46.ラブレターの誘い受け
僕の目の前に座っているのは白髪だ。兄だ。王子だ! ノアだ!! もう一度言おう。この三百六十度どこからどう見ても完璧な細身マッチョで、色白で、声が低くて、背が高くて、文句なしのイケメンが。太っていて、たるんでいて、隈すごくて、デブで、極悪非道な豚ゴブリンと同一人物だ。
その視線に気づいたのか、その男は軽く微笑んだ。
「どうかしたか、レン」
「いえなんでもないです」
今から黒幕に関する大事な話を聞くというのに。僕の脳内では、長年積み上げたノアの像が、酔っ払いの宴みたいに音を立てて崩れていた。
「それでは、会議を始める」
ノアの声に、気を引き締める各々。僕の隣にいるのは、カイとセイラ。正面にはノアとチトセが座っている。そんな中、カイが戸惑いがちに手を上げた。
「その前に質問。兄さんって……本当にノア兄さんなの?」
その質問に表情を凍らせるノアと、吹き出すチトセ。
「あぁ」
「いやーそうだよね、セイくん。本当にお兄ちゃんか分かんないもんね? だってあの豚ゴブリンが」
「黙っていろ軽薄性悪男が」
そのさなか、僕とセイは小声で会話を交わす。
「でもさ、本当にノアって……ノアなの?」
「レン、実の弟が分かんなくって他に誰が分かるんだよ」
「だって信じられないんだよ? これが、あの、ノア……?」
三人の視線がこちらに向く。
「二人の弟に疑われるなんて、お兄ちゃん失格なんじゃないのぉ?」
「おネエ口調は黙っていろ」
「おネエって言う方がおネエなんですぅ」
このまま話が脱線しそうだったので、僕は慌てて口を開いた。
「それで、結局、黒幕って誰のことなの? その人、何がしたいの?」
その声に、みんなは顔を見合わせる。ノアが口を開いた。
「それは──」
「私から説明するわ」
いつの間にか、入り口にミュリエルが立っていた。
「ミュリエル、体はもう大丈夫?」
「一人で動き回れるくらいはね」
心配そうなカイをはねのけるミュリエル。そのままこちらに向かってきて、僕とカイの間に座り込んだ。
「黒幕……この計画の発案者は私の弟、アドルよ。彼は世界を無に陥れようとしている。高密度な魔力を使ってね」
「ぶらっくほーる?」
「考えたことはない? 限界まで圧縮された魔力がどうなるのかって」
「そんなん机上の空論だろ? 実際は相当の頭と魔力がいるぜ?」
セイが不満げに異議を唱える。なんか不機嫌そう。自分が解けなかった謎を、他人にすぐに解かれた時みたい。
「えぇ。でもそれは逆に、二つを持ち合わせたら成し遂げられるっていう根拠でもある」
「まさか」
「そう、アドルは生まれながらの天才なのよ。そして、それを人為的に作り出して、世界を無にしようと考えている。理論上、最高密度まで圧縮した魔力の塊は、周りの物を取り込むでしょう? 何人たりとも逃れられない」
そんなこと、できる訳ないっていうか、理論上は可能だけど実際は不可能っていうか。とにかく、相当なスペックがある人にしかできない。
「なんのために?」
「あの子は小さいころから多くの喜びと、悲しみを経験してきた。言い表せないくらい」
小さくため息をつくミュリエル。
「私だってその気持ちは分かる。時々世界が滅んでしまえばいいのに、って考えるわ」
「それは俺だってあるけど?」
「でも、あの子は違う。目的を持って世界を滅ぼそうとしているの」
ただ、殺戮を行うわけじゃないんだ。目的があるなら、動機から説得することだってできる。そう思って、ミュリエルの次の言葉を待った。
「……あの子は死によって、みんなを解放しようと考えているの」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「……どういうこと?」
「はぁ? そんなん考え方の違いだろ?」
僕とセイが同時に声を上げる。他の三人は、黙ったままだった。
