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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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39/50

39.ルミナス王国第一王子ネフト

「やっぱ王女様か、俺に呪いかけてたの」

「え? セイ、知ってたの!?」

「や、そうかなとは思ってたけど。大体、犯人の目星くらいはついてるだろ?」


 休日、僕とセイはルミナスの城下で散歩をしていた。セイはセイラの姿をしているけれど、レベッカがいない休みの日なら僕と会っても平気らしい。肌寒い風が足元を唸り吹き抜けていく。


「てかさ、それあれじゃねーの? 黒幕」

「え? 誰?」

「んーと、誰だっけ、ほら、ルミナスのあの……あ、ネフト王子!」

 目を輝かせていうセイ。ねふと? そんな人いたっけ?


「ルミナス王国、ネフト・ルミナシア・フリード。正真正銘の第一王子だ」

「ほう」

 人差し指をピンと立てて、得意げに言うセイ。


「だけど、王位継承権第一位じゃない。な、不思議だろ?」

「確かに、なんかあるかもね。じゃあ接触してみる? でもただ城に行っても門前払いされて終わりそうだよね」

「あ、俺、ちょっと当てがあるから。上手くいけば、今晩にだって会えるかもしれない」

「今晩? ってそれ、ルミナスの貴族でも引きずり込んだの?」


 にやり、とほほ笑むセイ。ルミナスの内情にも詳しいし、この王子――。まぁさすがに今晩の接触は無理だよね、とか思っていたら。



 *

 あっという間に夜になった。夜空には星が輝いている。

 僕らの目の前にいるのは――ルミナス王国第一王子。


「わざわざお時間を取らせていただき、ありがとうございます」

 握手を求め差し出すセイの手には、白い手袋がはめられている。


「いえ、お構いなく」

 無表情で握手を返すネフト王子。そしてそのままどさっとソファに腰かけた。横目で僕をチラリと見つめる。


「そちらの方は?」

「あぁ、僕の執事です。心配性なもので。同席させても?」

「構わないですが」

 王子に礼をしながらも、納得できない。なんで僕、執事の変装をさせられてるの?


「それで、話というのは?」

「いやー、噂を聞きまして。どうやら、とある計画を立てている輩がいるそうですね」

「へぇ、その計画というのは?」

「詳しくは知りませんが、世界を滅ぼす計画だとか。いやー恐ろしいですね」

「はぁ」

「そして!」

 勢いよく立ち上がるセイに肩を揺らす王子。セイはそのままテーブルに手をついて、王子の方へ身を乗り出す。


「それを組織しているのがミュリエル様だという噂が。そこで、その計画を阻止するため、ミュリエル様暗殺計画が進んでいるのです!」

「はあっ!? そそそれは本当か??」

 その言葉につられて立ち上がる王子。その様子を見ながら、セイはその耳元にささやいた。


「えぇ。それを先導しているのは、なんていったってわたくしですから」

 その言葉に王子の目が見開かれる。セイはくるりと回転し、大きく手を鳴らした。


「そこでぜひとも、あなた様に協力を伺いたく参りました! ミュリエル様が亡き者になれば、あなたがルミナスの次期国王となりますので! さぁ、どうですか?」


 王子はうつむいたままだった。小さな呻きが聞こえる。


「ミュリエルを」

「はい」

「ミュリィを暗殺だとーっ!?許すわけがないだろう!彼女は世界で一番大切な人なんだから!!」

「はい?」

「つやつやと光る桜色の髪の毛!ぱっちりと開いた大きな瞳には、隠しきれない愛らしさが詰まっている!あぁミュリィ、僕の大事なミュリィっ!!」

「は?」

「お前はぼくが、この僕が!!ミュリィを殺すと思うのかい!思わないだろう?そしてミュリィは誰にも殺させない。だってミュリィは僕のものだから!死ぬときも一緒だ。あぁ、誰も僕たちを引き裂けない、なんたって運命の赤い糸で結ばれているんだから!」


 そして誰かがいるかのように目の前の空気を抱きしめるネフト……王子? 

