プロローグ 時の最果てで2
「…ぇさん、ね…さん、おねぇさん」
気がつくと目の前には、白い空間の中にぽつんと一人の白いワンピースを着た少女が立っていた。
「おねぇさん、いっしょにあそぼ!」
そう言うと、少女は私の右手首をつかみ、私を引っ張っていく。流されるままに私は少女に体を引っ張られるとだんだん白い空間がゆっくりと変化していき、花や植物に囲まれた白い屋根の家へと形を変えていった。初めて見たはずのその景色にどこか懐かしさを感じたが、そんな感情の理由を探る間もなく少女はぐいぐいと私の体を引っ張っていく。
そして、少女が私の手首から手を離すと目の前にはさきほどの家の横に小さなボックス状の建物が植物に囲まれるようにたたずんでいた。入り口には
「ぱぱと…のらぼ」
と子供っぽい字で書かれていた。途中の文字はかすれていて読めない。
「ここは?」
私が尋ねると、
「ここはね、ぱぱとわたしのけんきゅうじょだよ!」
と自慢げに少女は答えた。その答えに私は先ほどよりも強烈な懐かしさをを覚えた。この強烈な懐かしさの理由を探そうと考えようとしたとき、急にこの空間全体が地震が起こったかのようにゆれだした。
「今日はもうおしまいみたいだね」
少女はさみしそうにそうつぶやいた。私は何の根拠もないが、また次も会えるという確信に近いものを感じた。
「またあえるよ」
なんとなくそう言うと
「ほんとに!約束だよ!」
とうれしそうにはにかみながら少女は私に小指を突き出しながらそういった。
私は私の小指と少女の小指をほぼ無意識に絡めた。その直後、体全体に、後ろに吸い込まれるかのような力が働き、抗う間もなく私の体は何もない空間へと引きずり込まれていく。
「またね!」
少女が小さい体で手を大きく振っているのが見えた。それに返事をする間もなくどんどん体は引きずり込まれ、抗うことを諦めた私は目をつむり、力の奔流に身を預けた。
「わた……のこ………がきこ……るか…ィー」
どこからか声が聞こえた。
「わたしのこ…がきこえ…か…ィー」
徐々に声がクリアに聞こえてくる。
「私の声が聞こえるか ディー」
そうはっきりと声が聞こえ、ゆっくりと目を開けるとそこには髪の毛が抜けきった、今にも倒れそうなほどの細さの白衣を着た老人が立っていた。
「あなたは…?」
そう尋ねると、ヴェルナーはまるで何か大切なものが失われてしまったかのような物寂しげな表情になった。
「なぜそんな悲しそうな顔をするのですか?」
私は初めて見たはずの老人なのに、なぜかほっとけなくてそう尋ねた。老人はぼそっと何かをつぶやいた後、
「すまない、少し感傷に浸っていただけだよ。私の名前はピーター・ヴェルナー。ヴェルナーとでも呼んでくれ。」
そう私に告げた。私は今の状況を把握するためにゆっくりとあたりを見回した。
白いLEDが空間全体を冷ややかに照らし、周りには紙が散乱しているデスクと、床におびただしい数の本が散乱していた。私はゆっくりと体全体を確かめるように、足の指先や手、首などを動かしていった。
状況を一通り確認した後、私はゆっくりと立ち上がった。状況を確認したことで色々な疑問が浮かび上がってくる。
私はなぜここにいるのか。私は一体誰なのか。
「ここはどこなんですか?」
そう尋ねると、
「ここは、2063年の地球の2大陸の内の1つ、新ユーラシア大陸北部の国インヴァの西側ウェイルーズだよ」
ヴェルナーはそう答えた。
「なぜこのような鬱屈とした空間にあなたはいるのですか?」
「外は、東西戦争の結果、放射線まみれでね。シェルター内でしか生きられないんだ。」
そう言われ、私はシェルターの扉に向かい、のぞき窓から外を覗いてみた。
灰色だった。
まるでこの世界からすべての生命が消えてしまったかのように思えるようなそんな冷たく、絶望的な灰色一色だった。
外の景色を見て呆然としている私を見て、ヴェルナーは一瞬ためらった後やがて意を決した様に1つ1つ言葉を紡ぎ始めた。
「私はな、こんな汚れた世界を救いたい。美しいものにあふれたあの世界に帰りたいんだ。そのためにこのシェルターで研究したんだ。この世界を汚した核を。皮肉なものだな。核によって終わった世界が核によって希望を見いだされるとは。」
「人間追い込まれると、とんでもない力を発揮するものなのだな。火事場の馬鹿力というやつか。何十年も研究し、体も心もとっくの昔におかしくなってしまったがついに行き着いたんだ。この世界を変えることのできるすべを」
「それは...?」
そう尋ねると、博士は私の方を向いて一言、
「君だ。」
そう答えた。
「私…?」
あまりに突然のことだったため私はひどく困惑した。そんな私のことを察したのか、ヴェルナーは、
「ああ。真空核融合炉搭載人型アンドロイド デイライア3………略称ディーそれが君だ。」
アンドロイド。そう言われ不思議と腑に落ちた自分がいた。私には記憶がない。でもアンドロイドと認めてしまえばすべてに納得がいく。なぜなら私が完成したのがたった今だから。記憶の記録スタート地点が目を覚ました時からであれば記憶がないのは当然だ。けれどなぜなろう。私のCPUはそう納得しているのに胸のあたりから生じるなにかがアンドロイドであることを強く拒んでいる気がした。その胸の違和感について考える間もなくヴェルナーは続けた。