「違うの。死んだら、何も感じないでしょ? 喜びも、悲しみも、怒りも」
「うん、そうかもしれないね」
死んだらそこで終わり。それは古来から続く万物共通の原理だ。
「それがあの子が求める世界なのよ。誰も苦痛を味合わない世界。喜びも、悲しみも、最初から存在しない世界」
その言い方は、過去の恐怖を思い出しているかのようだった。
「……それって結局、みんな死ぬってことだろ? せっかく進化してきたんだし、もったいなくね?」
たしかに。
セイは、やっぱり優しい。今まで一回も、アドルを否定するようなことを言ってない。そう思って、ミュリエルの方を向いた。明かりが、苦しそうな顔を照らす。
「アドルは、自分が味わってきた暗い感情を、もう他の誰にも味合わせたくないのよ。こんな思いをするのは自分だけでいいし、味わった者にしか分からない。だから誰に何を言われようと、否定されようと、自分の意思を貫き通すわ。死してこそ、人は平等になれるんだと」
それは僕への皮肉? 安全圏から、正義のヒーローごっこしてんじゃねぇぞ、お前らには決して屈しない、という。胸の奥が、ひどく冷えた。
でも……
「それでも、世界は壊させないよ」
ぽつりと漏れた声。その声に、セイが笑みを浮かべる。
「あぁ、そんなことはさせない。それになんか、アドルってヤツ……拗らせてんな」
ミュリエルが絶句する。
「それって要は、自己中心的な自分の正義でお前ら殺しまーすっていうことだろ? わざわざ丁寧に殺害予告まで送ってくれちゃって、そんなの気障な怪盗くらいしかやんねーっつうの」
「な」
「それにさ、悲しみがなきゃ喜びだってないんだぜ? そいつに足りねーのってさ、たぶん――
誰かに愛されるって経験じゃねーの?」
目を丸くする僕たちに、眉を寄せるセイ。
「え? 俺なんか変なこと言った?」
「セイーー! お前は自慢の弟だよ! 正論の火力が高すぎる!」
「うわ引っ付いてくんな、このブラコン! 離れろって!」
熱い兄弟愛を見せつけてくれる二人。
「レン……此奴、今すぐ切った方がいいぞ。いつかお前まで殺される」
その言葉に、思わず口を濁す。
「えっと……」
レベッカの従者、クロエに殺されかけたのは、まぁ半分、いや、四分の三くらいセイのせいだけど黙っておこう。動揺した僕の態度に、ノアが立ち上がった。その目には、いや、全身から殺気が立ち上っている。
「殺ス」
「うわあ今一番聞きたくない言葉がノアから出た! カイ!どうにかしてよ!」
困り顔でそちらを向くと、笑顔のカイ。
「そうだね、ちょっと十回くらい死刑にしようか」
「野蛮すぎるよ言葉が! 二人とも落ち着いて、セイは僕の親友なんだから殺さないでよ!」
その声にピタリと動きを止める各々。
「親友?」
「しんゆう?」
「……親友?」
「親友っ!」
花の蜜に吸い寄せられる蝶々のように、ひらひらと僕の隣にやってくるセイ。
「そうだよな、俺たち親友だもんなっ!」
上機嫌なセイは、そのまま僕の兄のもとへと向かう。二人の肩を抱き寄せて、こうささやいた。
「ですって、知っていましたか、お兄さん方? 俺たちしんゆうなんですよ!」
その声と同時に、聞いたことも無いような爆音が聞こえて、なぜか砂埃が舞う。気づけばセイが頭から床にめり込んでいた。え? まさか床に……穴、あいた?
「さっ、害虫は駆除しましたし」
「そうだな、話を再開しよう」
「庇えなくて済まない我が弟よ」
何事もなかったかのようにセイを踏みつけて椅子に座る兄二人と、その隣で手を合わせる被害者の兄。
「それで、アドルをどう止めるかなんだけど」
この空気感で一切物おじせずに話し始めるミュリエル。すご! 相当あっちは厳しかったらしい。
「これは──姉としての責任だから。私の話を聞いて欲しい」
その声に僕らは耳を傾ける。黒幕打倒の秘密作戦会議が今、始まった!




