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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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49/50

49.悲しい過去はぶっ飛ばせ

 小さい頃の記憶――

 目を覚ますと、口には布が巻かれていた。目の前の母さんは泣いていた。男達がその周りを取り巻いていて、良く見えない。やがて男たちがこちらを指して、笑い声をあげる。


 それからのことは思い出したくもない。とにかく、できることなら舌を噛んで死にたかった。涙目で見た最後の母さんの脚は、変な方向に曲がっていた。


 それから馬車で移動する日が続く。毎晩毎晩、狂ったように俺を犯す化け物たち。けれどもう、何も感じなくなっていた。ただ、姉さんが無事でいれば。


 そして、ついにその日が来た。奴らは金銀財宝を貰う。けれど、そんなことはどうでもいい。姉さんは、生きていた。最後に見た時と変わらず、お姫様のような服を着て、幸せそうに微笑んでいる。俺はその後、森に捨てられた。


 それから、何とかして生き延びようとした。俺は死ぬのが怖かった。死んだらもう二度と、姉さんに会えないから。死を覚悟した時、誰かが俺を助けてくれた。魔法使いだった。


 その人は、一緒に暮らそうと言ってくれた。最初は疑って、傷つけたけれど、その優しさに俺は救われた。その人は色々なことを教えてくれた。字の書き方、本の読み方、動物の殺し方。そして――強くなる方法を教えてくれた。


 その人と一つだけ約束した。森から出るな、と。俺は頷いた。生きることがだんだん楽しくなっていったから。


 そんな毎日を送っていたけれど、俺は姉さんに会いたくなってしまった。だからある日森を出て、姉さんに会いに行った。姉さんの表情は消えていた。ただ、無表情だった。

 その人には気づかれなかった。ただ道に迷ったというと、笑って、頭をなでてくれた。


 それからすぐだった。ある日、キノコ狩りで数を競っていると、突然その人が俺に覆い被さってきた。その後の激しい音で、すぐに異変に気づいた。その人は、俺を庇って死んだ。そして最後に、呪いをかけた。

 『誰かを愛し、愛せるようになることを――』その言葉と共に俺の首には呪印が浮かび上がった。


 その人は、宮廷魔術師で俺の暗殺者だった。けれど、俺を育ててくれた。でも最後に、俺を殺そうとした。けれど、俺にとって大切なのは変わらなかった。残された本を読み、知識を吸収した。そして――この世界を変えることを決意した。


 俺は愛を与えられ、その度に奪われる。胸が張り裂ける、などという言葉では足りないのだ。泣き叫ぶどころではないのだ。ただ、絶望の淵に立たされ、暗闇で必死にもがく。


こんな苦しい思いは、もう、誰にもして欲しくない。


 そして、姉さんに会いに行った。姉さんは、記憶喪失になっていたらしい。けれど、俺を見て全てを思い出してくれた。辛い記憶を呼び起こされてなお、前を向き続ける姉さんに、自分の計画を話さないわけにはいかなかった。

 姉さんは僕の計画を、肯定も否定もしなかった。ただ一言、『やろう』と言ってくれた。それだけで十分だった。


 手始めに僕らは、復讐を始めた。


 オルフェオの王族に呪いを掛けるのは容易ではなかった。母さんを助けてくれなかったオルフェオには、資金を調達してもらうことにした。レンとカイは、幼かったから。それは建前で、出来るなら……


 セルラルドの王族に、恨みはなかった。ただその頃、第二王子の方が優秀だという噂が流れていた。姉さんからの助言で、性転換の呪いをかけた。無駄な争いで、傷を負ってほしくなかった。


 ルミナス王族には、恨みしかなかった。けれど姉さんは呪いではなく、実力で支配することを望んだ。ルミナス王国第一王女として生きていく道を決めた。


 あとは混乱した政治で溜まった民衆の不満のエネルギーを限界まで収縮して、ブラックホールを作り出す、俺の仕事だけになった。


 姉さんが陰で動いていたのは知っていた。でも、その目を見ていればわかる。彼女は僕を裏切れない。


 だから、本当に偶然だった。あの日、あの場所でレンに会ったのは。

 本当にただの興味本位で近づいた。久しぶりに会ったレンは何も変わっていなかった。正体がばれるのを危惧しながらも、見捨てたら寝覚めが悪そうだったので助けてやった。


『オルフェオの平和を願うよ』

 笑顔でそういうレンに、なぜか親近感がわいていた。俺は、なぜか彼を自分と重ねていた。だから腹が立った。彼の周りには絶えず人がいた。でも、それは関係ない。僕のそばに、姉さんだけいてくれれば。


