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5.お化けは苦手です

 僕とセイラは今、地下の禁忌の回廊に立っている。隙間風が通り抜け、背筋に寒気が走った。どうして、こんなことになったんだろう。



 *

 すべての始まりは、数時間前のセイラの一言だった。


「ねえ、“秘密の場所”って、ないの?」

「秘密にされている場所?」


 首をかしげる僕に、セイラはにやりと笑う。


「うん、入っちゃいけない部屋とか。そういう所に、大きな秘密が眠っているんだよ!」

「うーん、地下の回廊、とかかな」

 記憶をたどりながらそう答えると、彼女の瞳はぱっと輝く。


「それ、すごく面白そう! 今夜、行こうよ!」

「え、今夜?」

「禁忌ってことは、隠された何かがあるってことだよ? 秘密、暴きたくないの?」


 セイラの勢いに押されながらも、僕にも少しだけ、好奇心が芽生えていた。それを察したのか、セイラは勢いよく立ち上がる。


「じゃあ、今夜九時にそこに集合! バレないようにね、じゃあまたね!」

「え? ちょ、セイラ!」

 僕の声も聞かず、彼女は軽やかに駆けていってしまった。残された僕は呆然とした頭で考える。本当に行くの?  あの地下に?


 でも――セイラが一緒なら、行けるかもしれない。



 *

 いやそんなわけがないし、怖いものは怖いし、セイラがいても怖さは変わらない! 

 というわけで、僕たちは今、地下の禁忌の回廊を進んでいる。僕は恐怖で足がすくみそうなのに、セイラはどこか楽しげだ。


「夜の冒険って、ワクワクするよね。ほら、早く!」

「セイラ、ちょっと静かに……ここ、本当は立ち入り禁止だから……」

「はいはい。じゃあ、ここからは無言モードで」


 そう言って、セイラは唇に指を当てて“しーっ”と合図する。


 ……余計に怖いんだけど。


 置いていかれそうになり、慌てて彼女のあとを追う。そのとき、なぜか廊下の壁に飾られた一枚の古びた肖像画が目に留まった。その青年は、どこかカイに似ていた。


「……」


 シミだらけの壁、蜘蛛の巣。破れかけた額縁に残るその姿は、忘れ去られた記憶のようだった。なにかが心に引っかかる。けれど足を止めるわけにはいかず、僕は再びセイラのあとを追った。


 すると――

「レン、見て」


 少し先でセイラが立ち止まり、小さな声で僕を呼んだ。彼女の視線の先には、これまで見てきたどの扉よりも重厚で、大きな扉が静かに佇んでいた。灰色の石で組まれたアーチの下、古びた木の扉には奇妙な紋章が刻まれている。まるで、封印のように。


「……この奥、絶対に何かあるよ」

 セイラのつぶやきに、僕の心臓がドクンと跳ねた。


『楽しみ、だね』

 彼女は口パクでそう言って、にっこり笑う。


 僕も仕方なく、口パクで返す。

『うん、怖い……』


 それでも、扉の前に立つと、なぜか少しだけ胸が高鳴る。そっと手をかけて押してみるけれど、びくともしない。


 本当に開くのかと疑い始めたそのとき、セイラが肩を軽く叩いてきた。 チェンジのジェスチャー。

 まさか、セイラが開けるの?


 男として少しだけ複雑な気持ちになった瞬間――

 ガチャリ。


「えっ?」

 扉が、雲のようにふわりと、あっさり開いた。セイラが驚いた顔で僕を振り返り、そして何かに気づいたように、はっと目を見開いた。


 な、なに? 何があったの?


 僕は慌てて、彼女の背中越しに、部屋の中を覗き込んだ。


 ツンと鼻を突く空気。カビと鉄が混ざったような、重く湿った匂いが漂っていた。両脇にがらんとした本棚、中央にぽつんと机が一つ。思っていたよりずっと簡素だ。けれど、それ以上に気になるものがあった。


「……これ、血?」

 セイラが眉をしかめてつぶやく。壁には赤黒く滲んだ文字が、残されていた。


 “まさか、他にもいたとは……”

 “偽りの顔、満月の光が打ち砕く……”


 それを見て、一瞬だけ彼女の表情が曇ったように見えた。単純に気味が悪いのか、それとも――


「とりあえず、何か手がかりを探そう」

 僕が声をかけると、セイラは小さくうなずき、右側の本棚を漁り始めた。部屋の中には少しの本と、埃しかない。どこか違う言語の様で、本の題名も読めなかった。


 しばらく探していると、ふいにセイラが声を上げた。

「ねえ、これ……」


 黄ばんだ何かを差し出してくる。手に取る際に触れた彼女の指先は、冷たかった。渡されたものを見ると、何か文字が書かれている。


 “мелек・オルフェリア・шейт様へ”


「オルフェリア?」

 オルフェオ王国の王族には、みな”オルフェリア”という名がつく。けれどそれ以外の文字は、かすれていて読めなかった。中には黄ばんだ一枚の便箋。それを開いて、声に出して読み始める。


「誠に聡明な見解でございます。そして、もしその仮説が正しければ、()()()にも説明がつきます? ですが、もしかしたら次はあなた様を狙ってくるのかもしれません。わたくしは証拠を求めてルミナスへ向かいます。くれぐれも、お気をつけて」


 署名は滲んでいて、判読できなかった。


「これ、手紙かな?」

 セイラが首をかしげる。誰宛の手紙かは分からない。けれどこの王国で、何か得体のしれない者がうごめいている、そんな気がしてやまなかった。


「ともかく、今日はこの手紙が一番の収穫だね」

 セイラの声が、静かに耳を抜けていった。



 *

 帰り道、セイラが静かにつぶやく。


「そういえば、あの手紙、確かルミナスに行くって書いてあったね」

「うん、北の王国だよね」

 北の、ルミナス王国……


「ねえ、止まって」

 突然、セイラが僕の手を引いて、低い声で言った。


「なに? ま、まさか、お化け?」

「違う。あそこ、灯りがついてる。誰か喋ってるみたい」


 指さす先には、使われていないはずの古い物置。そこから、かすかな声が漏れていた。僕たちは目で合図をかわし、そっと物置の前へ近づく。中から聞こえてきたのは、男の声だった。


「……陛下と王妃……」

「……満月の夜……」

「……計画……」

「しっ、声を抑えろ!」

「すまん……」


 それきり、会話は途切れた。

 僕とセイラは顔を見合わせ、静かにその場を離れた。



 *

 その夜、ベッドに横たわりながら、僕は考えていた。父上は、交流会ではありえないくらい優しかった。ノアは、なぜあんなに太っていて、自信があるのか分からない。セイラも、多分、何かを……隠している。そして、カイにも交流会から会えていない。


 次の演奏の準備で忙しいらしいけれど―― あれ以降、何かが噛み合っていない気がする。


 ただ一つ確かなのは、この王国の中で、何かが確実に動いている。

 そして僕は、もうその渦の中にいる。

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