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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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50/50

50.君を助ける次への冒険!

 音のない世界で、荒い呼吸を繰り返す人物。手に握られた短剣から血がしたたり落ちる。目の前で倒れる最愛の人。その顔は苦痛に歪んでいた。


「あぁ!」

 思わず声が漏れ出る。おかしい、そう思っているのに止まらなかった。脳のどこかで声にならない音がする。その音は、段々と大きくなっていく。


「ミュリエルを、僕の手で!」

 倒れた彼女を中心に、血だまりが出来上がっていく。駆けつけた仲間は必死に治療をするが、もう間に合わない。


「殺し、」

 殺した。その言葉が何故か言えなかった。


「彼女を、僕の手で……」

 ころ、した?


 呼吸がどんどん荒くなっていく。頭の中の雑音が大きくなる。下を向いて、自分の手を見つめた。ナイフが震えるたび、血が流れ落ちる。


「ミュリ……エル?」

 目の前に倒れているのは、僕の()()の女性だ。彼女から流れ出ているのは、赤い……あれはなんだ? 頭の中で大きくなる雑音を振り払って、ひざまずく。違う、これは違う。その液体をさわる。まだほのかにあたたかい。


「血……」

 両手についた、赤い液体を眺める。その手が、小刻みに震えていた。


 雑音が、頭の中を鳴らす。


『あの女を、殺しなさい』


 母上の声が、頭の中で響いた。それと同時に、世界に音が戻ってくる。


 僕が、ミュリエルを、殺した。


 殺した。


「う、えっ……おぇっ」

 酸っぱい吐き気と共に、逆流する物体。至る所から液体があふれ出る。涙が止まらない。涙にかすんだ目で彼女を見る。


動かない体。その横の剣が目に入った。震える手で、その剣を握る。そしてそれを一気に首へと刺そうとした。


その時だった。


「ねぇ!?」

 誰かの声と共に、ナイフが止まった。誰かの手が、ナイフを握りしめている。その手から流れ出る血が、太ももへと流れた。


「うわああぁ!」

 叫び声をあげてその手を振り払おうとするけれど、まるで動かなかった。冷たい液体がさらに流れ落ちる。また叫び声をあげようとした時、右ほおに鋭い衝撃が走った。


「う、ぁ」

「いったん落ち着け、ネフト! どういうことか説明しろ!」


 セイが男の頬を思いっきりぶっ叩いた。ナイフを持つ手が緩み、瞬きが繰り返される。ようやく、目の焦点が合った。


「ほうせき、しょう……レン、おうじ……?」

 その間抜けな顔に、思わず蹴りを入れたくなる。それを我慢して、僕は声を押し殺す。


「どうしてミュリエルを刺したんだ!?」

 その声に、はっとした表情をするネフト。その目から流れ出る涙と鼻水。次の瞬間、ネフトは地面に突っ伏して泣いていた。何度も地面に振り下ろされる拳には、血がにじんでいる。


「違うんだ! 俺じゃない! 俺がミュリエルを殺すわけがないだろっ!」


 その魂からの叫びに、セイと顔を見合わせる。この人のミュリエルへの愛を知っている僕らは、ネフトの行動の理由が分からない。けれど、ミュリエルを刺したのは間違いなくこいつだ。


「じゃあ誰がやったんだよ?」

「俺じゃない……いや俺だけど、俺じゃなんだ……」

 理不尽な怒りを晴らすかのように地面をたたき続ける手。


「どういうこと?」

「俺は、操られていたんだ」

 その言葉に、はっと体を固くする。その人が、ネフトを操り、ミュリエルを殺そうと仕向けたなら……


「誰に?」

「俺の――母上だ。現ルミナス王国の王妃だよ」

 その声に、ふらりと立ち上がるアドル。その目は、深淵を思わせるほど黒く、濁っていた。


「あの女は、先生だけでなく、姉さんまでも、殺したって言うの……?」

 ゆらりと、揺れるアドル。


「まだ死んでいない!」

 ノアが怒鳴る声がして、その声にアドルが肩を揺らす。


「回復呪文が効かないなら、この出血じゃ、もう……」

「諦めるな! お前の姉はまだ生きようとしているだろ!」

 カイのその声に、ミュリエルの手が動いた。


「……アドル」

微かに声が聞こえた。


「姉さんっ!?」

 アドルがその手を握り締める。僕も傍らで、ミュリエルを見つめる。


「アドル……もう、人は、殺しちゃ駄目。あなたはこれから、新しいアドルになるの」

 その声に、叫ぶアドル。


「そんな無理だよ姉さん! あの女だけは……あいつだけは許せない!」

 その様子を見て弱々しく笑うミュリエル。


「平気よ。大丈夫、私がやるから」

 その言葉に、アドルの瞳が開かれる。


「でも、姉さんは、もう、」

「あの女を殺すまで……私は生き続けるわ。それまで……いい子で待っていてね?」

 その声に、目をつぶるアドル。一瞬の葛藤の末、大きく叫んだ。


「分かった、殺さない!まったく、姉さんには、かなわないよ」

「ありがとう」


 そして今度は、ノアの方に向き直る。その耳へ、何かを囁くミュリエル。青い瞳が、苦しそうにゆがむ。


「――それは」

「お願い、ノア……」

 ミュリエルの目を見つめるノア。


「分かった」

 小さく返事をして立ち上がる。


「お前たち黙って、ここから離れてくれ。時間がない。これが彼女の最後の望みだ」

「ありが、とう……」


 その声に、僕とセイはアドルの左右の腕をつかむ。

「いやだ、嫌だよ姉さん!」


 泣き叫ぶ声を聞きながら、もう涙が止まらなかった。少し離れた場所で、三人で泣き続ける。


 その時、轟音がして、地中から大きな建物が現れ始めた。ミュリエルを抱きかかえたノアは、金色に輝くその中へ入っていく。数分後に出てきたノアは、一人だった。ノアが出ると同時に、その建物はまた、地中に戻っていく。


