36.剣魔大会の優勝者は
「楽しませてくれよ!」
その声と共に氷の礫が四方から襲う。炎の壁で防ぎながら、肋骨を抑えて立ち上がった。距離を取りつつ頭を巡らせる――セイの姿になっているってことは、多分、持久戦で不利だ。
肋骨に気休めの魔法をかけて、その間も周囲への警戒は怠らない。セイがこの火炎を突き破ってくる時が、絶好の攻撃の機会。
剣を構えてじりじりと火壁へと詰め寄ると、右端の方で何かが光るのが見えた。一瞬で炎を消して、そこに切りかかると、剣を構えているセイと目が合う。
「へぇ」
剣を振りながら氷の礫を器用に操るセイ。僕は器用じゃないし、このままだと氷でセイに近づけない! 僕がセイに勝てるのは剣技だけ、だから間合いに踏み込まないと。いやまず、この氷をどうにかしないと!
「来ないのか? じゃあこっちから行くぜ!」
勢いを増し、さらに鋭く尖る氷が波のように襲ってくる。
待てよ、波のように?
足が止まりかけ、氷の礫が頬をかすった。皮膚が裂けて、そこから凍えるような痛みが襲ってくる。
いつの間にか歓声がやみ、寒さで体を揺らす観客達。セイの氷が観客席へ枝のように伸びていた。それでも観客は瞬きをすることはできない。僕達に、セイの惹きつけるような演舞に目を奪われているから。
波、観客、段々……
「わかった!」
心の中で想像できれば、後は作り出すだけ。炎が永遠と流れ出ている様子を想像し、心の中で唱える。
出でよ、炎の川!
「!?」
「できた!?」
後ろから川のように流れ出て止まらない炎。その色は赤紫に代わり、僕の肌に触れても熱くも冷たくもない。けれど、みるみると競技場の床は溶け出し、土がむき出しになった。炎の熱気で、氷はおろか会場の空気さえも暖かくなっていく。
「っと、凍っていた音声が繋がりました! 川です、炎の川が氷を溶かしていきます!?」
途切れていた歓声がいつの間にか会場を熱気で染めあげている。
「これで、氷なんて心配しなくていい! さあやろう、セイ!」
「っは、なんだよこれ。炎の川?」
セイが苛立たし気に顔をゆがめて、こちらを睨みつける。炎のおかげで温かいはずなのに、心はどんどんと冷たくなる。
「お前、俺のことなめてんのか?」
キーンと耳鳴りがして、体が動かなくなった。指先の芯まで、凍えるように冷たい。何万といる観客が身動き一つできない。当然だ、今この瞬間――セイの魔法でみんな氷漬けにされたから。炎の川程度じゃセイは、とめられない。どうしたら止められる?
「レン、俺を止めたかったら……」
氷に覆われた地面を歩いてくるセイ。その乾いた靴音が競技場に反響する。
「炎の海でも、作ってみろよ!」
セイの言葉と同時に、僕は心の中で叫んでいた。
炎の海?!!
地響きが鳴り観客席を、炎の波が襲った。炎は氷を溶かしその水さえも蒸発させていく。
そんな中、僕たちはにらみ合って動かなかった。二人だけの空間。物音ひとつ聞こえない。全神経が研ぎ澄まされ、相手の動きに敏感になっている。どこか遠くで水滴が垂れる音がして、それと同時に僕らは剣を交えていた。
激しい攻防の末、一瞬、ほんの僅かにセイの剣先が逸れる。その隙をついて、僕は剣を払い落とし、その首筋に剣を突きつける。セイの目が見開かれ、固い地面に金属の甲高い音が響いた。ごくり、と唾をのむ音がして、それからセイが両手を挙げる。
「……まいった」
どこからか審判が出てきて、剣を持った僕の腕を高く掲げる。
「勝者、パルメシア学院第一等級! よって今大会の勝者は、この者とする!」
割れるような拍手と歓声、そして悲鳴がはしって大喝采の嵐が吹きあれる。その音で、ようやく勝利の喜びが胸に響いてきた。
セイに、かった……勝った! あのセイに!!
後ろを向こうとしたものの、手から剣が滑り落ち、体がゆっくりと倒れていく。体の自由が、きかない。
「お、おいレン!?」
遠くから聞こえるセイの声を最後に、そこで意識が途切れた。
*
薄暗い空間から声が聞こえる。
「ったく、倒れるまで戦うなんて、これがもし本当の戦いだったら――」
「うん、レンのあの戦い方は危険だね。僕でも分かったよ」
「だからもっと腕を磨けって⋯⋯やべ、起きそうだからもう行くわ」
目を開けると、まぶしい光が目に入った。起き上がろうとすると、腹部に鋭い痛みがはしる。
「あ、起きた? レン」
誰かが椅子から立ち上がる音がして、目の前にぼんやりと輪郭が現れる。数回まばたきをして見えてきたのは、思いも寄らない人物だった。
「⋯⋯カイ?」
「うん、そうだよ」
辺りには薬品の匂いが漂っていた。体には包帯が巻かれている。倒れて、医務室に運ばれたんだ。もう一度、目の前を見つめる。
エメラルドの髪が、光った。
「カ、カイ!? なんでここに!?」
「ようやく目があったよ」
わざとらしくため息をつくカイ。
「もちろん、愛する弟に会いたくて来たんだよ?」
「はいはい、それで本当は?」
カイは窓際に歩いて、窓に手を置いた。眩しい光が、カイの手のひらに吸い込まれていく。
「耳にしたんだ。この大会の優勝者は王女と話せる、という噂をね」
「うん」
「僕は彼女に会わなければいけない。けれど、話す機会さえ与えてくれない。そんな時、レンがこの大会に出場することを聞いて、文字通り飛んできたんだよ」
にこやかに微笑むカイ。簡単に口にするけど、僕の大会への参加が決まったのは四日前だし、そもそもあの学院の警備は固い……。それ以上考えず、思考をかき消すように口を開く。
「つまり、王女様に会いに来たってこと?」
難しい……そう言おうとしてやめた。謎に包まれた王女、そのことを知ってなおここに来るということは、そういうことだ。何より、カイが策を練らずに来るはずがない。でもなんでカイがルミナスの王女を気にするんだろう。
その時、ドアが開いて誰かが入って来た。
「あら、先客がいましたか」
艶やかな桜色の髪。にこやかに浮かべられた笑顔の奥で、瞳が僕たちを見定めるように細められる。その人物に、僕は見覚えがあった。
「あ、あの時の……」
その声に彼女はさらに目を細くする。セルラルドで行われた演奏会の日、隣に座っていた絶世の美女。そしてカイを動揺させた人。
カイの方をちらりと見る。表情に変化はないものの、社交的な笑みへと変わっていた。
何故――彼女はここに?
「何か御用ですか?」
あら、と女は口に手を当て驚いた仕草をする。それからドレスの裾を持ち上げ、腰を落とした。
「自己紹介が遅れました。わたくしの名前はミュリエル・ルミナシア・カリスタ。この国の、王女です」