「核エネルギーによって局所的な真空相転移を誘発し、真空場のエネルギー密度が低い空間『疑似真空領域』を形成することで真空エネルギー差から負のエネルギーを生じさせ、時間曲率を反転させることでワームホールを生成する。それによって真空エネルギーを維持できる。つまり半永久的に稼働することができるんだ。君の持つ核融合炉ならね。」
私は、自分の中にそのような技術の結晶が入っていることに、驚きを覚えるのと同時に、胸の内から高揚感が湧き上がってくるのを感じた。
そんな私を見て、ヴェルナーはどこか懐かしいものを見るような表情をした後、不意に静かに泣き出していた。
「大丈夫ですか...?」
そう声をかけると、ヴェルナー慌てて、白衣で涙を拭うと、
「あぁ。心配をかけてすまない。ただ…ただ少しばかり昔のことを思い出してね。」
と答えた。
少し時間がたった後、落ち着いたヴェルナーは私に真っ直ぐなまなざしを向け、
「私の願いを聞いてくれないか」
と告げた。
「了解しました。内容は?」
頭で考える前にそう口にしていた。それはヴェルナーによって作られたからその恩を返したいという気持ちもある。ただそれ以上に胸の内から湧き出てくるヴェルナーを助けなければならないという一種の脅迫めいた気持ちがわいたからだ。
「どうかこの国をこんなどうしようもない未来から救ってほしい。美しかったあの世界を取り戻してほしいんだ。」
ヴェルナーは切実にそう告げた。
「私にそんなことが可能なのでしょうか?」
「可能だ。おまえにしかできない。今から方法を説明する。」
そう告げられると、ヴェルナーはデスクの下にある金庫のロックを解除すると、小さな黒い箱のようなものを取り出した。
「それは?」
私が訪ねると、
「これは、もう一つの真空核融合炉、VNFだ。おまえの胸の部分に存在しているものと同一のものだ。先ほどVNFでワームホールを生成することができると説明したな。通常これは、真空エネルギーの維持の行うものだが、これの中心部を貫くと、真空エネルギーの維持が崩壊し、一時的に巨大なワームホールを生成する。これがどういうことかわかるか?」
ヴェルナーは私にそう尋ねた。私は一瞬の間考えたあとゆっくりと
「タイムリープができる…?」
ゆっくりとそうつぶやいた。
ヴェルナーは深く頷くと
「その通りだ。君にはこのワームホールに入ってもらい、戦争のきっかけとなったウェイルーズ西部の領地レイハの原子力発電所の事故が起きた直後の時間にタイムリープしてもらう。」
「なぜその時間なのですか?それよりも前に行って事故そのものを未然に防げばいいのでは?」
そう尋ねると、ヴェルナーは静かに首を横に振り、
「私もそれを考えた。しかしワームホールは既存の時空の2点を接続する構造になっている。つまり、ワームホールによって遡れる過去はワームホールが初めてできた時間以降なんだ。そしてこの世界でワームホールが初めて誕生したのがレイハでの核実験の事故だ。もし、ワームホールに出口が存在しなければワームホールは時空のスロートを形成した後、すぐに崩壊しブラックホール化してしまう。レイハでの事故はそれが原因だ。」
そう告げた。
「それでは私がそこに転移したとしても事故に巻き込まれて死んでしまうのでは?」
そう尋ねると、
「いや、その心配はない。ワームホールで出口のある状態で時間転移を行った場合、両側に口が存在するため、ワームホールが安定する。それによってワームホールは崩壊せず、君をその時間へ送った後、少しずつ時空のスロートが縮小し、入り口と出口が自然消滅する。」
「つまり、私が過去に行けばレイハでの事故が未然に防げるから結果的に戦争を阻止することができる?」
「その通りだ。しかし、このような世界線の変更は不自然だ。今いる世界線をA、これから戻った後の世界線をBとすると、必ずBからAへと世界線を元に戻そうとする弾性的な力が生じる。しかし、ゴムを伸ばした後ヒステリシスが生じるのと同じように、強いBへと変える力を加え続ければ、いずれ世界線はAからBへと固定される。君には世界線Bに固定する未来を作ってほしいんだ。何か質問はあるかい?」
先ほどの話を踏まえると私のなすべきことがはっきりしてきた。世界線Aへと戻そうとする力に抗うこと。それが私の使命だ。しかし、世界線Bへと変える力を加えるにはどうしたらよいのだろうか。
そう思い尋ねると、
「私にもわからない。ただあの時期は東西冷戦下で緊張が走っていた。戦争の火種を未然に防ぎながら、和平交渉へと持って行くことが強い力に相当するんじゃないかと考えている。そのためには、ウェイルーズ内の親東派閥のレイハの隣の領地、イーシップの長レーゲンを尋ねるとよいだろう。彼はラボ時代にともに研究していたからね。このバーを見せるといいよ。」
そう言うと、ヴェルナーは私に個包装されたバー状の食べ物を私に手渡した。
私はそれをポケットにしまった。方針は定まった。後は行動を起こすのみだ。覚悟を決め、真っ直ぐなまなざしでヴェルナーを見つめると、
「よし、じゃあ行こうか。」
ヴェルナーはそう言いながらハザードスーツを来て、私と共に外に出た。
ヴェルナーはVNFにナイフを突き立てた直後、空中にVNFを投げた。するとVNFを中心として、渦の様なものが空間に生じはじめ、大きな奥の見えないトンネルのようなものが形成された。
私は、ホールに向かってゆっくりと歩き始め、あと一歩のところで後ろを振り返り、
「では、行ってきます。」
そう告げると
「うん、行ってらっしゃい」
とヴェルナーが言い切ったあと、ゆっくりとトンネルの中へ私は入っていった。