『ごめんね、アドル』

 どうして。どうして。約束したよね、一緒に、平和な世界を作ろうって。

 伸ばした手は宙をかいた。振り返らずに、姉さんは駆けていく、レンの方へと。どうしてみんなレンのもとへ行くの。


『許せないヨナ。皆モ同じ目にシテヤロウ』

 どんどん大きくなるもやもや。その言葉に、一筋の涙が零れた。



 *

 目を覚ますと、薄暗い部屋の中にいた。重い頭を起こして、廊下に出る。奥に人影が見えた。


「アドル……?」

 呼びかけると、振り向く人影。


「お姉ちゃん、助けて……」

 血だらけで、足を引きずっている弟が、必死に助けを求めてくる。手を伸ばしてくる。


 その方向にゆっくりと歩いていく。だんだんと、安心した顔に代わる弟。その口が嬉しそうに開く。


「おねえ」

 ちゃん、と言うことは出来なかった。その胸には、ナイフが刺さっていた。アドルはそれを見て、悲しそうな顔を浮かべる。その顔は溶け出し、その体は液体のように黒い水へと変わっていく。


『ナゼ……ワカッタ……』

 その問いかけに、首をかしげるミュリエル。


「アドルはそんなに、やわな人間じゃないもの」

 どこかで、鏡の一部が割れたような、軽快な音がした。



 *

「でさ、その顔がもう鬼のように怖くて!」

「あはは、セイラって本当に面白い」

 笑っていたレンが突然足を止める。ついて来ない足音に、振り返った。


「どうした?」

 太陽のまぶしさで、レンの顔は良く見えない。


「僕セイラのこと好きだよ」

 その声に跳ね上がった心臓を、落ち着けるように言葉を紡ぎだす。


「やだなー、愛の告白? 照れるぜ」

「だから」

 はっきりとした口調。


「セイのことは嫌いだよ。僕が好きなのはセイラだから、ずっと女のままでいればいいのに」

 俺の好きな、天使のような笑み。その口から紡ぎだされた言葉に、一瞬にして心は冷え切った。


「なぁ、知ってるか?」

 すっと距離を詰めて、その手に指を絡める。赤く、驚いた顔をするレン。その顔に微笑みながら、耳元にささやきかける。


「俺も、オマエのこと嫌い」

 破裂音がして、頭がどろどろと溶けだす。セイは指にまとわりついた液体をとろうと、手を振る。


『ナゼ、ワカッタ……』

 その声に、唇を尖らすセイ。


「お前のこと嫌いだから、かな?」

 シャボン玉が、はじけるような音がした。



 *

 目を覚ますと、明るい森の中で、家族が団欒を繰り広げていた。父上のおどけた表情に、母上が笑う。カイは母上の膝ですやすやと寝ていた。蝶々を追いかけていたレンがこちらに気付いて、手を振る。その声に気付いたみんなが、俺を手招きしてきた。


「ノア! 一緒に遊ぼう!」

 なんて幸せな夢なのだろうか。


 自分の手を見つめる。そして、その手を強く握った。液体が飛び散る音がして、幸せな森が黒い液体に飲み込まれていく。


『ナゼ、ワカッタ』

 その問いに応えず、ノアは虚空を睨んだ。ある一点だけを、じっと見つめる。やがて黒い液体が震えだし、地震のように揺れだす。


「出せ」

 その声で、黒波が一気にノアへと押し寄せる。



 *

 目を開けたそこは、王国の厨房だった。目の前には美味しそうなカップケーキがおいてある。


 二個目のケーキに手を出しているとき、扉が開いてメイドさんがやってきた。慌てて戸棚の影に隠れる。


「ねぇねぇ聞いた? カイ様、また演奏会で優勝したんですって」

「えぇ、聞いたわ! ノア様も、魔獣大会で一位を獲得したとか」

「凄いわねぇ。第一王子も第二王子も優秀で、この国は安泰だわ」

「それに比べて――」


 その声に、ドキリと心臓が跳ねた。おそるおそる、戸棚から顔をのぞかせようとした時。


「レン? 何してるの?」

 後ろから声を掛けられて、思わず手に持っていたカップケーキを放り出してしまう。綺麗に放射物を描いて、それはカイの手に収まった。その声に気付いたメイドたちが、一斉に動き出す。


