33.剣魔大会への誘い
「では今から模擬訓練を行いますよ」
剣術の教師、ダルーン先生の声にみんなは体を揺らした。
「ルールは簡単です、私を殺すつもりでかかってきてください。魔法の使用は禁止、誰からでもいいですよ。剣はそこにあるのを使って下さい」
指差す方向には、いくつかの剣が。どれも光を浴びてキラキラと輝いている。
戸惑いの中、まず初めに動き出したのは、レベッカだった。手に持っていた扇をクロエへと渡し、手前の細長い剣を手に取る。髪をくくっても、縦巻きロールは健在のようだ。
「手合わせ願いますわ」
「えぇ、いつでもどうぞ」
レベッカが剣を構えている一方、先生は余裕そうにただそこに立っている。レベッカの気合と共に踏み込まれた剣を、ひらりとかわす先生。そして、右手で無防備なおでこにデコピンをした。
「えー、威勢が良いけれど、相手の攻撃が見えていないですね。それじゃあ次」
戻ってきたレベッカの代わりに、今度はクロエが出ていく。手に握られているのは、短剣だ。
自然に歩いていたクロエが突然宙を蹴り、先生の喉元へと剣を振る。その剣が到達する前に、先生は軽く背後に割り込み、その後頭部にデコピンをした。クロエはそのまま、草原に転がる。
「速く正確な突きだね、素晴らしい。けどその速さに自分自身も捕らわれているね」
先生を睨んで、しょんぼりと返ってくるクロエ。
「じゃあ、次は私が……!」
ルリが剣を構えるけれど、人生で初めて剣を持ったような構え。剣を振る前に瞬殺される。続くシーナも似たようなもので、どちらも額にデコピンされる。
「今度は本気でやってくださいね」
先生は悲しそうにする。冗談のつもりなのかな?
「先生、手合わせ願います」
セイラが剣を構える。それを見て、先生の目が嬉しそうに光った気がした。そういえば、セイラの剣技は見たことがない。
セイラが飛び出すと同時に先生の左手に木刀が現れた。やっぱり、セイは女の姿になっても強いらしい。
「はへ? 今どうなってるの?」
「凄い応酬よ」
ルリの言葉に、レベッカが当然と言わんばかりに応える。その目は二人にくぎ付けになっていた。
セイラは素早く軽い身のこなしで何度も攻撃していくけれど、先生はその全てを正確にガードしていく。セイラが一度後ろに飛んで、大きく息を吐いた。このまま持久戦になると圧倒的に彼女が不利だ。
先生はまだ余裕そうな笑みを崩さない、ていうか先生、木刀で応戦しているんだよね、対してセイラは真剣なのに……なんで折れないの!?
セイラがもう一度踏み出し、さっきより早く攻撃を繰り出す。汗が流れ落ちて、その顔が苦し気に歪む。そのとき、きらりと指輪が光り――先生の目が細まった気がした。次の瞬間、セイラの剣は勢いよくふっ飛び、セイラはこてっと、目の前に倒れてしまう。
「素晴らしい才能ですね。実践を積めばさらに強くなるでしょう」
仏頂面でこちらに戻ってくるセイラ。
「あいつめっちゃ強かった、一発も入らなかったもん。そもそもあの人右利きだよね」
「うわぁ」
「……それに、デコピンしてきたし」
やっぱり、デコピンされるのって……嫌なんだ。
その後にヤンが戦った。短剣で、思いもよらぬ死角からの攻撃だったけど、なんなくかわされ敗北。チェルも結構粘ったけれど負けた。意外だったのはアブラッチョ。騎士の家系らしくセイラより長く戦っていたけれど、結局デコピン。ルイスは瞬殺。
「最後は君かな」
先生は余裕そうに微笑む。息一つ乱れていないし、何よりまだ右手を使っていない。
「レン、勝ってよ!」
ヤンの言葉に、みんながこちらを向く。心なしかその目が、若干上目遣いでウルウルしているような……
「できるだけのことは、やってみるよ」
剣をとって、先生のもとへと向かう。勝てないと思うけど……どうにかこの余裕そうな顔は崩してやりたい。なんかノアみたいで嫌! そう思って剣を構えると、先生が苦笑いを浮かべる。
「随分な期待を背負っているみたいだね。みんなの視線に突き刺されそうだ」
ゆっくりと距離を詰めていく。先生の隙はどんどんと消えていくけれど、作り出せばいいだけのこと。おそらく先生は自分から攻撃はしてこない。実力を見るだけだから。そして木刀。そこが狙い目だ。
素早く剣を交えると、思った通り、防戦しかしてこない。
一度距離を置いて、ゆっくりと息を吐く。なら、この人を――殺すつもりで戦えばいい。踏み出して、できる限り速く剣を振った。嫌な音がして、木刀が真っ二つに折れる。驚いた顔をする先生に、一瞬の隙が生じる。
今だ!
