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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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44/50

44.君が助けを求めるなら

「ミュリエル」

 その背中に呼びかけると、ゆっくりと振り向く彼女。その目には怪訝そうな色が浮かぶ。


「なんで……あなたがここにいるの? 今頃カイは、オルフェオで殺されているはずでしょう?」

「セイは君を最初から裏切っていた。それだけの話だよ」

「そんな、まさか」

 目を開き、動揺した顔でこちらを睨むミュリエル。それは次第に確信とあきらめが混ざったものに変わっていく。


「ミュリエル、君は――君たちは一体、どうするつもりなんだ?」

「決まっているでしょ。世界を作り変えるのよ」

 冷たく言い放つ彼女。でも僕の問いかけを無視できないことが、彼女の甘さだ。


「本当は?」

「……やりたくない。でも、それしか私には残っていないの」

 驚いたように、自分の口を抑える彼女。僕を見て苛立たし気な怒りをあらわにする。


「カイ、私に何をしたの!?」

「ごめん、でも君の口から真実が聞きたかったから」

 僕の横にふわりと浮くのは、従魔セイレーン。


 この力は、未来を見る。

 そして同時に、人が隠してきた“答え”を暴く。


「君の本音はやりたくないって言っているよ。どうしてそれでも頑なに進めるの?」

「やめて」

 小さく呟くその声は、弱弱しい。


「どうして? 今の君はまるで小さな子供だ。溺れまいと必死にもがいている」

「もうやめて」

「やめないよ。ミュリエルが助けを求める限りは」

「私はもう……これしかできない!」


 その声と共にミュリエルの周りを白く冷たい煙が覆う。その風圧に、顔を覆って後ずさりした。全身にまとわりつく空気が音を立てる。彼女は空中で気を失ったようにぐったりと浮かんでいる。その後ろで、レンの声がした。




「うっ!」

 頭が! 

 立っていることが出来なくて、僕は地面に立ち止まり片膝をついた。


「レン!? 大丈夫か?」

 遠くからセイの声がする。


 頭が……痛い。

 何かが割れる音がする。閉じ込められていた銀色の檻がゆっくりと開いていく。

 中から顔をのぞかせたのは――


「おいレン!!」

「っ……あ、セイ……?」

 目の前に心配そうな顔をしたセイがいる。


「もう大丈夫、だよ。それより……」

 目の前には、浮かび上がるミュリエル。その体からは白い煙のようなものが出ている。立ち上がると、カイがこちらに駆けよってきた。


「レン、大丈夫? セイは平気?」

「う、ん」

「あぁ、俺は平気。カイの方が一足早かったか。それにしても……なんだ、あれ?」


 セイが眉をひそめて、浮かび上がったミュリエルの足元を凝視する。地響きがして、下の地面がせり上がってきた。雪に覆われた地面が顔を出し、岩がどんどんと姿を現す。亀裂が走り、僕の足元から、真っ二つに地面が裂けた。


「うぉ、危なっ!」

 とっさに後ろへ飛ぶと、さっきまであった地面がなくなり、代わりに岩が飛び出してきた。


「なにこれ?」

 叫びながら飛び出す岩を見つめる。飛び出してくる岩はやがて一つの大きな塊へと姿を変えていく。


「これ、あの女の魔力が生み出したもんだぜ」

 前を睨みつけて、厳しい表情をするセイ。宙に浮かんでいるミュリエルを守るように、その岩は轟音を立てながら形を変えていく。巨大な魔物へと。ふいに、地響きが止まった。


「どういうこと? そもそも何でカイとセイがここにいるの?」

「そんな事よりも、あいつをどうにかしないと、ミュリエルが死ぬぜ」

 その焦った声に、カイが振り向く。


「セイ、どういうことだ?」

「おそらく全魔力を使って、無意識的にあれを動かしてるんだ。魔力が完全になくなった瞬間、あの女は生命エネルギーが尽きて、死ぬ」

「じゃあ、あいつを倒せばいいってこと?」


 首を横に振るセイ。

「いや、それも危険だ」


 その言葉に息をのむ。そんなの、どうしろって? 