「も、申し訳ありません、つい長話を」

「えぇ、わたくし達はこれで失礼しますわ」

 そそくさと立ち去っていくメイドたち。


「大丈夫? 立てる?」

 その手を取ろうと手を伸ばしかけて、途中でそれを止めた。何かが違う。目の前で笑みを浮かべているのはカイだけど――カイじゃない。


「ん?」

 手を掴もうとしてくるカイから、一歩遠ざかる。


「……誰?」

 微笑みを浮かべていたその姿が溶け始める。いつの間にか明るい厨房は暗い闇へと変わっていた。


『ナゼワカッタ?』

「お前はカイじゃないから」

 その黒い液体をにらみ付けると、おかしそうに揺れる液体。


『ワカッタヨ』

 そういうなり、その液体が襲い掛かってきた。



 *

『ココは、アドルの精神世界の中だ』

 ふわふわと漂う光を追いかけながら、口を開く。


「あなたは誰? どこへ向かってるの?」

『私はしがない魔術師さ。今は坊やのもとへ向かっているよ』

 光は点滅を繰り返す。目を覚ますと、この光が傍にいた。


「なにが目的なの?」

『アドルを助けてもらうためさ。私はあの子の師匠なんでね』

 光の言うことが本当かは分からない。けれどこの暗闇の中で、その光を追いかける以外の方法はなかった。


「今……アドルはどうなっているの?」

 アドルをつつみこんだ黒い靄……あれは、彼を襲っているようにも見えた。


『眠っているさ、この世界の終着点に近づきながらね』

 その皮肉めいた言い方に、頭をまわす。世界の終着点……


「アドルを起こせばいいの?」

『あぁ。その後、私を殺せばいい』

 その言葉と共に、ゆっくりと上下する光。


「あなたを、殺す?」

『あぁ、それで坊やが目覚めるからさ。お前さんたちも現実世界へ戻れる』

 その声と共に、遠くに一筋の光が見える。


『あそこだよ』

 近づくと、そこにいるみんながこちらを向いた。アドルは横になっていて、周りを光が包んでいる。僕を案内してくれた光も、その中へと消えていった。


「レン、お前、無事でよかった!」

 セイが思いっきり背中を叩いてくる。顔をしかめながらも、ほっとしていた。


「ごめん遅くなって。これ……どういう状況?」

「それがさ、ずっとこの調子でさ」

 ミュリエルを指さすセイ。慌てて彼女が声を上げる。


「ち、違うわ! 私はレンが来るのを待っていたのよ」

「はぁ? ずっとここでうろちょろしていたの誰だよ」

「してない!」

 喧嘩をし始めるセイとミュリエル。光の、魔術師の声が聞こえる。


『アドルを目覚めさせるのはこの方法が一番安全だ。急な衝撃をくらうと、そのまま目を覚まさない可能性もあるからね』

「その方法って?」

 首をかしげる僕に、ノアが横から口を出す。


「キスだ」

「キス!?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。キスってあの? なんでキスする必要があるの!? まぁたしかに優しくて刺激が少なそうではあるけど、なんかほかにもっとないの?


 混乱する僕の横を通り抜け、ノアがアドルの横に立つ。腰をかがめ、その顔はアドルの唇へと近づいていき…… 


「ちょっとあんた何どさくさに紛れてキスしようとしてんのよ!」

「うっ」

 ノアの腹に綺麗なパンチが決まり、ノアは吹っ飛ばされた。二十メートルくらい。

 

 一瞬の沈黙が落ちる。


「私がやるわよ! アドルは弟なんだから!」

 髪を耳にかけアドルに覆いかぶさるように足と手をつくミュリエル。横からセイが茶々を入れる。


「とかいって本当はキスとかしたことないんじゃないですかー?」

 今度は横腹に蹴りを入れられたセイが三十メートルくらい吹っ飛んだ。


「あの……ミュリエルサン?」

「私は出来るできるできるアドルは弟よ、そう弟弟弟弟」

 僕の声は無視される。完全に自分の世界に入り込んでいるミュリエル。


「そう、私は、誰? 答えはミュリエル! 私はできる女よっ!」

 ミュリエルの閉じた瞳が、段々とアドルの顔へと近づいていく。その口からは、念仏の様に弟と唱える声がした。静まり返った空間に、ミュリエルの心臓を叩く音だけが聞こえる。



 ミュリエルの心臓を叩く音が聞こえる?


