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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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48/50

48.ついにバトルで倒してやるよ

 雪山の中そびえたつ家は、荒れ狂う吹雪に物おじせずただそこにたたずんでいる。静まり返った空間に、凛とした声が響く。その声はどこまでも、落ち着いていた。


「アドル。もう、やめよう」

 その声に少年は手に持っていたノートから顔を上げる。全身を覆う黒いローブが、床とこすれる音がした。


「ミュリィ……熱でもあるの?」

 水を一瞬で沸騰させ、お湯を茶葉の入ったポットに注ぐ。カップを並べ、彼はミュリエルの前に座り込んだ。


「冗談で言ってるんじゃないの。アドル、もうこんなことやめよう」

 ただ、湯気を眺める少年。


「なんで?」

「アドルにもう傷ついて欲しくない。ねぇ、こんなこと間違ってるよ!」

()()()って聞いたんだ。人の気配がするよね」

 完璧に気配を消していて、しかも百メートルは離れた木の陰にいるのに。彼女はアドルに笑いかけた。


「私が入れたの。アドルを止めて欲しいから」

「どうして……今さら」

「ずっと前から、思っていた。これは私自身が望んでいたことじゃないわ」


 その声にも、まるで動かない。うつむいたままの顏は、何かに耐えているようにも見えた。


「もう、やめよう。あなたがこんなことをする必要はないの」

「……」

 沈黙が流れる。砂時計の砂が、さらさらと流れ落ちていく。


「ふぅん」

 少年が首を傾げた。その目に、悲しげな光が宿る。


「姉さんも、僕を裏切るんだ」

「アドル、違う、そうじゃないの! 話を――」

「もういいよ」

 砂時計の最後の一粒が、ゆっくりと落ちた。兄弟は、顔を見合わせた。


 その瞬間、アドルが目にもとまらぬ速さでポットを掴み、それをミュリエルに投げつけた。それをかわし、ミュリエルが叫ぶ。


「なっ、アドル!」

 家自体が生き物のようにうごめき、木の根がアドルに襲い掛かる。


「姉さん、僕に勝てるとでも?」

「いいからとっとと──従いなさい!」

 爆発音がして、家が吹っ飛んだ。その風圧に、凍った木を掴む。ひんやりとした吹雪の中で、戦いの火ぶたが落とされた。


 煙が上がる家の中では、激しい攻防が繰り広げられていた。ミュリエルの魔法で、木が次々とアドルに襲い掛かる。木の根が足のように動き、枝がしなって捕まえようとする。氷におおわれて強度が高くなっているのか、火の玉では効き目がないようだった。


「すご、あれで俺らと同年代……?」

 セイの呟きに、呆気にとられて頷いた。


 ミュリエルはここら辺一帯の木を総動員させ、アドルを捕らえようとしている。けれどしょせん、木は木。陣形もバラバラだし、味方同士の枝が絡みついているところもある。それを把握しながら、必要な逃げ道だけを的確に爆破していくアドル。戦闘能力がかけ離れて見えた。


「まずいな」

 ノアのつぶやき声に、その顔を見る。しかめられた表情は、アドルを追っていた。


「ミュリエルが予想以上に魔力を消費している。それに、アドルはまだ一割程度しか本気を出していないだろう」

「「あれで一割!?」」

 僕とセイの声が、爆発音の狭間に響いた。あれでまだ一割!?


