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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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42/50

42.最悪はいつでも炎がもたらす

 科学室の清掃の日。

 いつもより何だか薬品の匂いが濃かった。


 僕はフラスコを一つずつ拭いていた。チェルは隣で不満を垂れている。めんどくせぇ、と言いながらもその手はきびきびと動いている。セイラは今日使った薬品を元に戻すと言って、奥の方へ入っていった。


 この部屋の窓から見えるのは、ルミナス王国の大きい城。その城下町での賑わいは、オルフェオとはくらべものにならない。そんな様子を見て、ふと言葉が漏れた。


「チェルってさ、オルフェオ出身なんだよね」

「あぁ」

 やや戸惑いがちに、でも答えてくれる。


「やっぱり生活、苦しかった?」

「……まぁな」

 曖昧そうに言葉を濁して、視線をずらす。その物言いに、うつむいた。


「でも、それがすべてじゃねえってのは知ってる」

 その声にはっとして顔を上げる。ガラスの光を反射して、チェルの目はきらめいていた。瞳の中に、影が浮かび上がる。まるで誰かを映すかのように。


「その頑張りを、努力を、俺は知ってる」

 チェル……

 そんな沈黙が流れる空気を吹き飛ばすように、チェルが口を開いた。


「そういえば、びっくりしたよな! 今朝の新聞見たか?」

「新聞?」

 今日は新聞を見ていないけど、なにかあったっけ?


「あぁ、ルミナスの王女が婚約発表だろ?」

「え?」

 その口に開いた口が塞がらない。


「ミュリエルが……誰と?」

「えーと、たしかセルラルドの第一王子?」

 つまり、チトセだ。

 ミュリエルとチトセが? なんで? どういうこと、勢力図が、いやそれよりも、この時期(タイミング)の発表、それはつまり―― 


 僕の思考を妨げるように激しい爆発音がして、風圧で体が吹っ飛ばされた。ガラスが砕け、何かが倒れる音が響く。


「「!?」」

 奥の部屋で爆発!? そこにはセイラが!


「セイラ!?」

 大声で叫ぶけれど返事はなかった。焦げ臭い匂いと灰色の煙がこの部屋に漏れ出してくる。火事だ。よろよろと立ち上がって中に入ろうとすると、後ろから手を掴まれた。額から血を流したチェルが、僕の手を固く掴んでいた。


「この手を離して、チェル!!」

「いーや、それは無理だね」


 チェルを睨みつけて、手を振りほどこうとするけれど、強くてほどけない。


「早くしないとセイラが!」


 半分破壊された扉からはごうごうと火が燃え広がってくる。煙で、息がしづらい。


「なに行こうとしてんだよ、この馬鹿!」

「セイラを置いて逃げられないよ!」

「自分の命とどっちが大切なんだ! 中に入ったら最悪焼け死ぬぞ!!」


 チェルが僕を怒鳴りつけて、手を強く引っ張る。その意思は何よりも固い。


「それでもいいよ! 僕を見捨てて逃げればいい!」


 手を振り払おうともがきながら、僕も声を張り上げる。何かを決意したような瞳。


「お前を死なせたら俺が殺される」

 冷たい声。その不穏な言い方と雰囲気に、一瞬、息をのんだ。


「……けど、ただ、僕はセイラを助けたいだけなんだ!」

「ダメだ、お前は王子なんだから!」

「それなら、セイラだってそうだよ」


 僕の声に、目を開くチェル。その隙を狙って僕は手を振り払い、中へと踏み出していった。その瞬間、熱い熱気が押し寄せ、全身を焼け焦がそうと襲い掛かってくる。その熱気に負けないよう、必死に目を開いた時だった。


 視界の隅に、何かが動くのが見えた。赤い炎の中で、そこの空間だけが透き通るような水色をしている。その中心に、ありえないほど澄んだ光が見えた。あれはセイの魔法! やっぱり生きてたんだ!

 声を上げようとして、足が止まる。その横に、長い髪が揺れた。美しい、桜色の。


 嘘だ、どうして、ここに――


「セ、イ……」


 声にならない嗚咽が、喉から零れ落ちる。鼻を、焦げた匂いが重なる。


「おい、限界だ、逃げるぞ!」


 後ろから襟首をつかまれ、体が浮くような感覚がした。その音にセイがこちらを向いた。驚いた顔。


 次の瞬間、僕たちは冷たい地面の上に放り出された。どうやらチェルが転移魔法を使ったらしい。高度な魔法って、それより、それよりも!


「おい、あそこで俺が止めなきゃお前は……って、レン?」

 そう言いかけて、ぎょっとしたように僕を見る。


「どうした? 化け物でも見たような顔してるぜ?」

 たしかに、お化けだったらよかった。でも、見てしまったものは、変わらない。もう、分からない。何もかもが。


「セイが」

 必死に言葉を吐き出す。どこからか吐き気が襲ってきた。


「セイが!」

 火事の中で、セイが歩いていた。その横に見えたのは、腰まである桜色の髪。それはルミナス王国第一王女――ミュリエルだった。




 *

「まずいことになったよ」

「えぇ、非常に良くないですね」


 紅茶を注ぎながら、のんびりという執事。先生からの事情徴収を終えた時、空はもう暗くなっていた。

 あの火事は不審者の侵入ということで片づけられ、学院の警備が強化されたとか。入っちゃいけない執事がここにいる時点で、もう遅い気もするけどね。


 そんなことよりも!!


