39.ルミナス王国第一王子ネフト
「やっぱ王女様か、俺に呪いかけてたの」
「え? セイ、知ってたの!?」
「や、そうかなとは思ってたけど。大体、犯人の目星くらいはついてるだろ?」
休日、僕とセイはルミナスの城下で散歩をしていた。セイはセイラの姿をしているけれど、レベッカがいない休みの日なら僕と会っても平気らしい。肌寒い風が足元を唸り吹き抜けていく。
「てかさ、それあれじゃねーの? 黒幕」
「え? 誰?」
「んーと、誰だっけ、ほら、ルミナスのあの……あ、ネフト王子!」
目を輝かせていうセイ。ねふと? そんな人いたっけ?
「ルミナス王国、ネフト・ルミナシア・フリード。正真正銘の第一王子だ」
「ほう」
人差し指をピンと立てて、得意げに言うセイ。
「だけど、王位継承権第一位じゃない。な、不思議だろ?」
「確かに、なんかあるかもね。じゃあ接触してみる? でもただ城に行っても門前払いされて終わりそうだよね」
「あ、俺、ちょっと当てがあるから。上手くいけば、今晩にだって会えるかもしれない」
「今晩? ってそれ、ルミナスの貴族でも引きずり込んだの?」
にやり、とほほ笑むセイ。ルミナスの内情にも詳しいし、この王子――。まぁさすがに今晩の接触は無理だよね、とか思っていたら。
*
あっという間に夜になった。夜空には星が輝いている。
僕らの目の前にいるのは――ルミナス王国第一王子。
「わざわざお時間を取らせていただき、ありがとうございます」
握手を求め差し出すセイの手には、白い手袋がはめられている。
「いえ、お構いなく」
無表情で握手を返すネフト王子。そしてそのままどさっとソファに腰かけた。横目で僕をチラリと見つめる。
「そちらの方は?」
「あぁ、僕の執事です。心配性なもので。同席させても?」
「構わないですが」
王子に礼をしながらも、納得できない。なんで僕、執事の変装をさせられてるの?
「それで、話というのは?」
「いやー、噂を聞きまして。どうやら、とある計画を立てている輩がいるそうですね」
「へぇ、その計画というのは?」
「詳しくは知りませんが、世界を滅ぼす計画だとか。いやー恐ろしいですね」
「はぁ」
「そして!」
勢いよく立ち上がるセイに肩を揺らす王子。セイはそのままテーブルに手をついて、王子の方へ身を乗り出す。
「それを組織しているのがミュリエル様だという噂が。そこで、その計画を阻止するため、ミュリエル様暗殺計画が進んでいるのです!」
「はあっ!? そそそれは本当か??」
その言葉につられて立ち上がる王子。その様子を見ながら、セイはその耳元にささやいた。
「えぇ。それを先導しているのは、なんていったってわたくしですから」
その言葉に王子の目が見開かれる。セイはくるりと回転し、大きく手を鳴らした。
「そこでぜひとも、あなた様に協力を伺いたく参りました! ミュリエル様が亡き者になれば、あなたがルミナスの次期国王となりますので! さぁ、どうですか?」
王子はうつむいたままだった。小さな呻きが聞こえる。
「ミュリエルを」
「はい」
「ミュリィを暗殺だとーっ!?許すわけがないだろう!彼女は世界で一番大切な人なんだから!!」
「はい?」
「つやつやと光る桜色の髪の毛!ぱっちりと開いた大きな瞳には、隠しきれない愛らしさが詰まっている!あぁミュリィ、僕の大事なミュリィっ!!」
「は?」
「お前はぼくが、この僕が!!ミュリィを殺すと思うのかい!思わないだろう?そしてミュリィは誰にも殺させない。だってミュリィは僕のものだから!死ぬときも一緒だ。あぁ、誰も僕たちを引き裂けない、なんたって運命の赤い糸で結ばれているんだから!」
そして誰かがいるかのように目の前の空気を抱きしめるネフト……王子?