「あぁ。あの魔力量……底が見えない。おそらく俺よりも多い」

「ノアよりもって、大丈夫なの?」

「あぁ」

 言い切るノア。この作戦のカギを握ってるのはノアだから、それは任せるしかない。


「そろそろ交代だな。行ってくるよ」

 セイがよっと、立ち上がって伸びをする。ふっと、その場から消えた。アドルを囲んでいた木が消えて、代わりに空を魔方陣が覆う。


「っはぁ、ほんとに、実の姉くらい手加減しなさいよ!」

 それと同時に、目の前にミュリエルが現れた。雪に手を突っ込みながら、荒い息遣いを繰り返す。激しい音と光の光線がその後ろで響いていた。


「お疲れ!」

「それにしてもセイ、大丈夫なの?」

 座り込み、先ほどいた場所を眺めるミュリエル。魔方陣から出る雷はどこまでをアドルを追いかけるように、消えてはまた新しく創造されていく。


「ノアのお陰でセイの呪いは一時的解けてるから。全力で戦える」

「そういうことじゃなくって……」

 そう、あきれたように肩を落とす。深く積もった雪は、丸裸にされていた。その茶色い地面がまるで、戦いのリングのように眼下に広がっている。


「そろそろ行ってくるよ」

「気を付けろ、レン」

 その声に見送られながら、ワープする。目の前のアドルに、後ろから切りかかる。


「っ!?」

 アドルの反応が遅れて、黒いローブが真っ二つに裂ける。それと同時に怒涛に落ちてきていた雷がやんだ。十数年ぶりの再会相手に剣を構える。振り返ったその顔に、どこか見覚えがあった。


「えっ!? 僕を助けてくれた――」

 言いかけている間にも手を前に差し出す少年。周りに現れた幾千もの火の玉がこちらをめがけて一斉に襲い掛かる。剣を振って、拡大魔法をかけ風圧で吹っ飛ばし、一歩前に近づく。右目の下にあるほくろと目が合った。


「やっぱり、あの時の――」

 またしても言い終わる前に、アドルの後ろからどろどろの液体が波のように襲ってきた。


 大きく後ろに飛びのくと、僕の背後に現れる少年。その全身を、紫色の煙が囲んだ。その上から、襲い掛かると、アドルの防御結界のどこかが、割れる音がした。


 飛びのく少年に追い打ちをかけるように剣を振るう。アドルの結界が張りなおされるのか、それとも僕の剣の速さが先なのか。かすかな手ごたえを感じと共に、その蒼白な顔からは一筋の血が流れる。


 攻撃が通った。その一瞬の油断のうちに、アドルの目が細く光った。


「ねぇレン、なんで僕が本気を出していないのかわかる?」

 体が、動かない!? 剣を振りかざしたまま静止する僕の体。その周りを歩きながら、嬉しそうに言うアドル。その顔を睨み付ける。


「知らないよ、そんなの!」

「それはね、できない事情があったからさ。でも今は違う」

「まさか」

 汗が滑り落ちた。いつの間にか握られた短剣が、僕のほおにゆっくりと刺さる。その血は滑らかに落ちていった。アドルはそれを眺め、にこっと微笑む。


「だってもう、ブラックホールは完成したんだから!」

 上に手をかざすアドル。その上空から、小さな漆黒の塊が現れた。それと同時に、僕は叫んでいた。


「カイ!」

 空気が揺れて、縛りが解けた瞬間、みんなが現れる。ノアが、僕のほおに手を当てた。その手が光って、みるみると傷が回復していく。


「これは……」

 アドルが動揺した声を上げる。その目の前で、ミュリエルは笑みを浮かべた。


「無駄よアドル。この大陸随一の演奏家が演奏しているんですもの」


 はるか遠くで、ヴァイオリンを演奏しているカイがいた。カイが魔力と意思を込めて演奏すれば、その人の意思は愚か行動でさえも操れてしまう。それゆえに、カイはあらゆるところで有名だ。


「あとはノアがそれを封印するだけ。あなたは何もできず封印されるのを見ていて」

 黒い塊を指さしながら、ミュリエルが勝ち誇った表情で言う。それに頷き、ノアが手をかかげた時だった。


 うつむいていたアドルが突然、顔を上げた。


「姉さんは……僕に甘すぎるよ」

 突然、黒い塊が勢い良く動き、アドルめがけて突っ込んできた。それはアドルの口元へと入っていく。


「なっ」

 ミュリエルが驚愕に近いうめき声を漏らす。

 静まり返った空間に、ごくり、という音だけが鮮明に聞こえた。


 今、アドルが、ブラックホールを、飲み込んだ……!?


