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腹ペコ魔女の香水店  作者: 風見鶏
2nd notes 「亡き人を想う香り」

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4「生意気なお子様」

   

「い、いらっしゃいませっ!」


 咄嗟に声が飛び出た。

 現実離れした世界から、日常を告げるドアベルが私を現実に引っ張り戻してくれたみたいだった。

 十歳くらいの男の子が、扉を開けたまま目を丸くしていた。顔の中でも目立つくらいに大きな瞳を半目にして、私とアシュレイ様を見た。


「邪魔だった? おれ、出直したほうがいい?」

「お気遣いなくっ!」

「あ、そう。じゃあ入るけどさ」


 男の子は店内を見渡しながらカウンターまで歩いてくる。冷やかしではなくて、本当にうちの店に用があるお客様らしい。

 私はちらとアシュレイ様を伺う。


 アシュレイ様は肩をすくめて、書状を丁寧に折りたたみ、そっとカウンターの前から場所を譲った。その動きひとつとっても洗練された優雅さみたいなものがあって、私は「ひええ」と感心させられるのだった。


「小さいし、さびれてるし。ここって本当にちゃんとした店?」


 カウンターの前につくなり、男の子が疑わしそうに私を見上げた。


「わ、生意気なお子さまだ……」


 思わず小声で呟いてしまった。

 私は慌てて口元に拳を当て、咳払いで誤魔化した。


「聞こえてるから」

「……それは、ええと。失礼しました。今日は贈り物かなにかお探しでしょうか」

「あんたが調香師? 若そうだけど、本当に調香できるの?」


 まさか自分よりもずっと幼い年ごろの少年に年齢を理由に不安を抱かれるとは。

 驚くやら、ちょっぴり可笑しく思えるやら、つい苦笑が浮かんでしまう。


「若いのはどうしようもありませんけど、これでも腕に自信はあります。どんな香りでもお任せください」

「ふうん?」


 と、少年がじろじろと私を品定めする。相手が成人した男性だったらその視線に身を隠したくなるような不快感も混じるだろうけれど、少年の視線にはかえってさっぱりとした意思を感じて、私も少年をじろじろと見返す余裕がある。


 少年は半ズボンにサスペンダー。それに襟付きの白いシャツ。肩掛けの鞄。足元の靴は汚れもほつれもなく仕立てが良いものだ。この店にひとりで臆せず入ってきたことを考えると、裕福さは見てわかる。


 少年はカウンターに近づくと、肩掛け鞄から白い布の包みを取り出した。それをカウンターの上において、包みを解く。

 現れたのは美しい香水瓶だった。


「これと同じやつを作って欲しい」

「同じものを?」

「できないわけ?」

「これ、触っても?」


 少年の頷きを確かめてから、置かれた小瓶を取り上げる。

 雫型に緩やかに膨らみ、首の部分には絞りの加工があって、揃いのガラスの蓋には銀細工で細かな意匠が施されている。瓶の真ん中にはラベンダーの色彩鮮やかな絵があって、それは手書きの一点物のはずだった。


 上流階級では、昔から香水瓶に目を引くような意匠を施したり、宝石や金銀細工で装飾するものらしい。瓶そのものを工芸品や宝飾品として扱って、中身だけを調香師に頼んで詰め替えることが普通なのだ。


 蓋を抜く。中の液体が無くなってずいぶんと時間が経っているようで、蓋を抜いたときに鼻をくすぐるはずの浮き立つような香気は霞んでしまっている。

 それでもこの瓶に見合う上質な香料を使ったものを詰めていたのは間違いなく、蓋に鼻を寄せればその名残は申し分なく残っている。


 目を閉じれば、暗闇の中に香りが浮かんだ。

 世界を彩る香りは、それぞれが持つひとつのものが重なり合っている。調香師はその重なりを小瓶の中に落とし込むために、香りを重ねる技術を見つけ出したのだ。


 鼻を寄せてすぐ、空気がぱっと明るくなるような軽やかな香りがある。


 ひんやりとしているのに陽だまりのようにきらきらとしたベルガモットは、まるで晴れた朝をそのまま香りに移したみたいだった。その軽やかさを支えるのはネロリとラベンダーの甘くて優しい芳しさ。清々しい組み合わせだけれど、これだけでは香りは浮き足だって落ち着きがない。土台としてわずかに配合されている動物性の奥行きのある香りが芯となって全体をまとめている。


 懐かしさを感じて、心がほっと落ち着いて、知らず気持ちがほぐれている––––誰かに会いたくなる香り。


「”暁の花精ドーン・ネロリ”の香水。十年以上前からある定番の名香だから、わざわざ調合する必要もないと思うけど……これを買ったお店に行けば補充してくれるんじゃないかな?」

「……もう行った」


 蓋を閉じながら言うと、少年は不機嫌そうに唇を尖らせた。それから再び鞄に手を入れ、今度はむき身のままの小瓶を取り出してカウンターに置いた。


 緑ガラスの質素な小瓶は私にも馴染み深い。香水用の一般的なもので、補充するための香水を小分けにして売るときにも使われるものだ。


 男の子に断りを入れて蓋を抜く。鼻に届く香りに間違いはなく、今もなお貴婦人の定番の香りとして名高い”暁の花精”そのものだった。


「うん、この瓶に入っていた香水と同じだと思う」

「ちがうっ。あんたも適当なこと言うのかよ! あの店のやつらと一緒だ!」


 男の子の激した声に、思わずぽかんと見返してしまった。


「よく嗅いでよ! ちがうだろ! この匂いじゃない! 母さんはこんな匂いじゃなかったんだ!」

「……お母さんの香水なんだね。同じものをお母さんに贈ろうと思ったの?」


 男の子は両手を握りしめて腰の横で固めたまま、ぶんぶんとかぶりを振った。

 私はカウンターを出て、膝を折ってしゃがみ、少年と目線を近づけた。


「どうしてこの香水が違うと思うのか、教えてくれる?」

「あいつらは偽物の調香師なんだ! だって、本物の調香師ならどんな匂いでも作れるんだろ! 同じものを作ってくれよ!」


 私を睨むような瞳には涙が浮かんでいた。

 鳶色の瞳の奥に切望する感情の破片が見えた。胸がつかれるような気がして、私は思わず返事を返せない。


「なんとか言えよ! お前も偽物なのかよ!」




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