 その様子に僕たちは呆気に取られていた。空気を抱きしめるのに満足したのか、若干血走った目がこちらを向く。


「それで?お前らミュリィを殺すと言ったな?世界一可愛い僕の天使を殺すだと??そんなもの許さない、僕が、僕がお前らをっ!」

「え、ちょ」

 王子の剣が腰から引き抜かれ、セイに突き付けられた。


「お前らを、殺してやるぅっ!!」

 セイの額からは汗が一滴滑り落ちる。えこれ、執事として助けた方がいいの?

 その時扉をたたく音と共に誰かの声が聞こえた。


「ネフトちゃん? 随分と騒がしいけれど大丈夫?」

 その声に焦ったように剣を収めて、大声で返事をする王子。


「大丈夫だよ母上、もう子供じゃないんだから」

「そう? 分かったわ」

 足音が遠ざかっていき、間抜けな王子がため息をつく。セイは笑いをこらえている。使えない主人の代わりに、慌てて口を開く。


「えーと、じ、実は主人とわたくしは、ミュリエルの親衛隊なんです!」

「ふ、そうなんです! ですがその隣はネフト様だと信じておりました、なにせ二人はすごくお似合いですから!」

「おぉ、そうだろう、ミュリィは僕の隣にいてこそ美しく輝く!」

 そこでセイが一段と声を低くする。


「ですがネフト様の先ほどのため息……わたくしは心配でたまらないのです!」

 そこで今度は声を高く張り上げた。ため息なんて、ついてたっけ?


「ですのでどうか、悩みを打ち明けてはいただけませんか?ミュリエル様に心配をかけてはいけませんし……」

「ミュリィに心配を!?そんなものは掛けられん!実はだな――」


 その後ポンコツ王子が話してくれたのは、実母のミュリエルに対して行われる数々な虐待の様子だった。


「母上は俺を自分の権力を高める道具としか思っていない。だからミュリィが憎くてしょうがないんだ。……彼女の体に残る数々な傷を、僕は知っている」

「王子が母親を咎めてみては?」

 セイのアドバイスにも、王子は肩をうなだれる。


「母上は、ミュリィが生きていると知った時に刺客を差し向けた。父上の命令に背いて」

「おや? ミュリエル様はもともと王宮にいらっしゃらなかったのですか?」

 セイの問いにため息をつく王子。


「あぁ……ミュリィの母は母上と仲の良いメイドでな。それなのに俺の父上が無理やり……母上は嫉妬に狂い権力を求め、メイドは行方をくらました。その後、ミュリィはオルフェオで発見さたんだ」

「オルフェオ?」

 僕の声に、王子は頷く。


「メイドの姉がオルフェオの妃だったんだ。そこで、匿って貰っていたらしい」

 オルフェオの妃って……じゃあ、そのメイドは――母上の妹!?


「なぜミュリエル様だけが?」

「母親とミュリィの弟は賊に殺されたらしい。何故か父上はミュリィにだけ懸賞金を掛けていてな」

 その言葉に、胸の奥がざらりとした。それに、とネフトは言葉を続ける。


「生きていたとしても、母上の刺客に殺されているだろう。なにせ彼女の弟が生きているとなると、俺が国王になる確率は余計に低くなるからな」

 そう言ってため息をつく王子。その背中を押すのは、厄介な父親と狂気な母親……


「だが僕はミュリィに惚れた。壮大な過去を背負ってなお貫くその信念に惹かれたんだ」


 そうきっぱり言い切った王子の瞳は輝いていた。もしかしたら――誰よりも辛い運命を背負っているのはこの人かもしれない。この話も、劣悪な環境の中()()()()抜けている程度で済んだことは逆に奇跡だ。


「俺が彼女と結婚して国王となり、その権力を譲ればいい。けれど父上がミュリィを王にするのは確実で、母上は今日も彼女を痛めつける。僕はただ、見過ごすことしかできない」

