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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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45/50

45.ピンチを救う救世主

 静まり返った世界に響く靴音。その音は僕の前で止まった。しゃがみ込み、ミュリエルの額に手を当てる、指輪の嵌った大きな手。レン、という低い声と青い瞳が凍った心を突き動かす。


「は、はい!」

「今からお前をこの女の記憶に送り込む。彼女はおそらく最深部――感情が一番左右される場所にいるだろう。そこから彼女を連れ出してほしい」


 ミュリエルを、連れ出す……彼女の心は今、どうなっているんだろう。


「無理だったらカイを送るから、安心して戻ってこい……できるか?」

 心配そうな瞳で、そう言われる。


「うん」

 力強く頷くと、ふっと表情が緩んだ。そのまま頭に手置かれる。


「頼んだぞ、レン」

 その言葉と共に、僕の意識は抜けていった。



 傾いたレンの体を、ノアは受け止める。ミュリエルの隣にそっと横たえて、二人を囲む防御結界を張る。そして今度はカイのもとへと瞬間移動した。


「!?」

 驚いたカイが、手を広げて俺を睨む。敵か味方か判断しかねているんだろう。やがて、その表情が、驚愕の色に染まった。


「兄さ、ん……」

 急に糸が切れたように、ゆっくりと前のめりに倒れるカイ。その体を受け止めると、濃い血の匂いがした。その後ろには、雪に倒れているセイラの姿がある。二人を抱え上げて転移し、結界の中へ入れた。みな損傷がひどい。特にカイとセイ。


 魔法を解除すると、一斉に動き出す世界。

 巨大ゴーレムがこちらへと氷ブレスを放ってくる。


「遅い」


 ノアはその後ろにワープして、超高濃度に魔力を圧縮していく。多少地形が変わることを計算に入れたまま。


 ノアは振り返ったゴーレムに向かって、その塊をぶつける。そしてつづけざまに全身に蹴りを入れた。

 その一撃ごとに、ゴーレムの巨体が削り取られていく。抵抗の余地すら与えられないまま――


 やがて鈍い轟音と共に、土ぼこりと粉雪が舞う。それがおさまった時、残っていたのは水色に光る結界だけだった。見渡す限り一面が砂漠と化している。


 雪も、岩も、木も、森も、全てがなくなっていた。


 その様子を無言で眺めていたノアは、ゆっくりと地面に降りて結界の方へ向かう。そして、結界を解き、乾いた地面に座り込む。そこで、回復魔法をかけ始めた。


「遅くなって……すまない」

 何もない乾いた世界に、その声がぽつりと響いた。



 *

 真っ暗な闇に、僕はいた。目の前には膝を抱え泣いている少女、ミュリエルだ。


「もう帰ってよ。何しても無駄だから」

 そうわめく彼女。その様子に、何故かもやもやする。


「どうして?」

「もう嫌なの。いいの、もう死ぬから」

 静かにつぶやくその声は、震えていた。心の中でもやもやが大きくなる。


「どうして死にたいの?」

「どうしてって、こっちの台詞よ! どうしてあなたはここに来たの? もういいから死なせてよ!」

 囁くようなうめき声に、段々と腹が立ってくる。

 あぁそうだ、僕は今、怒ってるんだ!


