34.放課後の混沌
「剣魔大会では、剣術と魔法、両方の技術を必要とします」
「剣と魔法?」
頷く先生。夕暮れの光が窓から差し込み、部屋を明るく照らしている。
「一回戦は剣、二回戦は魔法、三回戦は剣、四回戦は魔法というように、交互に用いて戦います」
「だから、剣だけ上手でも駄目ってことですね?」
「そうそう……ってセイラさん、どうしてあなたまで?」
じろり、と僕に向けられた視線をよけながら、笑顔で言う。
「先生、一人で来いって言ってなかったし、いいかなって……」
それに。セイラに真剣な顔で頼みこまれて、断るわけにはいかなかった。
「そうですよ! それにレン、魔法はダメダメだから!」
「え、そんなに?」
「……まぁ、いいでしょう。それに、セイラさんの魔法の腕前は、よく耳にしますから」
ガーンと落ち込む僕に、追い打ちをかけるように言う先生。セイラはまだ一等級なのに、先生にまで噂が広がっているんだ……
「えーと我が校は、特別枠として参加を認められています。後の枠は、みんな予選を勝ち抜いてきた強者ばかりですね」
「はい先生! もう予選は終わってるんですか?」
「えぇ、そうですね。全年齢の枠は、当日参加でもいいみたいですが――学生の余興とは格が違います。毎年死闘が繰り広げられているとか」
「こわっ!」
この先生遠回しに僕を脅してるよね!? セイラとわちゃわちゃ話す先生。僕は相手のことを想像してみる。強者って言うくらいだし、強者って、どんな人だろう……頭の中でナイスボディなキンニクマンが腕を組む。
「先生は出ないの?」
「でたら、圧勝してしまいますからね」
「えーーうそばっかり! そんな強くないでしょ」
「本当ですよ。私は校長よりも強いかもしれませんねぇ」
それとも、魔法使いとか? 箒にまたがりとんがり帽子をかぶった魔女が甲高く笑う。
「この大会ってそんなに有名なの? セルラルドでは聞いたこと無いけど?」
「そうですね、ここで優勝すれば一生遊んで暮らせる金が手に入ると言われ、別名で知られていますよ。“ルミナス王国武道大会”と」
キンニクマンと魔女が向かい合う。ところが魔女も変身してまさかのキンにくマンに! 一体どちらが本物のキンニクマンなのか!?
「え、大武道大会ってあの!? ……ねぇレン、聞いてる?」
「あごめん、なに?」
セイラと先生ににらまれて、慌てて背筋を伸ばす。
「明日から大会の日まで、レンさんには特別稽古をつけます。剣術は私が、魔法は違う先生に」
「ちょ、ちょっと待ってください。何でその大会のためにここまで準備するんですか? しかも四日前から?」
この大会に力を入れているなら、もっと前から準備をしてきたはず。それなのに、なぜ今になって?
「それはですね……」
聞いてしまいましたか、と真剣な表情になる先生。その表情にごくりと唾をのむ。
「忘れていたからです」
セイラと顔を見合わせ、お互いの間抜けな顔を見て空耳ではないことを確認する。
「いやー、参りました。今朝ガリバー先生に、『今年こそは勝たせてもらう』と言われましてね。去年の大会、私の学年の生徒以外は負けてしまいまして、それで恨まれているんでしょうか」
ハハ、と高笑いをする先生。
「さらに私のカレンダーには、開催予定日が一か月ずれて書かれていましてね、ほら」
先生の差し出したカレンダーには、ちょうど一か月と四日後の位置に印が付いていた。そんな寒い冬にやるわけがないって、気づかなかったのかな。
「……? ここ魔術を使った跡がある」
セイラが顔をしかめて印を指さす。先生は目を開いて、それからおかしそうに笑った。
「そうです、良く気づきましたね。あなた達の担任にも怒られてしまいましたよ」
「なんで気づかないんだって?」
「えぇ。それから、うちのクラスの生徒なら大丈夫だ、とも。本当にその通りでしたね」
また、笑う先生。僕とセイラはまた顔を見合わせた。二人とも、同じことを考えたと思う。”この先生、本当に大丈夫なのかな?”
「まぁ、そういう訳で」
先生はカレンダーを閉じて、立ち上がる。
「この勝負、負けるわけにはいきません。それに――」
そこで言葉を区切って、こちらを見つめる。
「レンさん、あなたなら問題ないでしょう」
期待のこもった視線を正面から受け止め、大きくうなずく。
「はい!」
喜びと若干の不安が滲むレンの返事。それを聞いて、セイラは固く、こぶしを握った。
*
「先生」
「おや、セイラさん、忘れ物ですか?」
さようなら、と元気良く二人が手を振ってこの部屋を出て行った、ほんの数刻あと。
「先生、どうしてレンなんですか?」
「はい?」
「どうしてレンが選ばれたんですか。確かにレンの剣術は凄いけれど、魔法では負けていません。それに……」
いつの間にか太陽は沈み、その顔には影がかかる。黙ってしまったセイラさんの後を続けるように口を開く。
「本気を出せば勝てる、ですか?」
「!?」
驚いたセイラさんがこちらを見つめる。
「えぇ、魔法であれば私にだって勝てるかもしれませんね。このクラスの皆さんは、本当に隠すことがお上手ですから」
ある程度の領域に達すると、剣を交わせば、その心まで読めてしまうと言う。それが良い事なのかは分からない。
「ですが……知っていますか、セイラさん? 私が学院に来てから生徒に右手を使ったことは、一度しかありません。そして模擬訓練で怪我を負ったのは――今回が初めてです。……やはり血は争えませんね」
「っけど!」
「そしてもっと言えば、私はこの大会に誰も出すつもりがありませんでした」
声をかぶせると、また驚いた顔をして、口をつぐんでしまうセイラさん。
「悪だくみに気がつけなかったのは私の過失、その責任を生徒に負わせるのは非道なことです。何よりプレッシャーがかかる。ましてや、四日前なのですから」
そう、本当にどうかしているのだ。最近は忙しすぎて魔術への警戒すら疎かになってしまうほどに。
「ですがレンさんには、その覚悟がありました。緊張への耐性がありました。なにより、彼に賭けてみたいと思わせる力がありました」
「そんなの――」
「セイラさんも、お持ちだったかもしれません。しかしそれはあくまで仮定の話です。私がこの目で判断して、彼に賭けてみたいと思いました。この大会においてはその力が、何よりも重要です」
黙ったまま目をそらすセイラさん。握られた拳に血が滲むのを、目に宿った固い覚悟を見て、ため息をつく。今の私は教師であって、悲しんでいる生徒を見過ごすわけにはいかない。
「これは――あくまで独り言ですがね」
窓の外へ続けた言葉に、セイラさんはわずかに目を開く。
「ありがとう先生!」
元気に手を振って出ていく後ろ姿を見送って、椅子に深く腰を掛ける。おいてあった葉巻に火をつけ、大きく息を吐きだした。
『大会、四日前……今年は諦めますか』
『まぁ、それならうちのクラスの子はどうですか? ちょっとミステリアスですけれど……強いですよ?』
「“ミステリアス”? はっ、問題児の間違いだろ」
黙々と流れ出る煙は、雲のようにゆっくりと流れていった。




