37.最強の黒幕
「自己紹介が遅れました。わたくしの名はミュリエル・ルミナシア・カリスタ。この国の、王女です」
「王女!?」
噂でしか聞いたことのない存在が、目の前で名乗った。この人が、ルミナスの王女。
カイに鋭い目配せを送ると、気づいたのか気づいてないのか相変わらずの外交スマイル。カイはミュリエルが王女だということを知っていた――そんな予感はしていたけども! 高速で展開される思考の彼方、声がする。
「優勝賞品である対談を果たしに来ました。あいにく、時間が今しか取れなくて。体調が優れない中でとなってしまい申し訳ありません」
「いえいえ、お構いなく」
そういいながらも、自然と背筋を伸ばしている自分に気づいた。手が細かく震え始める。これはただの対談なんかじゃない。喉がひくりとなった。王子と王女の対談、それはすなわち国家間の対談を意味する。
「その、今回対談をできるのはレンさんだけですので、そちらの方には席を外していただきます」
「そうですか。じゃああとで、レン」
手を軽く振り、外へ出ていくカイ。王女と話したいと言っていたのに。引き下がるってことはやっぱり何か策があるのかも。
レンは気づいていなかった。カイの後ろ姿を見つめる彼女のまなざしが、かすかに、ゆらいでいたことを。
*
「それでは、対談を始めましょうか。といっても、色々と制約が多いものですけれど。なにせ、相手は一国の王子ですからね」
申し訳なさそうに顔を伏せるミュリエル。
「あなたは三つ、わたくしに質問することが出来ます。全ての問いに答え終わり次第、この対談は終了となります」
三つの質問、これが彼女にできる最大限の譲歩なんだ。
それにしても質問――どうしよう。
「じゃあ、最初の質問。ルミナスの王族の構成を教えて」
「国王と王妃、その息子であるネスト様にわたくしです。けれど、わたくしは王妃様の娘ではございません」
「そうなんだ」
「えぇ、ですが王位継承権第一位はわたくしです」
きっぱりと言い切るそのさま。つまり彼女は、正式な血筋ではない。反感も買うし、それに女ってだけで差別する人も山ほどいるはず。それでも、王位継承権第一位を宣言するってことは、よほど頭が切れるのか――とにかく、貴重なルミナス王家の情報、頭に入れておかないと!
「それでは次の質問をどうぞ」
どうしよう。カイとの関係を聞いてみたいけど、踏み込んではいけない気がするし。彼女をきっかけに、セルラルドでの出来事がよみがえってくる。演奏に襲撃を受けて……。すっかり、忘れていた。
「次……僕を襲うように命令したのは、どうしてですか?」
その質問に、表情が消える王女様。心なしか空気も冷たくなっていく。それは逆に、予想外な質問への動揺が現れた証拠でもあった。あの事件の犯人は、十中八九この人だということは分かっていた。まさか王女だとは思わなかったけどね。
「それは……とある計画の為です」
「計画?」
「内容は言えません。全て台無しになってしまいますから」
何の計画かは分からない――けれど、王女が企てる計画、どれだけの影響力があるのか。
「その計画に僕が邪魔だってこと?」
「そう、あなただけが不確定要素なのです、唯一の。ですが、大丈夫です。この計画が成功すれば皆が平和になる、とだけ言っておきましょう」
「平和?」
「えぇ、平等で自由な世界の成立。もちろんこの大陸の方に限らず、ですわ」
「……」
そんな世界が実現できるなら世界はとっくに平和で、僕が今ここにだっていないはず。王女ならそれを誰よりもわかっているはずだ、と頭の片隅に生まれた矛盾が膨らんでいく。
「それにしても勘の鋭い方ですね……あの方のように」
「え?」
「何でもありません、これで二つ目の質問は終わりです。随分と長い質問でしたね」
皮肉めいた言葉も、先ほどと変わらない笑顔にも、なぜか身震いが止まらない。思いついた仮説に嫌な予感がする。すべてが繋がる。けれどこれはたぶん――いや間違いなく、最悪な展開。
「最後の質問。父上――オルフェオ国王に呪いをかけ操っていたのは……あなたですか?」