「じゃあなんで死なないの? 今、君は生きているの? 勝手に暴走して、迷惑かけて」

 冷たく言い放つと、肩を揺らすミュリエル。


「それは……だって」

「なに?」

「だって、もう、どうしようもないの」

「なにが?」

「私、頑張ったもん! できる限りのことはやったの!」

 涙をためながら、こちらを睨んでくる少女。けれどその顔は段々と下がっていった。


「でも、無理だった……結局、最初から……」

 今ミュリエルの顏が、見えていなくても分かる。


「どうしようもないの。ここから先が、真っ暗で見えない。でもあの子を……」

 消え入りそうな声。


「ねぇ、顔を上げてよ」

「いや! もう嫌なの! なにもかも!」

「上げてよ」

「もう構わないで。私に構わないでよ!」

「いいから僕の目を見ろっ!」

 その声に驚いたのか、顔を上げるミュリエル。その顔を掴んだ。彼女の瞳に、僕が映る。おそらく、僕の瞳にも。


「死にたい?じゃあ、どうしてそんなに切なそうな顔をしている?どうしてそんな、悲しそうな顔をしているんだ!」

「っ」

 目をそらす。けれど、言葉からは逃げられない。


「少なくとも、そんな顔をしているミュリエルを、死なせることはできないよ!」

 震える声。息遣いが、何もない空間にこだました。彼女は顔を上げる。


「なんっで……なんで私を、ここまで」

「ミュリエルを――待っている人がいる。それに、僕は君に死んで欲しくない、生きていて欲しい。その気持ちだけじゃ、生きる理由にはならないのかな?」

 その声に、かすかに揺らぐ瞳。


「困っているなら、助けるよ。世界中どこへでも駆けつけるよ。それに、君は、僕に助けを求めていない。まだ、僕がいるよね?」

「……っ」

「ミュリエル。君の本当の願いは? 本当は、ミュリエルは、どうしたいの?」

 その笑顔を見た瞬間、胸の奥がほどけた。涙があふれ、嗚咽が、声がこぼれ出る。喉元まで出かかった言葉が、一気に放たれた。


「生きたい! わたし、生きたいよ。レン、助けて……私を、助けてっ!」

 その声に、ふふっと、声を上げるレン。天使の微笑みが私を貫いた。


「……任せてよ。僕は王子だからね」

「うん、……うん」

「あとで、聞かせて、事情を。じゃあ、外で待っているから」

 背中に羽を付けた天使は天国へと飛び去って行った。その姿を見送って、自分の足で立ち上がる。



 目の前に大きな鏡が現れた。悲しい顔をした自分が映っている。


 ”いいの? 一生後悔することにもなるかもしれないよ”

「そんなまさか」

 ”ううん、無理よ。レンに私が救えるとは思えない”

「あるよ。私、死んでない。わたし、本当に死ぬって、壊れるって思っていた。事実、心は死んでいたもの。でも生きている。それが答え」

 その言葉に、鏡の前の自分は眉を寄せる。そして、そっと問いかけてくる。


 ”本当に……後悔しないの?”

「後悔しない選択なんて、きっとないよ。それでも私は、この道を選ぶの」

 そういいながら、鏡に手を置く。水面を触るように、ゆっくりと鏡が溶けていく。


 ”じゃあ……後悔しないようにね”

 ちょっぴり切なそうなその声と共に、黒塗りの世界がはじけ飛んだ。


 そう、後悔しない選択肢を自らの手で作り出していく。過去の後悔を無駄にしないためにも。


 体をまばゆい光が覆い、意識がそこで途切れた。




 *

「おいレン、起きろって!」

 その声と共に、冷たい液体がおでこから顔全体へと流れていく。


「う、ん」

 目をこすって体を起こす。そこは、どこかの部屋の様だった。朝日がきらきらと白いレースを揺らしている。


 戻って――きたんだ。


 寝ぼけた眼で正面に目を向けると、見覚えのある少女が立っていた。ニヤニヤした笑顔を浮かべている。


「おはよ、レン!」

「……?」


 セイ、ラ? なんでここに? そう思ってあくびをしていると、不意にその手が濡れているのに気づいた。心なしか髪も重たい。ぽたぽたと落ちる水滴。


「あーあ、レンが起きないから」

 そういいながら風魔法で髪を乾かすセイ。


「ほらほらぼーっとしてないでさ」

「――乾かしたから、許されるわけじゃないからね?」

 つまり、こいつは僕の、朝一の僕に水をぶっかけてきたんだ。随分と乱暴な目覚めだと思った。


「ごめんって、起きなかったからつい……」

「つい?」

 冷ややかな目で見つめると、その顔はどんどんきまり悪そうになっていく。


「ご、ごめんなさい、もうしないから許してください」

「うん」

 そういいながら辺りを見渡しても、まるで見覚えのない家具に景色。えっと、記憶を思い返そう。確か――


「セイ、なんで学院、爆破して逃げたの? 僕を裏切ったの?もうしないって約束したのに?」

「いや違うちがいます聞いてください」


 セイラが慌てた様子で首を横に振る。セイラの状態でも、話し方がセイって事は――どういうこと? とりあえず話を聞こう。


「あのですね、俺はミュリエルにですね」

「敬語やめれる?」

「あ? だから、味方になってくれないとチトセと結婚するって言われたから」

「うん」

 新聞では婚約発表って書いてあったけど?


「誘拐された風でって頼んだら、それをレンに見られたわけ。ていうかあんな火事の中突っ込んでくんなバカ!」

「それは……ごめん」

 だから、あの時セイと一緒にミュリエルがいたんだ。


「で、仲間になったら、もう婚約を結んだから、破棄して欲しければオルフェオ破壊しろってさ」

「……は?」

「だろ? だからあの女を裏切ってやったの。もともと味方になるふりだったんだけど、さすがに従うのばかばかしくなったから」

「Oh」


 つまり、全部、僕の、勘違いってことか。


 セイラはそこで言葉を切って、ずいっと僕の方に近づいてくる。


「だから俺は約束破ってないの! お前を裏切ることなんて、もう、しないよ。これから一生」

 語尾が弱々しく消えていく。その様子を見て、言葉を探していると、セイラはくるりと回転する。ドレスがふわりと揺れた。


「ってことで早く行こうぜ?」

「どういうわけで? 行くって、どこに?」

 振り返った口元に浮かぶのは、嬉しそうな笑顔。



「そりゃあもちろん、黒幕ぶっ潰す作戦会議に、だよ」

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