「まず、ミュリエルとチトセの婚約がわけわかんないよ。ミュリエルはまだしも、なんでチトセが出てくるの? 本当にあの人の頭がよめない!」

 そこで一息紅茶を飲んで、再び口を開く。


「それにセイが、本当になんでセイがミュリエルといたの!? さっきの爆発、なに、自演ってこと? あぁもう、セルラルド組って本当に!」

「レン様の頭を悩ませますね」

 ため息をつく僕に、共感するようにうなずく執事。


「そう、本当にね! どれだけノアの行動が単純なのか分かったよ!」

 ていうかそもそもノアを玉座から引きずり下ろすためだったのに、いつの間にかこんな事態になってるし。ため息をついて紅茶を流し込む。


「確かにセイ様のことは分かりませんが、チトセ様の意図は分かる気がしますが」

「チトセの?」

「えぇ、たしかチトセ様は、セイ様のことを大切に思っていますよね? 今回の件もセイ様に何か関係があるのでは?」

「確かに……」


 そういえば、チトセが話してくれた話。あの話に出てきた魔女が、ミュリエルだとしたら。


「チトセは――セイの呪いを解く代わりに、ミュリエルに婚約を迫られた?」

「そうだとしたら、セイ様は何をお考えなのでしょうか?」

「うーん、『俺の呪いは自分で解く!』ってこと? さすがにそんなわけないか」


 セイは味方だと信じている。けれど、セイが本当に、最初から僕を騙すことが目的だったとしたら? その罠にまんまと嵌っている自信しかない。


 セイラとの出会いも。恋に落ちることも。正体を明かすことも。確かに僕は、セイと出会って変わった。そうして僕の思考を鈍らせることも、セイに全部の信頼を預けることも、全て計算だったとしたら。


「……セイと約束したのに。もう裏切らないって!」

「レン様が心を許せる数少ない方でしたからね」

「うん、だって――親友だと思っていたから」


 そんなセイが、僕を裏切る? 

 あの夜、僕を見た瞳に嘘があった?


 僕と過ごしてきたセイの顔が浮かび上がる。


 いつも笑って、冷たいけど優しくて、余裕ある顔でからかってきた。同い年とは思えないほど、強くてそしてカッコいい友達。自慢の親友!


 セイが僕を裏切れる? 


「セイが……僕を裏切るはずがない。ミュリエルといたのは、何か理由があるはず、だよ」

「その自信はどこからくるのですか?」

「だって僕だよ? この()を裏切れるわけないよ?」

「ふ、そうですね。ご主人様の重い愛から逃げられる人は、この世には存在しませんから」


 レン様といる時のセイ様はいつも楽しそうです。第二王子の時とは、まるで別人のように錯覚してしまうほどに。ご主人様の友達は、演技が上手いのでしょうね。


「え、僕そんなにデレデレしてるの?」

「いえいえ分かるのは私くらいですよ。ところで、これからどうなさるのですか?」

「──セイに会って、なんで僕を頼ってくれないのか聞く! あと約束破ったから、一発ぶん殴る!」


 裏切られるのは二回目だし、流石に怒る、僕も!


「でもどうやって会おう? 絶対、僕の前には現れないよね」

「そうですね、ミュリエル様のもとにはいそうですが……」

 首をかしげるジェームズ。


「ミュリエルに会ったら、僕、もう殺される気がするよね。実際、刺客差し向けられてるし」

「あ、言い忘れていました。この国に来てからレン様は三百人くらいに襲われています」

「うぇ、そんなに?」


 表向き有効とはいえ、ここはルミナス(他国)だ。第三王子でも僕が死んだら得をする人はいる。


「ネフト王子のもとへセイ様と向かわれていた時は凄かったですよ。エレナさんと共闘して敵を排除していましたから。お互い大変ですよ」

「街を歩いてるだけだったのに!? ……たぶん僕、お前がいなかったら外に出られないよ」


 まぁネフト王子の城は皇居だし、敵の本拠地に殴り込みに行くようなものだもんね。そういえば、あの時セイが手配してくれたけど、もしかしてミュリエルに頼んでたりして。


「そういえば、ルミナスの王家から手紙が来ておりました」

 そう言って執事は僕に手紙を差し出す。それは、晩餐会への招待状だった。


「ルミナス国王からの誘いだってさ。どうせミュリエルが持ち掛けたんだと思うけど」

 でも、これはいい機会だ。たとえミュリエルでも、国王の前で僕を殺すことはできない。それにあのポンコツ王子もいるはず。



『母上は――異常だ』

 王子の声がよみがえる。噂の夫婦――ルミナス国王と王妃のご対面だ。

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