 そうしている間にもゴーレムは、その頭が見えないほど大きくなっていく。これが彼女の魔力――足の先から、岩を雪が覆っていく。


「だから、俺たちはあれを封印できる人が来るまでは耐えるしかないってこと」

「つまり……倒さず生かさず、ここから出さないってことか」


 全身を氷で覆われ、中には硬い石が詰まったゴーレム。おまけに規格外の大きさは、城くらい一撃で踏みつぶせるビッグサイズ。その大きさに唖然としていると、カイが戸惑いがちに口を開いた。


「あの言いづらいんだけど、僕は使い物にならないよ? 今ほとんど魔力がないから」

「「はあっ?」」

 僕とセイの声が重なる。申し訳なさそうに手を重ねるカイからは、確かに魔力が感じ取れない。


「じゃあ、頑張って。僕は応援を呼んでくるよ」

 急いでこの場を後にするカイ。


 残された僕たちは、顔を見合わせて、それから雲にも届きそうな大きな巨体を見上げる。その拳が動いた。と同時に、僕らが今まで乗っていた大きな岩が吹き飛ばされ、粉々になった。空中に浮きながらそれを眺めていた僕らはまた、目を合わせる。そしてため息をついた。


「素早い巨体とか、もう最強だろこんなん」

「倒さず生かさずって――氷漬けにでもすればいいの?」

 文句を言いながらも、背中に汗が伝う。おそらく、セイも感じているはず。こいつをとどまらせるには、全力でやるしかない!


 振り下ろした拳を戻し、ゴーレムはこちらを見た。おそらく蠅のように小さくうるさい僕らを。はっと、セイが目を開く。


「おいレン、あいつ、口かなんか出してくるぞ!」

 え、と空を見上げるとその声とともに、冷たい風にのって氷柱が勢いよく落ちてくる。避けても、ゴーレムは僕らをめがけて永遠に氷柱を吐き続ける。


「っ、こいつ肺活量バケモンかよ!」

 近くの木に着地すると、その隣で息を切らすセイ。魔力を維持して空中を飛び回るのは、繊細な調整と膨大な魔力を消費する。おそらくセイラからセイに変身している上、さらに魔力を消費しているから負担は相当のはず。


「ジェームズ、いる?」

「はい、レン様。分身ですが」

 目の前の空間から出てくる執事。セイがぎょっとしたのが分かった。


「あれ倒せる?……いや倒しちゃダメなんだけど……」

 僕の声と共に、氷ゴーレムを見る執事。そして顔を強ばらせて、頷いた。


「可能な限り全力を尽くします。ですがレン様をお守りすることは……」

「僕のことはいいよ。とりあえず、あいつを弱体化させてほしいんだ」

 その言葉に、頭を下げる執事。


「御意」

 怪物に向かっていく執事。それを見て、声をかけてくるセイ。


「おいレン、あんな強いやつなんで最初から出さなかったんだよ」

「えー、だってジェームズ動物苦手なんだもん」

「あれが……動物に、見えるのか?」


 ゴーレムは執事に気付き、また氷柱ブレスを吐き出した。それを、一瞬で吹き消すジェームズ。そのまま、氷ゴーレムに火の玉をぶつけていく。表面が溶けて分裂していく岩。


「すっげ」

 目を輝かせるセイ。あっという間に全身の氷は解け、岩だけとなったゴーレムは崩壊していく。岩が音を立ててぶつかり、木がゆさゆさと揺れた。


 そんな轟音の中で、何かが耳に聞こえた気がした。ほんの一瞬だけど、誰かの叫び声みたいな。ゴーレムと反対の方向を見る。


 黒い塊が、こちらへと近づいてくる。あれは⋯⋯カイだ。どうしてここに?


「カイ!? どうしたの?」

 肩で大きく息をつき、それでも顔を上げるカイ。


「結界が張られていてっ、外に出られない! おそらく、ルミナスの皇居を守るためだろう」

 轟音をたてて岩が転がっている中でも、その声だけはくっきりと聞こえた。


「レン様!」

 ジェームズを振り返ると、火の玉が見えた。それは大きく、詠唱速度は速くなっている。ゴーレムがまた形を成そうとしていた。破壊されたところから凍っていく。


「レン様、敵は分裂してもまた復活します。どういたしますか?」

「え!?」

 分裂した岩が、まとまって小さなゴーレムに姿を変える。氷をまとったゴーレムは攻撃してくる!? なら、カイが危ない!


「カイ!」

 急いで木の上から飛び降りる。剣でゴーレムを倒していくけど、あとからあとから湧いてくる。切ったゴーレムもまた、合成されていってこのままじゃキリがない!


「敵の数が多すぎるぜ、レン!」

 木の上を移動しながら敵を倒していくセイ。氷漬けにしても、少したつと、その氷をも破壊してしまう。燃やしたら消滅するかもしれないけど、ジェームズの火力でも無理だった。


「おそらく本体を止めるしかないみたいだね」

 護身用の短剣で器用に敵を切りながら言うカイ。


 その時、小さな破裂音がして横から何かが出てきた。その煙は人型を作っていく。


「レン様、申し訳ありません、分身の力ではここまでのようです。おそらく、すぐにゴーレムの本体が復活してしまうかと」

「本当!?」


 本体が復活するなら誰が戦う? ていうか、結界が張られているんだったら、誰も助けもこないってこと!?


