7.再びあのへなちょこが
「レン、一緒にケーキ食べに行かない?」
「ごめん、午前中は乗馬と、歴史と、剣技のレッスンがあるんだ」
「レーン、幽霊が出るって噂の森、探検しに行かない!?」
「ごめん、あとダンスと剣技の授業があって」
「そっか……」
毎日のように部屋を訪ねてくるセイラだったけれど、その誘いに乗るわけにはいかなかった。婚約者がいるからと授業を中止にするほど、僕の先生は甘くない。
「レン様、本日は一度もドアをノックする音が聞こえませんね。もしかして、捨てられたのではないでしょうか。あぁ、主人に仕える身として、お恥ずかしい限りです」
「その原因はジェームズたちだからね? 僕のせいみたいに言わないでよ」
「レン様、ここの計算間違っていますよ。あ、ここも。集中力が足りてないのでは?」
悲しそうに僕の羊皮紙を指さしてくる執事に、あきれて言葉を返す。
「だから、まだ途中だって。大体、集中力がないのは――」
「レン様!」
ものすごい音がして扉が開かれ、勢いよく長身の男性が駆け込んでくる。かけている眼鏡が今にも落ちそうだ。その人は一目散に僕を見つけるなり走ってきた。
「レレレレン様大変です!」
「そんなに急いでどうしたの、ガリバー」
僕はその様子をちらりと見て、再び計算の間違いを直し始める。ガリバーは、ずり落ちそうな眼鏡が特徴的なセイラの従者の一人だ。けれど、ちょっとお転婆なところがある。
「あぁレン様、どうすればいいんでしょうか、私が、お嬢様にクッキーを焼かされていた際に、」
「うん」
頷きながら、次の問題へ進む。これは分母を平方完成して、置換積分ができるから、えっと、
「丸焦げくまちゃんに気を取られているうちに、逃げだしたんです! こんな紙を置いて! 読み上げますよ、『町に行ってくる、探しに来たらお前の首をはねるよ、ガリバーはーとまーく』」
「……」
「レン様、お願いですセイラ様を助けに行ってください。お嬢様は大の方向音痴なんです!」
泣きついてくるガリバー。どうしてセイラがこの従者を雇ったのか、分かる気がする。
「では、他の従者さんにお願いしては? わざわざレン様にお願いする必要はないかと」
「それが、皆さんセイラ様に言われた任務があるんです! クッキーを焼くという!」
「……」
無表情で押し黙るジェームズ。その様子に少し胸の鬱憤が晴れる。基本完璧なこの執事が、やりこめられているところは珍しい。それを見た日なんて、きっと良い日に決まっている!
「わかった、探しに行ってくるよ!」
「レン様、いけませんまだレッスンが」
「もうそれ終わったから平気! じゃあね」
急いで部屋を飛び出す。最後に見たのは、目を輝かせてジェームズに迫るガリバーと、仏頂面な僕の執事だった。
*
「とはいったものの、どこにいるかな」
相変わらず閑散とした街並み。前よりさらに活気が失われた気がする。
「まず、食べ物のお店でも回ってみようかな」
そう呟いて、歩き出す。その時、悲鳴が聞こえた。甲高い、聞いたことがある声。その悲鳴に駆け出して、見覚えのある店の横を通る。
見たことのある二人組が見たことのある少女を囲んでいる。見たことないのは、その手前にいる青年だけだ。様子をうかがっていると、青年が一歩前に踏み出した。
「き、君たちっ!」
震える声を張り上げる青年。
「あぁん?」
振り返った男たちは、そのひ弱そうな体を見て視線を合わせる。
「どうしたんすか、おにーさん」
「俺たちに何か用?」
「やめるんだこんなこと! そ、その子は嫌がってるだろう!」
青年はこぶしを振り上げさらに一歩前に踏み出す。
「いやー何か勘違いをされてるのでは?」
「俺は、君達が少年に倒されているのを見た! そして少年に勇気をもらった! さ、さぁ、今すぐその子を」
言葉の続きを待たずに襲い掛かる赤髪の男。鋭い金属音が響いた。しりもちをついた青年は、驚いて目の前を見つめる。あの時の少年が、刀を受け止めていた。
「君は……!」
「お前、またあの時の!!」
ナイフを受け止めながら僕はその顔を睨みつける。
「よく懲りずにこんなことを! あの時、牢屋に放り込めばよかったよ!」
赤髪は後ろに下がり、僕を見て嬉しそうな顔をした。
「お前を待っていたぜ! 俺たちはあの時とは違うんだからな!」
そういうなり、いきなり切りかかってくる。
「速い!」
後ろで青年が声を上げる。確かに重いし、速い。応戦していると、金属音に混じって低い声がした。
「タッラモ・ヲラカチ・ニタカノア!」
白髪の前に掲げた手から、何かの頭が現れる。ノアくらいある、あれはたしか黒頭龍の頭だ。召喚魔法を使ったらしい。
「いけ、ブラックシュワルゴン!」
咆哮と共に、通路を満たした黒頭龍が迫ってくる。避けるようとすると、座り込んだ後ろの青年に気付いた。え、僕と戦っている人、先に死んじゃうよ?