「これで、ブラックホールは僕の中にあるよ。さぁ封印してよ姉さん、僕ごとね!」

 ノアが封印の呪文を唱え始める。気づいたみたいだ。アドルの中の気配が、だんだんと大きくなっていることに。


「やめて!」

 叫び声が辺りにこだました。ノアの手が止まる。


 ミュリエルが肩を震わせて、アドルを睨みつけていた。


「ほら。姉さんは僕を殺せない。僕を愛しているから!」

 悲しみと怒りに満ちた瞳に、アドルは笑い出す。静まり返った空間に、ヴァイオリンの音色だけが響いた。



「あのさぁ」

 静まり返った僕らの間に、落ち着いた声が響いた。


「お前さ、こーんなに頭の良い姉ちゃんがお前を殺せないとでも思ってるわけ?」

 その声に眉をひそめるアドル。


「はぁ? 事実、今、殺せてないじゃん」

「違ぇよ。お前を心配してるんじゃなくて、弟を殺した後の自分にためらってるんだぜ?」

 その言葉に、視線が動く。ミュリエルは下を向いていた。


「だから世界どころか、お姉ちゃんでだって一緒に心中してくれない。悲しく一人で死ぬんだな」

 冷たく言い放ったセイの言葉に、体を揺らすアドル。


「そんな、姉さんは、僕のことが」

「……えぇ。世界で一番大切で、心の底から愛しているわ」

 その言葉に、ほっとしたように頬を緩める。


「だけど」

 アドルの表情が、凍り付いた。ミュリエルは顔を上げ堂々と言い放った。


「世界で二番目に大切な人だっているわ」

 その言葉に目を見開くアドル。その口が小さく動いた。畳みかけるように、セイは足を前に踏み出す。


「お前の姉は、お前()()のお姉ちゃんじゃないんだぜ?」

「ちがう」

「いつかはお前から離れていく」

「ちがう!」

「……そしたらお前、世界で一人ぼっちになっちゃうな?」

「違う違うちがうっ! お姉ちゃんは僕だけを愛してるんだ!」

「じゃあ」

 一転して静かな声で言い放つセイ。


「なんで……そのお姉ちゃんは、こんな悲しそうな顔してるんだよ」

 その声に、おそるおそるミュリエルに視線を戻すアドル。その目に溜まった涙に、小さく息を飲む。


「なんで……じゃあ、なんで、裏切ったの」

「お前のために、お前を裏切ったんだよ」

「そんな」


 ミュリエルの目からは涙があふれだした。アドルにゆっくりと近づいて、その体を抱きしめる。言葉にならない叫びが、アドルの口から漏れ出した。


「愛してるわ、アドル。あなたを、愛しているのよ」

 その声に、アドルの表情がゆがむ。その口から、小さな吐息と共に言葉が吐き出された。


「っ……それは、僕も、だよ」

 いつの間にか演奏は止まり、アドルとミュリエルは見つめあう。その時だった。


「うっ」

「!? レン!?」

 急に頭が痛くなった。体から力が抜けていく。


 何処からか、鍵が開く音がした。その音は頭の中だけで響いている。中から出てきた黒い塊はうごめき、白い歯をのぞかせる。

『一緒に世界滅ぼそうって言ったよねぇえ。約束したでしょおおおお!!!』


 頭の痛みが、ひいていく。目を開けると同時に見えたのは、血を吐き出したアドルだった。


「っ、げほっ!」

「アドル!?」

 ごろごろ、という嫌な音と共にアドルの口から大量の血が吐き出された。倒れ込んだアドルを必死に揺さぶるミュリエル。アドルの影が、動いた気がした。


「危ない!」

 僕の叫び声と共に、ノアの気配が消える。

 気づけばミュリエルを抱えて、脇に立っていた。


「なんだよ、アレ!?」

 アドルの体が宙に浮かび、その口からは黒い煙が噴き出ていた。それはアドルの周りを取り巻くように、だんだんと形を変える。


「何あれ……?」

 僕の声に、ノアが答える。


「おそらく、ブラックホールがその効果を出し始めたんだろう」