「ヤバいぜ、あの巨体が向かって来たら俺たちはひとたまりもない!」

 みるみるうちに復活したゴーレム。けれど、その大きさは少し小さくなっている。僕たちと戦っているゴーレムが、元に戻らなかったからだ。


「レン、危ない!」

 その声と共に体を押された。

 雪に手をつきながら振り返ると、顔をしかめるカイ。抑えられた左肩からは、血が流れていた。赤い液体が流れ落ち、白い雪を染めていく。僕のせいで、カイが。


「今度は小さいゴーレムが、氷を吐いた!? あの巨体を回復する必要がなくなったからか?」

 セイが苦しそうに声を上げる。いまやほとんどのゴーレムを彼が氷漬けにしてくれていた。


「ごめん! カイ、下がって!」

「平気だよ。けど、左手はもう使えない」

 器用に服を破って、止血を始めるカイ。その周りにいるゴーレムを払いながら、氷を炎で溶かしていく。段々と、足が重くなっていく。


「ごめん、レン、もう限界だ!」

 その声と共にセイが木の上から倒れ込むように落ちてきた。その姿はセイラに戻っている。


 二人をかばいながら、戦いをうまく進めないと。


 こっちの敵は燃やして、こっちは切って、燃やして、木を切って、岩を切って、燃やして……

 思考も動作も追いつかない。ただ、剣を振り、火を放つしかなかった。


 いつまでも気の抜けない長い闘い。切っても燃やしてもどんどんわいてくる敵。


「あっ!」

 手の力が抜けて、剣が吹っ飛んだ。その隙にゴーレムが石を投げつけてくる。顔に当たる! 避けようと思っても体が動かなかった。


 その石をはじく、軽快な音が響いた。石を投げたゴーレムが音を立てて凍り付く。


「ちょっと回復できたよ」

「あぁ、自分の身は守れるくらいにはな!」

 後ろを振り返ると、二人が立っていた。その顔には笑みが戻っている。


「レン、本体を止められるのはお前しかいない。あの巨体に気付かれないように、あの女起こしてこい!」

「うん、一発殴れば起きると思うよ」

「そうそう、とにかく暴走を止めてこい!」

「二人とも……気を付けて!」


 巨大ゴーレムに気付かれないように気配を消して、ミュリエルが浮かんでいる場所へと走る。彼女は浮かんでいた。寸分変わらず美しい顔で。なぜか腹が立ってきた。


「ミュリエル、君のためにみんな頑張っているのに」

 美しい寝顔。この顔を殴ることはさすがにできない。どうやったら目覚める? キスしたらとか? いやさすがに……


 いつの間にかあたりが黒くなっていた。上を見上げると、迫ってくる巨大な足。


「え、うわぁ!?」

 慌てて逃げ出すけれど、途中でふと気づいた。


 あれ? このゴーレム、ミュリエルを守ってるんじゃないの?


 走りながら振り返ると、彼女に迫っていく巨大な足が見える。ミュリエルはピクリとも動かない。


 暴走して使役者までも殺そうとしてる? このままじゃ彼女が潰される! 



 叫び声をあげながら全力で戻って、全身を抱きかかえる。そして、また全速力で走りだした。けれど、どう考えても足が迫ってくる速さの方が早い。


 このままじゃ、絶対につぶされる!


 遠くで、金属が折れる乾いた音。


 ふと、振り上げられた巨大な足が止まっているのに気づいた。影がこれ以上迫ってこない。それでも全速力で光の方へと向かう。あと、一歩で、出れる!


 影から出て油断したその一瞬だった。真上から、大きな拳が振り下ろされた。



 どさっという音がして、セイラが倒れた。その体は後ろにいても熱を感じるほど熱い。なんとか剣の柄で攻撃をはじき返すけれど、ついに手から短剣がはじかれた。



 時を同じくして、レンとカイ、二人は死を覚悟した。とまらない巨大な手、殴っても割れない固い岩。



 ミュリエルは、死なせない!

 セイラは、死なせない! 



 スローモーションの世界で、必死に彼女だけは守ろうと覆いかぶさる。

 二人に、ゴーレムが襲い掛かった――





 空気が揺らぎ、一瞬にして凍り付いた。耳鳴りがする。

 いつまでも来ない衝撃に、二人は目を開ける。

 そして、その目を見開いた。


 目に映る全ての物が、凍っていた。振り上げられた拳は、僅かなところで止まっている。


 その静かな世界で、ただ一人動いている人物がいた。物音一つない世界で、空中に浮かぶ異様な人影。無表情なその目には、冷たい光が宿っている。


 青い瞳。火は、赤よりも――青の方が熱い。



「誰の弟に手を出している」

 冷たい声が、凍った世界にこだました。

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