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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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37/50

37.最強の黒幕

「自己紹介が遅れました。わたくしの名はミュリエル・ルミナシア・カリスタ。この国の、王女です」

「王女!?」


 噂でしか聞いたことのない存在が、目の前で名乗った。この人が、ルミナスの王女。


 カイに鋭い目配せを送ると、気づいたのか気づいてないのか相変わらずの外交スマイル。カイはミュリエルが王女だということを知っていた――そんな予感はしていたけども! 高速で展開される思考の彼方、声がする。


「優勝賞品である対談を果たしに来ました。あいにく、時間が今しか取れなくて。体調が優れない中でとなってしまい申し訳ありません」

「いえいえ、お構いなく」


 そういいながらも、自然と背筋を伸ばしている自分に気づいた。手が細かく震え始める。これはただの対談なんかじゃない。喉がひくりとなった。王子と王女の対談、それはすなわち国家間の対談を意味する。


「その、今回対談をできるのはレンさんだけですので、そちらの方には席を外していただきます」

「そうですか。じゃああとで、レン」


 手を軽く振り、外へ出ていくカイ。王女と話したいと言っていたのに。引き下がるってことはやっぱり何か策があるのかも。


 レンは気づいていなかった。カイの後ろ姿を見つめる彼女のまなざしが、かすかに、ゆらいでいたことを。



 *

「それでは、対談を始めましょうか。といっても、色々と制約が多いものですけれど。なにせ、相手は一国の王子ですからね」


 申し訳なさそうに顔を伏せるミュリエル。


「あなたは三つ、わたくしに質問することが出来ます。全ての問いに答え終わり次第、この対談は終了となります」


 三つの質問、これが彼女にできる最大限の譲歩なんだ。

 それにしても質問――どうしよう。


「じゃあ、最初の質問。ルミナスの王族の構成を教えて」

「国王と王妃、その息子であるネスト様にわたくしです。けれど、わたくしは王妃様の娘ではございません」

「そうなんだ」

「えぇ、ですが王位継承権第一位はわたくしです」


 きっぱりと言い切るそのさま。つまり彼女は、正式な血筋ではない。反感も買うし、それに()ってだけで差別する人も山ほどいるはず。それでも、王位継承権第一位を宣言するってことは、よほど頭が切れるのか――とにかく、貴重なルミナス王家の情報、頭に入れておかないと!


「それでは次の質問をどうぞ」


 どうしよう。カイとの関係を聞いてみたいけど、踏み込んではいけない気がするし。彼女をきっかけに、セルラルドでの出来事がよみがえってくる。演奏に襲撃を受けて……。すっかり、忘れていた。


「次……僕を襲うように命令したのは、どうしてですか?」


 その質問に、表情が消える王女様。心なしか空気も冷たくなっていく。それは逆に、予想外な質問への動揺が現れた証拠でもあった。あの事件の犯人は、十中八九この人だということは分かっていた。まさか王女だとは思わなかったけどね。


「それは……とある計画の為です」

「計画?」

「内容は言えません。全て台無しになってしまいますから」


 何の計画かは分からない――けれど、王女が企てる計画、どれだけの影響力があるのか。


「その計画に僕が邪魔だってこと?」

「そう、あなただけが不確定要素なのです、()()()。ですが、大丈夫です。この計画が成功すれば皆が平和になる、とだけ言っておきましょう」

「平和?」

「えぇ、平等で自由な世界の成立。もちろんこの大陸の方に限らず、ですわ」

「……」


 そんな世界が実現できるなら世界はとっくに平和で、僕が今ここにだっていないはず。王女ならそれを誰よりもわかっているはずだ、と頭の片隅に生まれた矛盾が膨らんでいく。


「それにしても勘の鋭い方ですね……あの方のように」

「え?」

「何でもありません、これで二つ目の質問は終わりです。随分と長い質問でしたね」


 皮肉めいた言葉も、先ほどと変わらない笑顔にも、なぜか身震いが止まらない。思いついた仮説に嫌な予感がする。すべてが繋がる。けれどこれはたぶん――いや間違いなく、最悪な展開。


