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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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40/50

40.最炎な記憶の彼方に

「カイ、レン、おいで。今日から新しい家族がくるのよ」

 そう言う母上の横には、知らない女の人がいた。そして女の子と、その後ろに隠れる男の子。


「始めまして、私はソフィア。ほら、ミュリィ、アドル挨拶してね」

「ミュリエルです! よろしくねっ!」

「……アドルです」


 それが、ミュリエルとアドルとの出会いだった。ミュリエルは明るく活発で、新しいお姉さんができたようだった。アドルは人見知りだったけど、すぐに友達になった。僕達は一緒に森を探検したり、絵を描いたり、ご飯を食べたり。そんな僕たちを見ながら母上はソフィアと楽しそうに喋っていた。



 そんなある日のことだった。

 母上は公務、ソフィアは夕ご飯の支度をするらしく早めに帰ってしまい、四人だけで遊んでいた。みんなで木登りをしている時に、僕が足をひねってしまう。


「ミュリィ、アドル、先にレンを屋敷まで送るから待っててくれる?」

「えー大丈夫だよ、今日くらい」

「それにお腹空いたし、早く帰りたいよ!」

「とにかく、急いで戻ってくるから待ってること」

「はーい」


 僕たちが遊ぶとき、一つだけ守らなければいけない約束があった。それは、僕とカイが、ミュリエルとアドルを必ず家まで送り届けること。


 カイとレンの姿が見えなくなった後、ミュリエルとアドルは顔を見合わせて頷いた。そして家の方向に駆け出していく。そんな二人を木陰から、いくつもの目が覗いていた。



 *

「ごめんカイにい、足ひねっちゃって」

「レンはアドルを庇ったんだから、むしろ誇るべきだよ」

 そう幼い弟を慰めるものの、幼いカイにとって自分とそう変わらない弟をおぶることは、体力的に苦しかった。ゆっくりとしか進めず気が付けば辺りは暗さを持ち始めている。


「なんだか怖いよ。お化けでてきそうだよ」

「お化けなんて存在しないさ」

 カイはそうレンを元気づけるけれど、夜の森は不気味な雰囲気を醸し出していた。冷たい北風は、二人を突き刺すように吹き荒れる。


「レン、寒い? 大丈夫?」

「ううん、寒くないよ。だってこんなに火があるんだもん」

「火?」


 レンの言葉に後ろを振り向くカイ。そして、目を見張った。遠くの方から燃え盛る火が、ここら一帯を燃やしていた。


「っ、あ、ミュリィ、アドル……」

「カイにい? どうかしたの?」


 幼いレンはまだ火という物を分かっていない。暖炉に燃えるそれは、いつだって暖かく安全なものだったから。けれど、カイは分かっていた。燃え盛る火が、ソフィアたちの家の方にあることを。


「カイにいどうしたの!?」

「レン、走るからちゃんとつかまっていてね」


 カイの頭はソフィアたちのことでいっぱいであった。けれどそんな中でも、幼い大切な弟を危険な目に合わせる訳にはいかない――そのほんの少しの理性が、今すぐにでも後ろに走り出したい思いを抑えていた。


「カイにいそんなに走ったら危ないよ!」

「いいから黙って――」


 と叫びかけたその足が止まる。木の陰から出てきた人影が、カイたちの前に立ち塞がっていた。頭をバンダナで巻いた熊のような大男と、背中に大きな刀を刺した男。カイの頭は危険信号を告げる。けれどその威圧感に、足が動かなかった。


「あら。こんなにかわいい坊やたちじゃない」

「俺たちに与えられたのは目撃者の抹殺。とっとと任務を遂行するぞ」

「あらぁ残念。じゃあ、死んでもらいましょうか」


 その声とともに男たちの体が消え、空気が揺らぐ。瞬間カイの足は宙を蹴り後ろへと大きく飛んでいた。


「うわぁ痛いよカイにい、背中にぶつかっちゃったよ」


 肩で大きく息をするカイに、のんきなレンの声が響く。カイの頬には一筋の赤い線が走っていた。一方男たちはその場で睨み合っていた。


「あらぁ手ごたえがないわね」

「おい、てめぇも切っちまうだろうがこの脳筋。ちったあ考えて動けよ」

「何を言うの、あの坊やたちを殺すのは、このワタシよ」

 二人から漏れる殺気に()られまいと、鳥たちも命からがら逃げていく。


「あ? もともとてめえと組むのは反対なんだよ」

「奇遇ね、ワタシもよ。この堅物」

 そこで熊のような男が、閃いたように手を叩く。


「そうだ、坊やたちに決めて貰いましょう。一体どっちに……って、逃げちゃったじゃないの」


 ゆっくりと後退したカイは全速力で逃げ出していた。城へ帰るには、あの男達をどうにかしなければならない。けれど、カイは本能的に、あの化け物に殺されると確信していた。それなら――後退をした方が、まだ生きられる確率は高い!


