼をさました、と同時に男はとある術を発動させる。
店の周りに強力な結界を展開したのだ。
ドゴォッ、、、、グシャ!!
何かが結界に正面から突っ込んだ音、具体的に言うのであれば、黒髪ショートで頭には瞳と同じ赤色の山伏風帽を被った鴉天狗が激突した音である。
「あー今度という今度は許さねぇぞあのアホ鴉、マジでぶちのめして、、、、その前に直しとくのが先か」
男は無惨な姿となった窓ガラスへ意識を傾ける。
するとビデオを逆再生したかのように、破片が窓枠へと張り付いてゆき瞬く間に元の状態に戻ってしまった。
その様子を見届けた男は、一階に降りるため部屋からでようとドアに近づき。
反対側から炸裂したように吹き飛んだドアごと壁へと叩きつけられた。
「のわっ!!」
「店の周りにあんなバカみたいに強い結界を張るなんて、何考えてるのよ連!!」
そう声を荒げながら部屋にズカズカと入って来たのは、赤い天狗下駄を履きフリルのついた黒スカートと白い半袖シャツに身を包んだ鴉天狗、射命丸 文だ。
見るからに不機嫌そうな彼女、そんな彼女の手に握られているのは葉団扇、振るだけで風を起こす事のできる扇であり文のもつ[風を操る程度の能力]と同時に使われると店ごと廃棄物に変えられかねない。
「まぁ落ち着け文」
そう判断した男もとい連は態度を一変、、、、
「落ち着いて俺に一発殴られろ!!」
させなかった、実際に手をあげる事はないが、かなり切れている事だけは確かなようだ。
「大体、お前の目はフジツボか!!一度でいいから店先の新聞受けに気づけ!!なぜ毎回窓を破壊したがるんだお前は、次やったら本気で契約切るぞ、後これ修理頼まれてたカメラな!!」
「え?あ、ああ、どうも、っじゃなくて!!」
イキナリ説教を始めた連に一瞬ポカンとしていた文。
普段の数倍は声を大きくした連の行動に、思わず取材対象に使っている敬語口調が出てしまう、それだけの気迫があった訳だ。
「とりあえず、あの忌々しい結界は今すぐ破棄する事、分かった?」
「それならお前は今後一切新聞は新聞受けに入れる事、これが条件だな」
「善処はするわ」
「お前の善処と不可能は同意語だろうが」
「早くしてほしいのよね、私の新聞を待ってくれてる沢山の購読者の方達がいるんだから」
「という妄想がお前の頭にある訳だ、ぶっちゃけ文々。新聞を定期購読してるは俺と香霖堂ぐらいだろうがよ」
連の的確すぎた指摘に文の額に由緒ただしき怒りマークが生まれる。
「ーーーーーーよ」
「ん?何だ?」
だが、悲しかな。
ここいる鈍感店主は1000年も生きて来た鴉天狗様の怒りに気がつかない。
「余計なお世話だって言ったのよ!!!!!!!!!!」
「は?お前!バカ!!こんなとこで葉団扇なんか振り回したらァぁぁぁぁぁ!!!」
その言葉を最後に、絡人繰形店は閉店時間を迎えた。
開店して10分もたっていなかったが。