「……アドル」

 いつの間にか僕らの目の前にいるノアは、何かを掲げて見せた。その手には銀色の鍵が握られている。


「詳しくは言えないが、彼女を今、天使の宮殿(エンジェル・ホテル)に泊めてきた。()()部屋では、現実世界での一か月が、一秒という時間換算になる」

 その話に、声を上げるアドル。


「そしたら……姉さんを治せる人を連れてそこに行けば、姉さんは助かるかもってこと?」

「……あぁ」

 顔をほころばすアドルに、突き刺すような言葉。


「ただ、問題は清算だ」

「清算?」

「そのホテルに支払うものは……金じゃない。何かだ」


 息をのむアドル。だから、ノアはミュリエルの話を聞いた時、戸惑っていたのか。


「時には思い出や記憶が請求される。会計はランダムに、エンジェル・ホテルはそういう場所だ」

 その話に、アドルどころか僕も息をのむ。ミュリエルはそんな恐ろしいところに――


「そんなところに……姉を迎えに行けるか? アドル」

 その言葉と共に、全身から殺気があふれ出し、息をのむアドル。彼の戸惑いが伝わってきた。そんな恐ろしい所に行くなんて。

 それに、何もできないのは――嫌だ。

 

 気づいたら、声が出ていた。


「それ、僕も行ったら駄目なの?」

「それ、俺も行ったら駄目なのか?」

 セイと声が被って、お互いに顔を見合わせる。すうっと、アドルが息を吸う音がした。


「……行きます。姉さんは死なせない。必ず助け出してみせる !」

 その大声に頭の奥で耳鳴りがする。ノアの全身から漂っていた殺気が消えた。


「なら、強くなれ。この世界最強になるくらい強くなるしか、道はない」

「はい!」

 その力強い返事に顔を緩めるノア。


「アドルにはこれから俺の元で働いてもらう」

「え? は、はい!」

「俺を倒せるようになってもらわないと困るぞ」

「はい!」

 勢い良く返事をしたアドルが、戸惑ったように口を開う。


「でも……じゃあ治癒士は――どうするんですか?」

「それならここにいるだろう」

 ここ、と首を傾げて辺りを見渡すアドル。僕とセイと、目が合った。


「まさか」

「あぁ、二人に探して貰おう。なにせ、ミュリエルを助けたくて仕方がないみたいだからな。もちろん、無理にとは言わんが」

「もちろんやるよ!」

「任せろ!」

 その声を聴いて、安心したように微笑むノア。


「お前達には、世界中を旅してもらおう。この世界のどこかにいると言われている、()()()()()を探してな」

「伝説の……」

「聖女!?」

 その声にノアが、にやりと微笑んだ。



 *

「はっくしょおん!」

 その瞬間、首に激痛が走る。その尋常でない痛みに、階段を下りていた足がもつれ、一気に放りだされた。


「赤沼さん!?」

 イケメンと噂の後輩の驚いた声が聞こえる。差し出された手を掴むことも出来ず、そのまま宙に放り込まれた。それと同時に空気を切る風の音。あ、死ぬわこれ。そう確信した赤沼夢子は、大声で叫んでいた。


「来世は超絶かわいい美少女にしてくださーーい!!」

 終わった。すべてが終わった。そんな時だった。


向かいの窓ガラスから凄い音と共に飛行機が突っ込んできた。後輩はその勢いで吹っ飛ばされる。驚いた顔さえ素晴らしい。階段から落ちるより先に、なぜか白い物体が目の前に現れた──



「うわあっ!」

 反射的に声が出た。もしかして――生きてる?

 それにしても周りがやけに騒がしい。


 『飛行機がぶつかっても死ななかった奇跡の女!?』

 そんな見出しを狙った記者でも集まっているんですかね。そう思い顔を上げると、そこは病院のベットではなかった。ついでに、日本でもなかった。


「は?」

 呆然とした自分の声が聞こえる。その可愛さは、目に入れても痛くないってやつでって、いや、ここどこ?


「じょ、だ」

 目の前の王冠を被り、赤いマントを羽織った王様が言った。


「聖女様だ!」

 その声にものすごい歓声が上がる。そのうるささに耳をふさぎながらも、目の前の顏から目が離せなかった。


 大きな瞳に、荒い鼻息。

 歯並びの良い口元から、尖った犬歯が覗いている。


「え?」

 大きな耳は、すこし垂れていて、身長は私と同じくらい。分かっている、これはアレだ。異世界転生?とやらだ。けれど、これは……あまりにも、違う……


「せめて……せめて人間の国に転生させて下さーーいっ!」

 可憐な叫び声が、だだっ広い広場にこだました。




 私、大沼夢子二十六歳。たぶん最強美少女に転生しましたが――どうやらここは犬の世界のようです。

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