その様子に僕たちは呆気に取られていた。空気を抱きしめるのに満足したのか、若干血走った目がこちらを向く。
「それで?お前らミュリィを殺すと言ったな?世界一可愛い僕の天使を殺すだと??そんなもの許さない、僕が、僕がお前らをっ!」
「え、ちょ」
王子の剣が腰から引き抜かれ、セイに突き付けられた。
「お前らを、殺してやるぅっ!!」
セイの額からは汗が一滴滑り落ちる。えこれ、執事として助けた方がいいの?
その時扉をたたく音と共に誰かの声が聞こえた。
「ネフトちゃん? 随分と騒がしいけれど大丈夫?」
その声に焦ったように剣を収めて、大声で返事をする王子。
「大丈夫だよ母上、もう子供じゃないんだから」
「そう? 分かったわ」
足音が遠ざかっていき、間抜けな王子がため息をつく。セイは笑いをこらえている。使えない主人の代わりに、慌てて口を開く。
「えーと、じ、実は主人とわたくしは、ミュリエルの親衛隊なんです!」
「ふ、そうなんです! ですがその隣はネフト様だと信じておりました、なにせ二人はすごくお似合いですから!」
「おぉ、そうだろう、ミュリィは僕の隣にいてこそ美しく輝く!」
そこでセイが一段と声を低くする。
「ですがネフト様の先ほどのため息……わたくしは心配でたまらないのです!」
そこで今度は声を高く張り上げた。ため息なんて、ついてたっけ?
「ですのでどうか、悩みを打ち明けてはいただけませんか?ミュリエル様に心配をかけてはいけませんし……」
「ミュリィに心配を!?そんなものは掛けられん!実はだな――」
その後ポンコツ王子が話してくれたのは、実母のミュリエルに対して行われる数々な虐待の様子だった。
「母上は俺を自分の権力を高める道具としか思っていない。だからミュリィが憎くてしょうがないんだ。……彼女の体に残る数々な傷を、僕は知っている」
「王子が母親を咎めてみては?」
セイのアドバイスにも、王子は肩をうなだれる。
「母上は、ミュリィが生きていると知った時に刺客を差し向けた。父上の命令に背いて」
「おや? ミュリエル様はもともと王宮にいらっしゃらなかったのですか?」
セイの問いにため息をつく王子。
「あぁ……ミュリィの母は母上と仲の良いメイドでな。それなのに俺の父上が無理やり……母上は嫉妬に狂い権力を求め、メイドは行方をくらました。その後、ミュリィはオルフェオで発見さたんだ」
「オルフェオ?」
僕の声に、王子は頷く。
「メイドの姉がオルフェオの妃だったんだ。そこで、匿って貰っていたらしい」
オルフェオの妃って……じゃあ、そのメイドは――母上の妹!?
「なぜミュリエル様だけが?」
「母親とミュリィの弟は賊に殺されたらしい。何故か父上はミュリィにだけ懸賞金を掛けていてな」
その言葉に、胸の奥がざらりとした。それに、とネフトは言葉を続ける。
「生きていたとしても、母上の刺客に殺されているだろう。なにせ彼女の弟が生きているとなると、俺が国王になる確率は余計に低くなるからな」
そう言ってため息をつく王子。その背中を押すのは、厄介な父親と狂気な母親……
「だが僕はミュリィに惚れた。壮大な過去を背負ってなお貫くその信念に惹かれたんだ」
そうきっぱり言い切った王子の瞳は輝いていた。もしかしたら――誰よりも辛い運命を背負っているのはこの人かもしれない。この話も、劣悪な環境の中ちょっと抜けている程度で済んだことは逆に奇跡だ。
「俺が彼女と結婚して国王となり、その権力を譲ればいい。けれど父上がミュリィを王にするのは確実で、母上は今日も彼女を痛めつける。僕はただ、見過ごすことしかできない」
「もう結婚してしまえばいいのでは?」
言葉を繰り出すセイ。その声色には若干の呆れが混じっている。
「俺が、彼女の合意なしにはできるとでも?」
王子の瞳が鋭くなった。セイが慌てて手を前で振る。
「いいえ、そうでは――」
その様子を見て、王子はまたため息をついた。
「だが、もうすぐ俺もミュリィも二十歳になってしまう。時間がないんだ」
