魔女2
「お前さんも哀れだねえ」
魔女は開口一番そう言って私を出迎えてくれた。声の調子にどこか蔑んだものを感じる。
「ああ、もちろんわたしにはおまえさんの望みが分かってる。かわいいかわいい妹の心を捕らえて離さなかった王子のことが気になって仕方ないのだろう」
そう言われて自分が何が気にかかっていたのかに気付く。
でも、この言い方だとまるで私がその王子を好いているかのように聞こえる。
「そういった言い方はしないで。ただ、妹が何を考えていたのか、そして妹を選ばなかったのはどんな人間なのかを知りたいだけよ」
その私の言葉を聞いているのかいないのか魔女はヒェッヒェと不気味な笑い声を立て、その拍子に首に巻き付いている海へびがゆらゆらと揺れた。
「なんだっていいさ。お前さんもあの歩ける2本の棒切れを欲しがっていることには変わりないのだから」
「別に欲しがっているわけじゃない。確かめるために、陸にあがるためにそれが必要なのだったら欲しいわ。でも私は人間になりたい訳じゃない。だから、人間の愛や魂もいらない」
自分が愛した人間に誰よりも愛されれば人間の魂を得ることができる、らしい。
でも私はこの海の世界もこの尻尾も捨てる気はないのだ。無くすのは髪の毛だけでいい。
「いいのかい? まあ好きにすればいいさ。それじゃ、お前さんからは何をもらおうかね」
そう言いながら舐め回すように魔女は私を見る。確か妹は声を魔女に差し出したはず。そして誰かに何かを伝えることが出来なかった。だから声を渡すことは出来ない。
魔女にそう伝えると分かっているとでも言いたげに手を動かす。
そうして吟味し終わったのか私の目をひたと捕らえる。
「決めた。お前さんからは片目をもらおう。目玉は二つもあるんだ、一つくらいもらったってどうってことはないだろう。ただ片目だけだから効果はそうさね、大体五日ってところだね。お前さんは王子がどんな人間か確かめに行きたいだけだろう。なら五日もあれば事足りるはずだよ」
「それでいいわ」
そう返した私を見てまた魔女が笑う。
「それじゃ、お前さんの持ってるそのナイフを寄越すんだ」
どきりとする。確かに妹が使うことのなかったナイフを持ってきているけれど、それは腰に括り付けてあり、その上から更紗を巻いてあるから見えないはずなのに。
そんな私の逡巡を見透かすかのように魔女は重ねて告げてきた。
「言ったろう。分かってる、と。それはわたしの渡したものだし、お前さんの髪の毛だって持っている」
さっきとは様子が打って変わったように魔女の口調は苛立たしげになった。
そんな魔女の様子に怯えたのか海へびがさっと魔女から離れていく。
これはさっさと渡した方がよさそうだ、そう判断し腰からナイフを引き抜いて魔女へと渡す。
「それじゃお前さんの目玉を頂こうか。右目か左目の選択ぐらいはさせてあげるよ。どちらを残して欲しい?」
「どちらでもいいわ」
そう言った私をやはり魔女は蔑んだように見て冷笑する。
「そうさね、片目には違いない」
そして目の前にナイフの先端が迫ってくるのが見えた。