 その唇が触れ合う寸前、ミュリエルはカッと目を開いた。


「無理無理弟にこんなことできないっ!」

 そのままそして勢いのままアドルのお腹にミュリエルの肘が綺麗に決まった。轟音が響く。


『あっ、衝撃は……』


 光が焦ったように点滅を繰り返すけれど、もうアドルの腹にクリーンヒットした衝撃は戻らなかった。


 辺りに沈黙が訪れる。


 ミュリエルは口をぽかんと開けて、ただ弟の顔を見下ろしていた。僕はその顔を、さらに唖然として見つめる。


 死んだ……


「うっ」

 その時アドルの顔がゆがみ、口から何かが飛び出してきた。黒く丸いその塊はころころと転がり、僕の足元にたどり着いた。


「アドルっ!!」

 目を輝かせてミュリエルがアドルに抱き着いた。アドルは呆然としている。


『レンさん』

 光が呼びかける声がして、そのもとへと歩み寄る。


『それは、アドルに渡しておいてください。私の役目はこれで終わりです』

 さぁ、と光が点滅する。腕を広げるように、左右に光が散らばった。


『私を消してください。ちなみに、君以外に、この姿は見えていません』

 その言葉に驚いて周りを見ると、確かに誰も光には気づいていないようだった。アドルの周りで、安心したように言葉を交わしている。


「あなたを殺せば……僕達は戻れるの?」

『えぇ』

 僕は手を前に突き出した。確証はないけど、この光を触れば消える。そんな自信があった。


「じゃあ……さようなら。よく分からなかったけど……ありがとう」

 その声に、光が点滅する。伸ばした手が、その光に触れる寸前だった。


「待って!」

 アドルの叫ぶ声がして、手が止まった。


「そこにいるんだよね……先生」

 アドルがこちらに駆け寄ってきた。僕の横で、同じように、光が見えているかのように。


『何故ですか……最高強度の隠密結界を張ってあるはずです』

 ふわりと周りの空気が揺れて、セイが声を上げる。みんなにも見えるようになったみたいだ。アドルは必死にその光に手を伸ばす。


「先生、行かないでください! あの日から僕は――。一緒に連れて行ってください!」

『アドル、お前を連れては逝けない』

 冷たくも、やさしい声。


『何故ならお前にはもう、仲間がいるからだ』

「仲間? そんなもの、僕にはいません!」

『じゃあ今お前の周りにいる人たちは、誰なんだい?』

 その言葉に、アドルは身を震わせた。


「アドルは愛する弟ですから」

 ミュリエルが微笑む。


「レンが悲しむのを見たくないから」

「おいっ!」

「それに……沈んだままのお前を、見過ごすわけにはいかないからな」

 ノアが無表情で言う。


「俺は別に、お前なんて大っ嫌いだぞ! ナルシストだもん」

 でも、と続けるセイ。

「俺の呪いを解けるのはお前だけだし?」

 そっぽを向きながらも、その言葉を吐き出すセイ。


 アドルの視線が、僕に移った。不安そうな表情が浮かんでいる。

「僕は、決まってるよ。君を助けて欲しいって頼まれたのもあるけど……」

 ミュリエルをチラリとみる。


「アドルが僕と友達になったあの日から、僕は君の友達だから。友達──だから!」

 笑いかけると、アドルはそっぽを向いてしまう。その耳は赤い。


『ほら、お前は一人じゃないよ、アドル』

 そして僕の手から浮かび上がる黒い球。


『これは形見だ……私はお前に呪いをかけた。誰かがお前を愛し、その愛を知る時、私の全ての魔力がお前に受け継ぐ呪いを』

「そんな、じゃあ、先生……」

『受け取ってくれるか? これは卒業祝いでもある。お前はもう、立派な魔術師だ』

「……はい」


 涙をこらえながら、その球を受け取るアドル。

 光は、アドルを抱きしめるようにその周りを包み込む。その体に触れたところから、消えていく光。


『この先何があっても、私はお前の味方だ』

「先生……愛しています!」

 その言葉で、黒い世界に亀裂が走った。裂け目から入ってきた白い光で、何も見えなくなった。



 *

 気づいたら、硬い地面の上に倒れ込んでいた。遠くから誰かの叫び声がする。体を起こすと、カイが駆け寄ってきていた。その顔はずっと走り回っていたように蒼白だった。


「無事でよかった、レン……!」

「カイこそ! それよりアドルは!?」

 後ろを指さすカイ。振り返ると、アドルとミュリエルが向かい合っているのが見えた。


 アドルが、ミュリエルに向かっていく。その手には黒い球が握られていた。少しの間、見つめあっていた二人は、ついに抱き合った。


「大好きだよ、姉さん」

「えぇ、私もよ、アドル」

 その声で、僕ももらい泣きをしそうになる。


 そう、僕らは疲れ切っていた。全てが終わったという安心に、気を緩め過ぎていた。

 

 平和の終わりを告げる、鈍い音が聞こえた。


 大地に垂れる、赤い液体。

 目の前で、ゆっくりと、その体は倒れていった。



 興奮した息遣い、血走った目。

 その手には、短剣が握られていた――

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