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魔女の調香辞典 -駆け出し調香師コレットの日月-  作者: 風見鶏
4th notes 「追憶へ捧げる香り」

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10「儀式に臨むために」


 恥ずかしながら、という表現が正しいのかはわからないけれども、男性と街を歩くという経験が、私にはない。けれど、すれ違う女性たちから刺すような視線が向けられるのが普通ではないことは分かる。


「あの……」


 思わず立ち止まって、背後に振り返る。

 私の少し後ろに、アシュレイさまとルシアンさまがいる。


 人混みに混ざれば馴染むかもとは思ったのだけれど、まったくそんなことはなかった。明らかにふたりが周りから浮いている。


「どうかしたか? 俺たちのことは気にしないでいい」

「私は気にしなくても、街の方々はそうはいかないので……」

「なぜだ?」

「なぜ?」


 私は思わず訊き返してしまう。

 この方は自分が目立っているのを理解していらっしゃらない?


 助けを求めるようにルシアンさまに視線を向けると、無言で首を左右に振られた。

 あ、いつもこうなんだ、と言葉がなくともわかってしまう。


 どうやら貴族のご令嬢さま方からしても、アシュレイさまは特別に目立つものらしい。日頃から視線を集めすぎるせいで、それが普通と思うようになってしまったのだろう。

 さらに、我関せずというふりをしているけれど、ルシアンさまも原因の一助には違いないのだ。男性なのに美しい、という相反する容貌のお二人が揃っていたら、服装で誤魔化せるわけがない。


 どちらも自覚が足りないのだ。なにを言っても無駄か、と私は諦めた。

 小市民として、そして魔女の血を引くものとして、ずっと息を潜めるように生きてきた。通りを歩くだけで人の視線が集まるなんて経験はしたことがない。すごく居心地が悪い。


 私はできる限り、後ろを歩くお二人とは無関係な人間です、という顔を作った。

 足早に距離を離そうとするけれど、私が必死にせかせかと歩いても、後ろの二人はちっとも離れない。足の長さが、憎い––––っ。


 せめてお二人に前を歩いてもらって、私が従者のように背後をついていくほうがどれほどマシだろう。でも行く先を私しか知らない以上は、結局は私が主人のように誤解されながら、先導するしかないのだった。


 幸いなのは、ドミニクさんの工房が大通りから離れていて、うちの店からも遠くないことだった。

 歩くほどに人の数は減っていき、鍛冶や商店ばかりの並ぶ商業区に入ると、若い女性の姿も途端に減って、ようやく張り詰めたものを緩めることができる。


 ドミニクさんのお店に着くまで、私たちに会話らしい会話はなかった。

 集まる視線を我慢するのと、フムルに教えてもらった儀式の手順を頭の中で何度も確認するのとで、気を配る余裕がなかった。


 やがてドミニクさんの工房が見えてきた。工房の両開きの扉は開け放たれていて、ちょうど、ドミニクさんが箒を手に工房の前を掃き清めているところだった。

 私たちの姿を目に留めて、少し意外そうに目を見開いたのは、私の後ろに立つアシュレイさまとルシアンさまが原因に違いない。


「本日はよろしくお願いします」


 頭を下げた私にドミニクさんは頷きを返す。


「今日は世話になる。中に入ってくれ」


 ドミニクさんの案内で、私たちは工房の中に入った。

 明かり取りの窓からの光に、工房の中は思ったよりも明るい。


 天井は木造だけれど、壁は石と木とが混ざり、さまざまな形の鉄の工具が並んでいる。地面は土に灰を混ぜて叩き固めてあって、まるで石のように艶があった。

 一番奥には大きな炉と煙突が据えられていて、そこに火を灯せば、今からでもすぐに仕事が始められるような気配が満ちている。


 工房の右手は住居に繋がっているらしい。

 一段高い板張りの床があって、そこにはドミニクさんの親族らしい人々が並んで座っていた。中年くらいのご夫婦、ドミニクさんに似た顔立ちの若い男性と、赤子を抱いた女性。そこから少し離れて、壮年の男性が腕を組んで目を閉じている。全員がドワーフ族の方々だった。


「うちの親族だ」


 私は親族の方々に一礼する。


「コレットといいます。祖母の代わりに、本日は”火返しの儀”を執り行います。よろしくお願いします」

「……親父がやるって聞かねえから来てもらっただけだ。俺は精霊もなにも信じちゃいねえ。あんたのことも胡散臭えと思ってる。訳のわからねえ儀式とやらで、親父からいくら分捕るつもりだ?」


 突然、中年の男性に言われて、思わず目を丸くしてしまった。


「あなた、やめなさい」


 と女性が制するが、男性は鼻を鳴らして腕を組んだ。


「ガリオ。俺は無理してお前に来いとは言ってねえだろう。文句があるなら出て行け。こっちが頭を下げて来てもらった立場だ。それをなんだその口は」

「俺は親父の炉の火落としに立ち合いに来たんだ。精霊だの香を捧げるだの、そんな訳のわからねえ儀式をありがたがるためじゃねえ。いいか、お嬢さんよ、俺は人間の金勘定にも詳しい。違法な金額をでっち上げても分かるからな」

「……はあ」


 ガリオさんの言葉に、私はついはっきりしない返事を返してしまった。

 睨め付けられるような視線には鋭い力があって、それには少しばかり怯んでしまう。


 私にはやましいところも、ドミニクさんを陥れようという考えもないけれど、男性に敵意のこもった目で睨まれるというのはやはり怖い––––と、その視線を広い背中が遮った。


「頼まれた仕事のために来た人間を脅すのがドワーフ族の流儀か?」

「あ、アシュレイさま!?」

「ああ? 俺はそいつにまともな仕事ができるのかって言ってんだ。しょうもねえ香り物を焚いて適当な聖句を唱えて、それでありがたがれってのはおかしいだろ」

「自分の目に自信があるなら、まずはその目で確かめてからにするべきだろう」

「––––チッ、そりゃお前の言うとおりだ。だったらしっかり見せてもらおうじゃねえか」


 毅然とした言葉は対立を深めるようでいて、それがかえって争いを納めることになるというのは不思議だった。

 アシュレイさまの言葉は、私からすると言い争いの始まりのようにすら思える物だったのに、ガリオさんはそれを受けて、なぜか納得して矛を納めている。


 男性たちの間にだけ通じる規範があるのか、アシュレイさまの力なのかはわからないけれど、私ひとりだけだったら間違いなくうまくいかなかったことは確かだった。




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