「もう結婚してしまえばいいのでは?」

 言葉を繰り出すセイ。その声色には若干の呆れが混じっている。


「俺が、彼女の合意なしにはできるとでも?」

 王子の瞳が鋭くなった。セイが慌てて手を前で振る。


「いいえ、そうでは――」

 その様子を見て、王子はまたため息をついた。


「だが、もうすぐ俺もミュリィも二十歳になってしまう。時間がないんだ」

「王妃の行いを国王は知らないんですか? 陛下はミュリエル様を愛しているのに?」

「父上は、女に関してはその、アレだ。母上は狡猾で、自分で人を(あや)める勇気などない。だからいつも他人を使う」

「まぁ……ことの元凶、大体国王様ですもんね」


 低い音が鳴り響いて、夜の八時を知らせる。時計を見た王子は、慌てて立ち上がった。


「もうこんな時間だ。話すと気持ちが少しばかり軽くなった。ありがとう、宝石商」

「……宝石商?」

「ん、違ったか?」

「いえいえ、また何かあればお呼びください。いつでも駆けつけますので」

「あぁ助かる。このことは内密に頼むぞ、特にミュリィには、な」


 沢山の執事とメイドに見送られて、僕たちは屋敷を後にした。夜の市場はところどころに火がともり、それを反射して並べられた品物が光っていた。手袋を外しながら、セイが口を開く。


「この国、本当に複雑だな。まぁ、一旦整理しようぜ」

「うん。まず、なんで僕が執事なの? ていうかセイ、宝石商だったの!?」

「あぁ、まあそれはまぁ……ほか」

 どうでもよさそうに、ひらひらと手を振るセイ。


「え――僕とミュリエルって従妹なんだ!?」

「あぁそれはびっくりした。でも、言われてみれば、ちょっと似ているかもな」

 僕をじろじろと見る。


「あの超絶美女と? どの辺が?」

「うーん、顔? あと、不意に出るカリスマ。ま、俺の方がかっこいいけどな?」

「次! あのポンコツ王子……なりたくてなった訳じゃないんだね」

「あー、よくあそこまでまっすぐ育ったよな。“俺”って言う時は王子で、“僕”はネフトで、使い分けは出来ていたし。あの切り替えといい、頭は悪くない。やっぱメイドの教育のお陰か?」


 メイド……母上の妹がもし、あの王子を世話していたとしたら。その性格が見えてくるような気がした。


「つーかレン、お前、ミュリエルに会ったことないのか? あれはつまり、オルフェオで匿ってたってことだろ?」

「うーん、僕、幼いころの記憶ないんだよね。曖昧っていうか……」

「忘れたってことか? そんな記憶力でこの先大丈夫かよ?」

 目を大きくして、振り返るセイ。その顔を殴りたい気持ちを抑える。


「違うよ! そう意味じゃなくて……多分、意図的に消されている、と思う」

「マジで?」

 セイの足が止まった。こちらに向き直り、心配そうな顔を浮かべる。


「それって、誰かに消されたってことか? レン……怪しい取引現場でも見たのか?」

「それは無いけど……とにかく思い出してみるよ?」


 ものすごく小さい頃は覚えている。光り輝くおもちゃで、いつも遊んでいた。森で一日中走り回った時もあった。誰かを、もう少しで捕まえられそうで。振り向いたその子の顔は……


 森?


 遠くで歓声が上がる。立ち止まっている間に、もうセイの姿は小さくなっていた。屋台の火を一瞬で消し、水を操り始める。周りの小さな子供達は、透明なペガサスに心を奪われていた。その横で一人の男が頭を下げている。セイは笑って、いいって、と言わんばかりに手を振る。もしかしたら、火事になりかけていたのかも。


 ……火事?


 火事、森。燃えさかる炎がどこまでも広がり、空へと煙が舞い上がる。たしか、泣いているカイがいて。誰かに手をかざされて、それから外出禁止になった。そして勉強と鍛錬に打ち込むようになって、それから……


「レン?」

 目の前にいるのは、セルラルドの第二王子。


 記憶が川のように流れ込み、海へと繋がっていく。


「しゃ、しん……」

「写真?」

 そうだ、あの写真。母上からの手紙に入っていたあの写真!


 森で寝転ぶ、五人の子供たち。

 僕と、カイと、ノアと、あの女の子はミュリエルだったんだ。じゃあ、残りの一人が……


 必死に記憶を呼び起こす。僕の隣に寝ている、男の子。黒い髪に、切れ長の瞳。そんな我が子を切なそうに見つめる女性。


「……思い出したよ。消されていた、あの日の記憶を」

 セイが怪訝そうに僕を見つめる。どうして思い出せなかったんだろう。



「全部を――あの日、ミュリエルがいなくなった日、何があったのかを」

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