11「世話焼きハリネズミ」
朝というのはどうしてこんなに乱暴なのだろう。
夜は静かに、いつの間にかやってくるのに、朝はぽんと日差しが降ってくる。窓から差し込む朝日が顔を照らしてくるから、私は反対側に顔を向けようとして。
「––––いっ、たぁあ……」
首も背中も変に凝り固まっていて、顔を顰めて耐えながら、ゆっくりと身体を起こした。
私、なんで机に突っ伏して寝てるんだろう。
ぼんやりとした頭で、散らかりっぱなしの机を眺める。
頬についた涎を袖でごしごしと拭う。
調香机の真ん中に、半分ほどまで減った”暁の花精”の補充用の小瓶を見て、ハッと意識が鮮明になった。
周囲を見回す。香炉の蓋は開いたままで、中には灰だけが残っている。
「……夢、か。そうだよね、ハリネズミが喋るわけ––––」
「おう、ようやく起きたのか」
部屋の扉からトゲを背負ったネズミが姿を見せた。
「ハリネズミが喋ったぁああ!?」
「寝ぼけてんのか?」
後ろ脚で立ち上がって長い鼻を私に向けている。
怖い夢を見て起きたら、それが現実だったような驚きに、心臓がバクバクとうるさい。ただ、夢から飛び出してきたのは喋るハリネズミで、怖さとは無縁の可愛らしい顔立ちをしている。
「……フムル? え、本当に夢じゃない、よね」
「たしかにオレサマが夢のように可愛いのは間違いじゃないが」
「あ、やっぱり現実か」
顔を両手で押さえて、ゆっくりと深呼吸した。
しっかり寝たような感覚はあっても、寝入りが深夜になると頭がどうしてもぼやっとする。身体の芯にはまだ、何かが欠けているような疲れが残っていて、それが魔力のあった場所なのかもしれない。
よし、と頭をしっかりさせて目を開くと、フムルは香炉の縁に前足を引っ掛け、後ろ足をばたつかせているところだった。短い尻尾の生えたふっくらとしたお尻を左右に振りながら、なんとか、という様子で香炉の中に入る。
「あっ! 待って! 炭!」
「とっくに消えてるに決まってんだろ。もう朝だぞ」
香炉の中で黄色と茶色の混ざり合ったトゲがもぞもぞと動いて、灰を掘り返す音が聞こえる。やがてフムルが顔を見せて、炭の燃え残りを調香皿に乗せて掲げた。
「ほれ」
「あ、ごめん」
お皿を受け取る。
フムルは灰を前足でかき回してから平坦にならすと、満足したようにまた外に出た。
「フムルは寝てないの?」
「精霊にゃ睡眠は必要ない。時間は有効に使うもんだ」
「有効に……?」
「オレサマは綺麗好きだからな」
その自慢げな言い方が気になって、部屋の外に出る。
「……うそ。家が……片付いている……」
恥ずかしながら、私はあまり整頓にこだわりがない。そりゃ綺麗に整っていれば快適だろうなとは思うけれど、ちょっとくらい雑然としていたって、生活には困らないのだ。
調香机なんかは整理するけれど、それは祖母に厳しく教えられたからでもあるし、そうしている方が調香のときに利便性がいいからだ。
「着てない服は畳んでそこに重ねてある。まだ洗ってない服はそこにまとめてる。コレットは自分で洗うのか? 洗濯屋に持っていくのか?」
「待って。洗ってない服とそうじゃないの、どうやって見分けたの?」
「ああ? んなの匂いを嗅いだに決まってんだろ」
「……すみませんでした」
調香の精霊に自分の服を嗅がせてしまった……。
こんなときばかりは、日々の生活の甘さが反省をまねくのだ。
おまけに、朝の光で隅まで見渡せる部屋は、なんだかちょっと身を正したみたいな他人行儀さがある。昨夜、フムルが部屋中を飛び回って乱れた家具の位置や、倒れた小物なんかもぴたっと戻っているし、散らかった観葉植物の土に、部屋の隅にこっそりと溜まっていただろう埃までなくなっている気がする。
「掃除までしてくれたんだ……その短い手足でどうやって?」
「よくぞ聞いてくれた。お前がそんなに気になるというならなら教えてやらんこともない。オレサマはまず、この家の浴室を探してだな––––」
そのとき、ドアベルが鳴った。
まだ開店の準備はしていないのにどうして、と考えて、そういえば昨日、慌てるあまりに店舗の鍵を閉めていなかったことに気づいた。
「なんだコレット、戸締まりをしていなかったのか! なんて不用心な!」
「ご、ごめん、ついうっかり」
「年頃の娘が一人で住む家にうっかりなどあって良いわけがないだろう! 部屋の乱れといい、お前には大雑把なところがだな」
「あ、お客さんが呼んでる! 行かなきゃ!」
腕を組んで説教を始めてしまったフムルから逃げるため、私は小走りで表に向かう。店舗に出ると、待っていた顔があった。
「––––エリック、いらっしゃい」




