3「香りを消すハンドクリーム」
「どうされました。なにか問題が?」
訊ねる従者にアシュレイが向ける顔は、訝しむというよりは戸惑うものだった。
「いや……いつもより香りが薄い。それで気になった」
こと香りに関しては、アシュレイほど敏感な者はいない。本人がそう感じたのであれば、それは疑念につながるほどの差異があったのだろう。
従者がメイドに顔を向けると、慌てたように頭を下げられる。
「も、申し訳ございません。差し出がましいことを致しました」
「その口振りからすると、エリザ、きみがなにかしたのか? 叱っているんじゃない。ただ気になったんだ。何をした?」
馴染みのメイドに、それでもアシュレイは意識して声音を優しくして訊ねた。
自分の目つきの悪さが意図せず他人を圧することがあると充分に理解している。
おどおどとした態度ながら、エリザは言葉を継いだ。
「アシュレイ様が香りにお困りだと分かっておりましたので、手紙にハンドクリームを塗ったのです。昼に手に入れたものなのですが、これが驚くほど香りがなく、それでいて馴染みが良いので……これならば、手紙の香りを少しは抑えるのではないかと思いました」
「ハンドクリーム? それは今も手元に?」
「は、はい。こちらに」
エリザが懐から出したのは、手のひらに握っておさまるほどの大きさの緑色のガラス瓶だった。コルクで栓がしてあるだけの質素なもので、市井では一般的に使われている軟膏容器である。
従者がまずそれを受け取り、手の中で転がしてから栓を抜いた。小指で掬って自らの手の甲に塗り広げ、その香りをも含めて異常がないかを確かめてからアシュレイへと渡す。
アシュレイは小瓶に鼻を寄せ、目を見開いた。
「驚いたな。まったく匂いがない」
「普通は香膏……香りを付けて楽しむはずですが。近ごろは市井でも多様な花の香りのするものばかりだとか」
「そんな情報をどこで仕入れているんだ?」
アシュレイの疑問に従者は肩をすくめるだけで受け流し、手の甲に塗ったハンドクリームに鼻を寄せて確かめる。
「原料は蜜蝋に花から抽出した香料、あとは植物なり動物なりのオイルのはず……たしかにまるで匂いがしませんね」
「混ぜ合わせた原料の香りすら感じない。意図してそれを消したということか?」
アシュレイは掬い取ったハンドクリームをコルレッティ家の手紙に塗り伸ばすと、そこに鼻を寄せた。すると驚くほどに匂いが軽減されるのだ。
「そして他の匂いすら覆い隠す性質があるらしい」
「まともな調香師とは思えない発想ですね。この時代にあえて香りを消すなど」
「そんなことが可能なのか?」
アシュレイは口の中で呟いて考えをまとめると、扉の脇に下がって肩身狭く立ち尽くしていたエルザに視線を向けた。
その眦は流線のように鋭く、エルザはひゅっと、息を呑んで身を固くした。
「これを手に入れた場所を教えてもらおう」
「ひ、ひゃいっ」
まるで問い詰められた罪人かのように、エルザはすべてを語り出した。