「そんな、アドルは!?」


 ミュリエルの声に、黒い煙はうようよと形を変える。白い歯、らしきものが、動いた。


『オマエ、スキ』

 その声はさっき、僕の頭で響いた声とそっくりだった。頭の中に直接話しかけられているような、世界一遠い場所から響いてくる声のような。


「うっわあのバケモン喋ったぞ!?」

 その声にセイを見る黒い影。いつの間にか、アドル本体はその暗闇に覆われて見えなくなっている。


『オマエ、キライ』

 その声と共に、黒い煙が僕らの方へ襲い掛かってきて、宙へ浮かぶ。横にいたノアが、ミュリエルに向かって叫ぶ。


「こいつは、殺していいのか?」

「分からない、けど……これは間違いなく、アドルの魔力じゃないわ」


『オマエ、スキ』

 ノアの声に反応して、一気にふわふわと形を変える黒い靄。


「声に反応してる……?」

 黒い物体がこちらを向く。その緩やかな影が、急に尖った。


『コイツキライ』

「え?」

 その声と共に、黒い影が一斉にうごめいた。黒い影が鋭く尖って、襲い掛かってくる。


「いきなりなんなの!?」

 剣で応戦するものの、その黒い影のスピードは増すばかり。まるで凄腕の剣士と戦っているようで、隙が見えない。


「レン!」

 叫び声が聞こえて、セイが魔法で攻撃する音が聞こえた。けれど、それにダメージを受けないばかりか……


「魔術を喰らって、大きくなった……?」

 剣を振りながらそう呟く。さっきよりも増える尖った黒い影に、汗が流れてきた。瞬きが、できない。


『ドウシテ……』

「?」


 黒い靄が声をもやもやと声を上げた。


「レン、コイツ、なんかお前だけ攻撃してるぜ!?」

 セイの声に、僕と対峙していた黒い塊が移動する。そして死角から飛び出した。


「セイ、危ないっ!」

 甲高い金属が触れる音がした。ノアがミュリエルをかばいながら、撃退している。けれど他人を庇いながらセイを助けるのはさすがに部が悪い。


『ドウシテ……』

 その声と共に、襲い掛かってくる速さが一瞬遅くなる。その隙をついて前に飛び出すと、後ろから声がする。


「気を付けて!」

 すぐ真後ろで音がして、振り返ると木の枝が、黒いもやもやを引き留めていた。それにひるんで黒い靄が動きを止める。


「レン、しゃがめ」

 後ろで低い声が聞こえて、頭を下げる。空気を切り裂く音がして、周りを追っていた黒い塊が一斉に飛び散った。一回り小さくなったもやもやは、うめき声を上げる。


『ナゼ、ナゼソイツばっかり!!』

 今まで気味の悪い音声だった、その最後だけがアドルの声になった。


『ドウシテ、どうしてっ!!』

 黒い影が一瞬にして広がり、波のように押し寄せてくる。


「どうしてどうしてどうしてどうして!」


 その黒い波に、全身まで埋まってしまう。息が……できない!


 その暗闇に、意識が消えていった。



 *

「あれは……」

 一人、山の頂上付近で一部始終を見ていたカイ。

 黒い闇が一気に襲い掛かったかと思うと、みんなの姿が消えた。代わりに浮かび上がった黒い球体を睨みつける。


「とにかく、応援を呼ぼう」

 カイはそのまま山の奥へと消えていった。


 カイは、気づいていなかった。反対側に文字が書かれていることを。そこにはこう書かれていた。


 ”消化まで、あと一時間”



 その文字の下から白い歯がのぞかせる。怪物は待ちきれない、というように歯をガチガチ鳴らす。


『もうすぐだよ、(アドル)。もうすぐ、全てが平等になれる世界が来る』


 その声を、アドルは暗闇で聞いていた。その眼はまだ、閉じられたままだった。

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