ほんの一瞬、視線が逸れた。けれど、次の眼差しに、もう答えは宿っていた。
「そう受け取ってもらっても構いませんわ」
優艶なほほえみ。
「そのせいで今、父上が死の淵にいるのも?」
「まぁ。そうなのですか?」
わざとらしく目を開く王女。その冷たさが心を貫き、瞬きの数だけ氷柱が心臓に突き刺さる。降り立った霜のようにゆっくりと、僕の心は冷えていった。
「どうして? どうしてそんなことをするの?」
「先ほど同じことです」
淡々とした答え。父上を操ってまで、何をするつもりなんだろう。
「その計画ってなんのこと!? 世界を、オルフェオを、どうするつもりなの?」
「それは秘密……もうじき分かります」
口に人差し指を当て、僕の目を見つめる。まるで飼い犬を見るような視線。また一つ、真実に近づいていく。心臓が力強く、脈打った。
「……もしかして、セイに呪いをかけたのも?」
しばしの沈黙が下りる。鼓動がどんどん早くなる。彼女が、口を開いた。
「えぇ、と答えたらあなたはどうするのですか?」
何処までも余裕のある残酷な笑み。まるで微動だにせず、ただそれを受け止めている。
怒り任せになって、自分を抑えられなくなってはいけない。低く、押し殺した声が響いた。
「いまここであなたを殺す」
「それは出来ません。わたくしたちが争えば、国家間で戦争が起きます。あなたの愛する民が戦って大勢死んでいきます。あなたはそれを望まないでしょう?」
「っ」
図星だ。一体いくつ先まで読んでいるのか。
僕のする質問も、趣味嗜好も、考え方も、全てを把握されている気がする。底知れない深淵――まるでノアと話しているみたいだ。別の意味で。何を考えているのか読めない、分からない。それなのにこちらのすべてを見透かされているような、嫌な気分。
「最後の質問も終わりました。以上で対談は終了です」
立ち上がる音が聞こえて、そのまま出口へと向かう王女。
計画、世界平和、呪いをかけた? つまり狙いは国家崩壊? 何の目的で?
情報が多すぎて、何から疑えばいいのか……彼女の手はもう、扉にかかっている。
「あの!!」
振り返る彼女と共に、髪がふわりと宙に舞った。
もう訳が分からないけど、一つだけ、はっきりさせなければいけないこと。
「あなたは僕の敵、なんだよね?」
ほんの一瞬、その唇が緩んだ気がした。まばたきが繰り返されて、それから彼女は手を組む。神に祈りを捧げるように、まるで何かに尋ねているように。
「えぇ」
うつむいていた顔が挙げられた時、その目に冷たさは感じられなかった。
「それでは失礼します――また会いましょう、レン」
「え?」
扉を閉めて、小さく息を吐いた。最後の間抜けな顔が目に浮かぶ。その様子、あなたじゃわたくしを救えない。いえ、救うことが出来ない。でも。何度占わせても出ない、勝利の未来。
期待しているわ、不確定要素さん。何事にも――可能性は残しておくべきですから。
しん、と廊下に静寂が落ちた。
「あ」
その足が突然止まった。ぽつりと、声が漏れる。
「質問、四つ答えちゃった」
その時、曲がり角から人が出てきた。
「おっと失礼」
角へと消えていく女性を見送って、少し歩くとお目当ての扉が見えた。勢いよくその扉を開けると、寝そべっていた人物は目を見張ったあと、嫌な顔をした。
「レンどの! 勝負には負けたようだな。試合に勝って情けないのう」
「魔法使いのお爺さん……どうしてここに?」
ミュリエルが消えて、張りつめていた空気がようやくほどけた、と思ったら、今度は魔法使いが。オルフェオ王国からわざわざ来やがって。恨めしく思いつつも、先ほどのことで上手く頭が回らない。
「そんなしかめっ面しおって。わしが来たのに嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいけど……ん?いや、嬉しくない!違う、これはその考え事が……」
「それは――別嬪なお嬢ちゃんのことかい? 髪がこーんなに長い」
そう言って、おじさんは自分の頭から足先までを指で示す。