「最後の質問。父上――オルフェオ国王に呪いをかけ操っていたのは……あなたですか?」


 ほんの一瞬、視線が逸れた。けれど、次の眼差しに、もう答えは宿っていた。


「そう受け取ってもらっても構いませんわ」

 優艶なほほえみ。


「そのせいで今、父上が死の淵にいるのも?」

「まぁ。そうなのですか?」


 わざとらしく目を開く王女。その冷たさが心を貫き、瞬きの数だけ氷柱が心臓に突き刺さる。降り立った霜のようにゆっくりと、僕の心は冷えていった。


「どうして? どうしてそんなことをするの?」

「先ほど同じことです」

 淡々とした答え。父上を操ってまで、何をするつもりなんだろう。


「その計画ってなんのこと!? 世界を、オルフェオを、どうするつもりなの?」

「それは秘密……もうじき分かります」


 口に人差し指を当て、僕の目を見つめる。まるで飼い犬を見るような視線。また一つ、真実に近づいていく。心臓が力強く、脈打った。


「……もしかして、セイに呪いをかけたのも?」

 しばしの沈黙が下りる。鼓動がどんどん早くなる。彼女が、口を開いた。


「えぇ、と答えたらあなたはどうするのですか?」

 何処までも余裕のある残酷な笑み。まるで微動だにせず、ただそれを受け止めている。

 怒り任せになって、自分を抑えられなくなってはいけない。低く、押し殺した声が響いた。


「いまここであなたを殺す」

「それは出来ません。わたくしたちが争えば、国家間で戦争が起きます。あなたの愛する民が戦って大勢死んでいきます。あなたはそれを望まないでしょう?」

「っ」


 図星だ。一体いくつ先まで読んでいるのか。

 僕のする質問も、趣味嗜好も、考え方も、全てを把握されている気がする。底知れない深淵――まるでノアと話しているみたいだ。別の意味で。何を考えているのか読めない、分からない。それなのにこちらのすべてを見透かされているような、嫌な気分。


「最後の質問も終わりました。以上で対談は終了です」

 立ち上がる音が聞こえて、そのまま出口へと向かう王女。


 計画、世界平和、呪いをかけた? つまり狙いは国家崩壊? 何の目的で? 

 情報が多すぎて、何から疑えばいいのか……彼女の手はもう、扉にかかっている。


「あの!!」

 振り返る彼女と共に、髪がふわりと宙に舞った。

 もう訳が分からないけど、一つだけ、はっきりさせなければいけないこと。


「あなたは僕の敵、なんだよね?」

 ほんの一瞬、その唇が緩んだ気がした。まばたきが繰り返されて、それから彼女は手を組む。神に祈りを捧げるように、まるで何かに尋ねているように。


「えぇ」

 うつむいていた顔が挙げられた時、その目に冷たさは感じられなかった。


「それでは失礼します――また会いましょう、レン」

「え?」


 扉を閉めて、小さく息を吐いた。最後の間抜けな顔が目に浮かぶ。その様子、あなたじゃわたくしを救えない。いえ、救うことが出来ない。でも。何度占わせても出ない、勝利の未来。


 期待しているわ、不確定要素さん。何事にも――可能性は残しておくべきですから。


 しん、と廊下に静寂が落ちた。


「あ」

 その足が突然止まった。ぽつりと、声が漏れる。


「質問、四つ答えちゃった」



 その時、曲がり角から人が出てきた。


「おっと失礼」



 角へと消えていく女性を見送って、少し歩くとお目当ての扉が見えた。勢いよくその扉を開けると、寝そべっていた人物は目を見張ったあと、嫌な顔をした。


「レンどの! 勝負には負けたようだな。試合に勝って情けないのう」

「魔法使いのお爺さん……どうしてここに?」


 ミュリエルが消えて、張りつめていた空気がようやくほどけた、と思ったら、今度は魔法使いが。オルフェオ王国からわざわざ来やがって。恨めしく思いつつも、先ほどのことで上手く頭が回らない。