「うわ、待つんだブラックシュワルゴン、レッドウルフは食べるな!」
ようやく気付いたように言う白髪。その時にはもう、遅かった。後ろを振り向いた赤髪は目前と迫る龍に白目をむいた。
空気が揺れて、目をつむっていた白髪は片目を開ける。自らの龍と、使役した自身の手まで凍っていた。空気を引き裂く音がして上を見ると、少年が刀を振り下ろそうとしていた。
「ぎぎぃゃああ!!」
叫んで動こうとするも、凍った手は動かない。足だけが無意味に地面を蹴る。鈍い音が響いて、地面が揺れた。
「手……あ……手が……」
「切ってないよ」
少年の声で再び目を開けると、手は残っていた。凍ったままの黒頭龍だけが、粉々に砕けていく。
「お仲間のレッドウルフさんは、立ったまま気絶しちゃったみたいだね。じゃあまた、牢獄で会おう、ホワイト……ウルフさん?」
「プッ」
噴き出す音がして、白髪の顔が真っ赤になった。
「ちが、俺はホワイトウルフでは」
ない、そう続けることはできなかった。手刀が入り、男の意識は消えていった。
その無様な姿を見て、僕は二人に手をかざす。そして、うちの地下の牢獄まで二人を転移させた。あとで門番に謝っておかないと。突然出てきたら驚くよね。
「れ、レン、ごめんなさい」
気づけばセイラが傍にいて、服の裾を引っ張ってきた。
「あの、あれ食べたかったのにお金なくって、そしたらこの人たちがお金くれるって言うから」
「セイラ、悪い人についてったら駄目だよ?」
「うん、ごめんなさい」
しょげているセイラは、いつもより素直で、なぜか心が跳ねた。こんな泣きそうな顔、しなくてもいいのに。
「す、すごかったです!」
ふいに、背後で声がした。青年が、興奮したように僕を見つめている。
「俺よりちっちゃいのに、あんな、見ましたか、あの間抜けな顔!」
青年は立ち上がって、お尻のほこりを払う。
「俺、前見た時にあなたに憧れて、自分もそうなりたいと思ったんです!……でも、駄目でした」
乾いた笑みを浮かべて、ほおをかく青年。そんなことない、声を掛けようとした時、僕のわきをすり抜けて、セイラがその手を掴んだ。
「そんなことないです! あなたが来てくれて安心したし、助けようとしてくれて嬉しかったです。ありがとう、ございました」
青年はその手を見て、それからセイラを見つめる。その目から、涙が零れ落ちた。
「っ、ぐっ」
「え? いや、あの、泣かないでください……」
おろおろと戸惑ったようにセイラは僕を振り返る。青年は涙をぬぐって、僕の方に駆け寄ってきた。
「俺、決めました。あなたみたいな、正義のヒーローになります!」
「え、僕ですか?」
「そうです、だから名前……教えてくれませんか? 憧れにしたいんです。あ、俺はダイアって言います!」
輝く瞳で見つめられて、困ってしまう。セイラといい、僕はこの瞳に弱い。
「レンです」
「”レン”ですか。王子様と同じ名前なんですね!」
アハハと笑って、ふと気が付いたようにつぶやく青年。その目がだんだんと開かれていく。
「あれ、たしかレン様って、十」
「会えてよかったです、ダイア! また!」
「助けてくれて、ありがとうございました!」
ダイアに笑いかけ、急いで走り出した。セイラも後ろに手を振り、駆け出す。
一緒に走っていると、自然と笑みがあふれ出してくる。セイラもこらえきれず、鈴が鳴るような声で笑い始めた。僕たちの後ろからは、夕日が温かく照らしていた。
*
セイラを部屋まで送り、自室へ帰ろうと踵を返す。後ろからはガリバーの泣きつく声が聞こえてきて、ほおが緩む。セイラって面白いからオリバーを従者に選んでるよ、絶対。
階段を下りて廊下を進むと、向かい側からやってくる大きな巨体が見えた。ちょうど豚とゴブリンを掛け合わせたような……ちがう、ノアだ。僕に気付くなりノアは大股でこっちに歩いてくる。その拍子にお腹の肉が勢いよく演奏を始めた。
「おいレン、お前、セイラちゃんを襲撃者から守ったんだってな」
僕の目の前で止まった後も、その肉は演奏の余韻で震えていた。
「うん、そうだよ」
「あーあ、そんなに弱っちいならもっと高いのにしとけばよかったな」
そう言って残念そうにする姿を見て、表情が固まる。
「……どういう意味、ノア? ノアがセイラを誘拐するように仕向けたの?」
あの人たち……前に闘った時より数段、強くなっていた。そもそもあの剣技も、黒頭龍だって自己流で出来る技じゃない。例えば、誰かに雇われて教わったとか。
「なんで俺がお前の婚約者を襲わせるんだよ、レン」
薄ら笑いと共に答えるノア。嘘をついているのか、余裕ぶっているだけなのか。
「ノア、別にお前が何をしようと関係ないよ。けど、セイラに手を出したら――許さない」
静かにそう言うと、ノアはひるんだ様子でこちらを見つめてきた。けれど、その顔も次第にいつもの表情に戻る。いや、ちょっと違う、なにかが混じった……
「はっ、かわいそうなやつだなレン」
「何が?」
意図が分からなくて、その顔を睨む。
「セイラちゃんのこと、信じて疑わないんだから」
「……え? どういうこと?」
「さぁね」
ノアは歩き出してしまう。捨て台詞を吐きながら。
「気をつけろよ。自分が食われないように、な?」