「そうそう、そんな感じのものすごい美人。……その人、僕の敵、らしいんだ」
「ほうほう」
「でもさ、何で父上に呪いをかけるの? それに最後の態度、普通、敵にあそこまで情けをかける? 僕、そんな弱そうに見えるの?」
「まて、坊、なんと言った? あのお嬢ちゃんが陛下に呪いをかけたって?」
つい早口になった僕を止めるように、魔術師が口をはさんだ。
「え、うん。自分で認めたんだ」
「それはないぞよ。あのお嬢ちゃんにそんな力はない」
「え? なんでわかるの?」
あごひげをなでながら、得意げに言う爺。
「さっきその子とすれ違ってな。そのオーラは、稀に見る神々しさじゃったぞ。そして、防御結界と隠蔽魔法が何十にもかけられていた。その禍々しさこそが、陛下に呪いをかけた奴のものじゃ」
真の、黒幕。確信溢れたその言い草に、何も言えなかった。
魔力のオーラなんて見えないどころか、感じれもしなかった。僕は弱い。このままじゃ、その黒幕どころか、ミュリエルさえ僕は倒せやしない。
「もしその黒幕と対決したら、勝てる?」
「恐らく、全盛期の儂でも無理じゃろうな。魔力も、技術も、頭脳も――人の域を超えておる。坊なんか、息をする前に殺されちまうわい」
笑いながら即答されて、正直驚いた。この自信過剰な王国筆頭魔術師が即答するってことは、只の敵じゃない。魔術と頭脳を兼ね備えた超人。もはや異世界人とかじゃないのかな。
「勝てる人はいないの?」
その答えに、考え込んでしまう魔術師。オーラから、人物像を形成している。改めてその凄さを理解して、さらにその上の黒幕に、恐怖を超えて尊敬の念が襲ってきた。すご。
「完璧に勝つことが出来るのは、わしが知る限りじゃ一人だけだ。倒せるのは、そこそこいるんじゃが」
「その人呼んで黒幕倒してみんな平和になりました、じゃ駄目なの?」
「それは無理じゃ。少なくとも坊がこの大陸から離れないと出てこないだろう」
「なんで僕? でも、無理って言うのは分かったよ……」
そんな人がいるならとっとと出てきて倒してほしい、なーんて思いつつも頭を抱える。
その様子を見て、魔術師は豪快な笑い声をあげた。
「まぁ、一番の近道は坊と、あの仮面なんちゃらが強くなることじゃな」
「なんで?」
僕とセイが? 魔術師がぴしっと人差し指を立てる。
「お前ら二人が黒幕を倒せるからじゃ」
「え?」
「その可能性が一番高いと、儂は思っておるぞ」
笑顔で背中を叩かれて、痛みに耐えながら笑みを浮かべる。
僕が強くなる――そうすればもっと多くの人を守れるようになる。
「わかった」
皆を守る……ために。オルフェオを守るために。
第三王子として、やらなければいけない。たとえ相手がどれだけ強くとも。
「うむ。てことで儂、明日から坊のクラス教えに行くから待ってるんじゃぞ。もうわくわくで弟子とか、昔の仲間も呼んじゃったわい」
「え?」
「久々に教えがいのある生徒ばかりだと聞いておってな。腕が鳴るわい」
「ん?」
「じゃあ坊、学校でな! 骨折は治癒師を呼んであるからすぐ直るじゃろう、ではまた学院でな!」
「は?」
勢い任せに扉を閉めて、そのまま魔法で学院へと向かう。あのミュリ何とかというお嬢ちゃんにかけられていた、膨大な魔術式。檻のように彼女を締め付けるオーラは、異常というか、殺気が溢れておるわい。
「どこかで、感じたことのあるオーラなんじゃが。それにしても、大変じゃのう。こんな黒幕から皆を守るなんて」
*
「っくしゅ」
「風邪ですか? 今すぐお粥をお作りします!」「いえ、俺が看病を!」
「いや、誰かに噂でもされてるんだろう。それより例の新聞は?」
「はっ、ここに!」
新聞を取る際に書類の山が崩れ、赤いカーペットに舞い落ちる。
「それにしても」
新聞の表紙の半分を、写真が占めていた。中には一人の女性が映っている。
「ようやく動き始めたか」
視線が、自然とそこに吸い寄せられた。見出しには、大きくこう書かれていた。
『”衝撃!? ついに明かされるルミナス王女の素顔!!”』