大きく右に踏み込んで、首元めがけて剣を振る。殺った、そう思ったけれど予想外の音が聞こえた。金属同士が触れ合う音。嫌な予感がして大きく後ろに飛ぶと、さっきいた空間が引き裂かれた。
「先生――それ、反則ですよ?」
「フフ、どうやら君を見くびっていたようだね」
先生のもとに構えられた細く長い剣。収められていた鞘から抜き出され、ご丁寧に右手に握られている。
「先生大人げない!」
「紳士にあるまじき行為ですわ」
「そうそう、あるまじき……ってどういう意味?」
外野の野次も気にせず、先生は早くおいで、とでもいうように顎で僕を促す。その目からは殺気が溢れていて、今すぐにでも襲い掛かってきそうだ。目の前の恐ろしい敵に剣を振るけれど、今度は相手も攻撃をしてくる。それどころか攻撃が速くて、今度は僕が防戦一方だ。
けれど、何となく気づいてきた――いけるかもしれない!
一瞬、手が止まった隙に、全力で左肩を狙って剣を振るう。先生は受けきれずに、攻撃が入る。
「入った!」
さっきまで左手で戦ってたから、剣を持っている錯覚をしたんだ。その瞬間、僕の首めがけて剣が振り下ろされ、気のゆるみで防御が遅れる。
「イッッタ!!」
あり得ないほどの痛みが首ではなくおでこに来て、おでこを抑えて芝生に倒れ込む。目の前に立った先生は笑みを浮かべている。けれど、その左肩の服には血が滲んでいた。
「レンさん。あなた、今度の剣魔大会に出てください」
「……へ?」
「レン、大丈夫!?」
心配した皆が駆け寄ってくる。大丈夫、と答えながらも、その言葉に驚きを隠せない。
「レンさんには四日後に行われる剣魔大会。それに出場して貰います」
「け、剣魔大会ってあの!?」
アブラッチョの声に、先生が頷く。
「我が校の一等級代表はあなたです、レンさん」
剣魔大会?? 今、先生に負けたばかりの僕が?
「でも、僕、先生に勝てなかったです。最後の攻撃も、先生が本気だったら死んでいました」
「大丈夫です、あれは誰でも死んでいますから」
ハハ、と軽く笑う先生。
「王国主催の剣魔大会、同世代で一番を決める大会ですよ? 自分の実力を試したくないですか?」
「いえ、別に……」
そもそも僕が剣を振るのは、王子としてみんなを助けたいからで、実力を磨きたいわけじゃない……
「そうですか、残念です。優勝した際には、我が国の王女様との対談が設置されるのですが……」
「王女との対談!?」
これは――ルミナス王国の内部に切り込む機会だ!
「やります!」
「え? 本当ですか!?」
聞き返す先生に、首を縦に振る。あまりにも代償が軽すぎる、やらない理由がない!
「それでは……今日の放課後、私の研究所まで」
ちょうどお昼を告げる鐘が鳴り、先生が手をたたく。
「はい、それでは皆さん本日はここまでです。次回までには、剣を振れるようになっておきましょうね」
うぐっと、ルリが下を向く。
「それでは、さようなら」
「さよなら!」
挨拶が終わるなり、みんなが集まってくる。
「レン、すごかったよ!」
「ほめて遣わしますわ」
ふんっと、そっぽを向いて行ってしまうレベッカ。
「うん、すごいや。きみ、どこで剣術習ってるの?」
「おまえ、一撃くらわせたじゃん。褒めてやるよ」
「どうやったらあんなに美しくなるの!?」
詰め寄ってくる皆に困惑していると、視界の端をセイラがよぎった。レベッカはもう遠ざかっている。
「ごめん、あとで!」
急いでセイラの後を追いかけると、椅子に腰を下ろしている姿が見えた。声を掛けようと手を伸ばしかけて、その手は途中で止まる。その目から涙がこぼれ落ちていた。
「て……」
セイは呪いをかけた犯人を捜しにここへやってきた。ルミナスの王族に聞けば何かがわかるかもしれない。けれどあの体で本気は出せないし、男に変身すると無駄な魔力を使って疲労が蓄積してしまう。
「どうして……」
自分の無力さをこらえるセイラ。己に呪いをかけた犯人に手も足も出ない歯がゆさが、無力な自分が、死ぬほど悔しいはずだ。
僕はセイラに背を向けて歩き出した。
剣魔大会――絶対勝つ!!