「王妃の行いを国王は知らないんですか? 陛下はミュリエル様を愛しているのに?」
「父上は、女に関してはその、アレだ。母上は狡猾で、自分で人を殺める勇気などない。だからいつも他人を使う」
「まぁ……ことの元凶、大体国王様ですもんね」
低い音が鳴り響いて、夜の八時を知らせる。時計を見た王子は、慌てて立ち上がった。
「もうこんな時間だ。話すと気持ちが少しばかり軽くなった。ありがとう、宝石商」
「……宝石商?」
「ん、違ったか?」
「いえいえ、また何かあればお呼びください。いつでも駆けつけますので」
「あぁ助かる。このことは内密に頼むぞ、特にミュリィには、な」
沢山の執事とメイドに見送られて、僕たちは屋敷を後にした。夜の市場はところどころに火がともり、それを反射して並べられた品物が光っていた。手袋を外しながら、セイが口を開く。
「この国、本当に複雑だな。まぁ、一旦整理しようぜ」
「うん。まず、なんで僕が執事なの? ていうかセイ、宝石商だったの!?」
「あぁ、まあそれはまぁ……ほか」
どうでもよさそうに、ひらひらと手を振るセイ。
「え――僕とミュリエルって従妹なんだ!?」
「あぁそれはびっくりした。でも、言われてみれば、ちょっと似ているかもな」
僕をじろじろと見る。
「あの超絶美女と? どの辺が?」
「うーん、顔? あと、不意に出るカリスマ。ま、俺の方がかっこいいけどな?」
「次! あのポンコツ王子……なりたくてなった訳じゃないんだね」
「あー、よくあそこまでまっすぐ育ったよな。“俺”って言う時は王子で、“僕”はネフトで、使い分けは出来ていたし。あの切り替えといい、頭は悪くない。やっぱメイドの教育のお陰か?」
メイド……母上の妹がもし、あの王子を世話していたとしたら。その性格が見えてくるような気がした。
「つーかレン、お前、ミュリエルに会ったことないのか? あれはつまり、オルフェオで匿ってたってことだろ?」
「うーん、僕、幼いころの記憶ないんだよね。曖昧っていうか……」
「忘れたってことか? そんな記憶力でこの先大丈夫かよ?」
目を大きくして、振り返るセイ。その顔を殴りたい気持ちを抑える。
「違うよ! そう意味じゃなくて……多分、意図的に消されている、と思う」
「マジで?」
セイの足が止まった。こちらに向き直り、心配そうな顔を浮かべる。
「それって、誰かに消されたってことか? レン……怪しい取引現場でも見たのか?」
「それは無いけど……とにかく思い出してみるよ?」
ものすごく小さい頃は覚えている。光り輝くおもちゃで、いつも遊んでいた。森で一日中走り回った時もあった。誰かを、もう少しで捕まえられそうで。振り向いたその子の顔は……
森?
遠くで歓声が上がる。立ち止まっている間に、もうセイの姿は小さくなっていた。屋台の火を一瞬で消し、水を操り始める。周りの小さな子供達は、透明なペガサスに心を奪われていた。その横で一人の男が頭を下げている。セイは笑って、いいって、と言わんばかりに手を振る。もしかしたら、火事になりかけていたのかも。
……火事?
火事、森。燃えさかる炎がどこまでも広がり、空へと煙が舞い上がる。たしか、泣いているカイがいて。誰かに手をかざされて、それから外出禁止になった。そして勉強と鍛錬に打ち込むようになって、それから……
「レン?」
目の前にいるのは、セルラルドの第二王子。
記憶が川のように流れ込み、海へと繋がっていく。
「しゃ、しん……」
「写真?」
そうだ、あの写真。母上からの手紙に入っていたあの写真!
森で寝転ぶ、五人の子供たち。
僕と、カイと、ノアと、あの女の子はミュリエルだったんだ。じゃあ、残りの一人が……
必死に記憶を呼び起こす。僕の隣に寝ている、男の子。黒い髪に、切れ長の瞳。そんな我が子を切なそうに見つめる女性。
「……思い出したよ。消されていた、あの日の記憶を」
セイが怪訝そうに僕を見つめる。どうして思い出せなかったんだろう。
「全部を――あの日、ミュリエルがいなくなった日、何があったのかを」