「そんなしかめっ面しおって。わしが来たのに嬉しくないのか?」

「いや、嬉しいけど……ん?いや、嬉しくない!違う、これはその考え事が……」

「それは――別嬪なお嬢ちゃんのことかい? 髪がこーんなに長い」


 そう言って、おじさんは自分の頭から足先までを指で示す。


「そうそう、そんな感じのものすごい美人。……その人、僕の敵、らしいんだ」

「ほうほう」

「でもさ、何で父上に呪いをかけるの? それに最後の態度、普通、敵にあそこまで情けをかける? 僕、そんな弱そうに見えるの?」

「まて、坊、なんと言った? あのお嬢ちゃんが陛下に呪いをかけたって?」

 つい早口になった僕を止めるように、魔術師が口をはさんだ。


「え、うん。自分で認めたんだ」

「それはないぞよ。あのお嬢ちゃんにそんな力はない」

「え? なんでわかるの?」

 あごひげをなでながら、得意げに言う爺。


「さっきその子とすれ違ってな。そのオーラは、稀に見る神々しさじゃったぞ。そして、防御結界と隠蔽魔法が何十にもかけられていた。その禍々しさこそが、陛下に呪いをかけた奴のものじゃ」


 真の、黒幕。確信溢れたその言い草に、何も言えなかった。

 魔力のオーラなんて見えないどころか、感じれもしなかった。僕は弱い。このままじゃ、その黒幕どころか、ミュリエルさえ僕は倒せやしない。


「もしその黒幕と対決したら、勝てる?」

「恐らく、全盛期の儂でも無理じゃろうな。魔力も、技術も、頭脳も――人の域を超えておる。坊なんか、息をする前に殺されちまうわい」


 笑いながら即答されて、正直驚いた。この自信過剰な王国筆頭魔術師が即答するってことは、只の敵じゃない。魔術と頭脳を兼ね備えた超人。もはや異世界人とかじゃないのかな。


「勝てる人はいないの?」

 その答えに、考え込んでしまう魔術師。オーラから、人物像を形成している。改めてその凄さを理解して、さらにその上の黒幕に、恐怖を超えて尊敬の念が襲ってきた。すご。


「完璧に勝つことが出来るのは、わしが知る限りじゃ一人だけだ。倒せるのは、そこそこいるんじゃが」

「その人呼んで黒幕倒してみんな平和になりました、じゃ駄目なの?」

「それは無理じゃ。少なくとも坊がこの大陸から離れないと出てこないだろう」

「なんで僕? でも、無理って言うのは分かったよ……」


 そんな人がいるならとっとと出てきて倒してほしい、なーんて思いつつも頭を抱える。

 その様子を見て、魔術師は豪快な笑い声をあげた。


「まぁ、一番の近道は坊と、あの仮面なんちゃらが強くなることじゃな」

「なんで?」

 僕とセイが? 魔術師がぴしっと人差し指を立てる。


「お前ら二人が黒幕を倒せるからじゃ」

「え?」

「その可能性が一番高いと、儂は思っておるぞ」


 笑顔で背中を叩かれて、痛みに耐えながら笑みを浮かべる。


 僕が強くなる――そうすればもっと多くの人を守れるようになる。


「わかった」

 皆を守る……ために。オルフェオを守るために。

 第三王子として、やらなければいけない。たとえ相手がどれだけ強くとも。


「うむ。てことで儂、明日から坊のクラス教えに行くから待ってるんじゃぞ。もうわくわくで弟子とか、昔の仲間も呼んじゃったわい」

「え?」

「久々に教えがいのある生徒ばかりだと聞いておってな。腕が鳴るわい」

「ん?」

「じゃあ坊、学校でな! 骨折は治癒師を呼んであるからすぐ直るじゃろう、ではまた学院でな!」

「は?」


 勢い任せに扉を閉めて、そのまま魔法で学院へと向かう。あのミュリ何とかというお嬢ちゃんにかけられていた、膨大な魔術式。檻のように彼女を締め付けるオーラは、異常というか、殺気が溢れておるわい。


「どこかで、感じたことのあるオーラなんじゃが。それにしても、大変じゃのう。こんな黒幕(バケモノ)から皆を守るなんて」



 *

「っくしゅ」

「風邪ですか? 今すぐお粥をお作りします!」「いえ、俺が看病を!」

「いや、誰かに噂でもされてるんだろう。それより例の新聞は?」

「はっ、ここに!」


 新聞を取る際に書類の山が崩れ、赤いカーペットに舞い落ちる。


「それにしても」

 新聞の表紙の半分を、写真が占めていた。中には一人の女性が映っている。


「ようやく動き始めたか」

 視線が、自然とそこに吸い寄せられた。見出しには、大きくこう書かれていた。



『”衝撃!? ついに明かされるルミナス王女の素顔!!”』

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