「決まりだな。見つけた方が――」

「殺せるってわけね! あぁん、ドキドキしてきちゃった!」

 その声と共に二人の姿は瞬く間に消える。後に残された空気は、その速さに追いつけず微かに揺らいでいた。



「ねぇええカイにいぃぃぶつかって痛いってええ」

 レンの頭が高速でカイの肩にぶつかり、痛みに悲鳴を上げる。そんなレンを気遣う余裕が今のカイには無い。その頭の中にあったのは――とにかくレンを生かす、それだけだった。


「レン! まだ足痛い?」

「うーん、あれ、なんか痛くない!」

 始めてかけた治癒魔法。成功していることを願いながら、速度を落としていく。


「じゃあレン、今から隠れんぼをしよう、誰にも見つからない場所に隠れて! 誰が来ても返事をしないでね、分かった?」

「今から? うん、いいよ!」


 暗い時間まで遊んだことのないレンは、その興奮で胸が高鳴っていた。カイは止まり、レンを地面に下ろす。


「じゃあ、よーいどん!」

 その合図に笑い声を上げて走っていくレン。その後ろ姿を見送りながら、深く深呼吸をして息を整える。すっと後ろから、大男が現れた。


「あーら? かわいこちゃん一人しかいないじゃないの」

「僕じゃ不満ですか?」

「いーえ、遊んだ後に見つけるから大丈夫よ」

「それを聞いて安心しました」


 カイは手を空に掲げる。その様子を見て、大男は眉を上げた。いつの間にか、カイの後ろには奇妙な人影が浮かんでいた。


「セイレーン、此奴を食い殺せ」

「あらあら他の女を呼ぶなんていただけないわ!」

 カイの従魔と大男がぶつかり合った――



 一方その頃、刃物を持った男は頭をかきながら歩いていた。


「ったく、割に合わない仕事だよ」

 その声は静かに闇夜に溶けてゆく。


「こんな大がかりなこと、()()でやんなくてもいいだろうが……どっかの王様の庭なんだろ?」

 男の声に滲むのは、苦労か、反感か、それとも――


「あーあ俺も女のほうがよかったな。あんなオカマと一緒じゃなくて」

 そこで立ち止まる。闇夜に紛れて姿を現したのは、小さい子供だ。


「はぁ、こんなハエ退治したくもないんだがな」

 男の声と共に刀が抜かれ、少年を襲った――



 *

 レンは木のうろの中でじっと息をひそめていた。けれど幼い子は、長時間じっとしていることはできない。それはレンも例外ではなかった


「カイ、遅いなぁ。もう三十分はたったよ!」

 実際には五分にも満たない時間なのだが――飽きてきたレンはよいしょっと木の穴から顔を出した。


「わぁ、あそこまで火がきてる!」

 けれどそれ以上に、灰色の煙が喉を襲う。


「げほっ、これ喉が痛い! 逃げろ~っ!」

 キャッキャしながらお家への帰り道をたどる。その視界に映ったのは、さっきの熊のような男だった。


「すみません、カイ知りませんか? 僕のお兄ちゃん!」

 無邪気な声に振り返る大男。その顔には赤いものが飛び散っていた。


「わぁ血が出てる? 大丈夫ですか!?」

「えぇ、平気よ。君のお兄ちゃんは――この子かしら?」


 大男は左手で掴んでいたものをずいっと突き出す。人形のようにカクカクとした手。その顔は青白く、生気を失ったように見える。


「カイ! そうです、お兄ちゃん!」

「よかったわねぇ。じゃあ、あげるわね」

 ぐしゃっという音と共にレンの前に投げ出される人形(カイ)。嬉しそうに肩を揺さぶるレンは、そのうつろな目を見て手を止める。


カイが、動かない。


「……ねぇカイが、動かないよ」

「そうねぇ。ワタシがちょーっと壊しちゃったからねぇ」

 嬉しそうに目を輝かせ、頬を赤らめる大男。その顔が固まった。


「カイ、カイ……動いてよ」

 レンの後ろの影がどんどん大きくなっていく。

 大男は舌なめずりをした。その額から一滴、汗が滑り落ちる。


「ちょっと、興奮させてくれるじゃないの!」

「カイ……カイを……返せ!!」

 爆音が響いて森の木がみしみしと折れていく。



 *

「あれは……」

 かけていく小さい足音を聞いて、木に身を潜めていた男は深く息を吐いた。


「行った、か……?」

 その声を最後に、刀を握りしめたまま気を失う男。その背中には深い傷跡が残されていた。



 *

「うーん」

 目を覚めると、白い医務室の天井が見える。横でうとうとしていた母上が、抱き着いてきた。


「レン、あぁよかった、レン!」

「ははうえ?」

「えぇ」

 目を潤ませた母上が、僕の目を見つめる。そこで何かに気がついたように身を引いた。


「あなた、レンが目覚めたと陛下に伝えてちょうだい」

 廊下をかけていく音を聞きながら、頭が痛くなっていく。

 なんで、僕はここに寝ているの? カイは――そうだ、カイは?


「カイは?」

「カイは……あそこで寝てるわ」

 母上が指さす方向は、毛布でよく見えなかった。

 廊下から騒がしい音がして、扉が大きく開く。


「レン、起きたか」

 父上が僕のもとに近寄ってくる。


「うん!」

 その返事を聞いて父上と母上は顔を見合わせる。


「レン……昨日、お前は、部屋で一日中遊んでいた」

「え? ううん、僕、森で――」

 母上を見ようとすると、顔を大きな手で覆われる。


「レン……そう、だな?」

 震えた声と共にだんだんと眠気が襲ってくる。

 その隙間から見えたのは――母上の顔につたる涙だった。

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