30.回復薬を作ってみよう
「みなさーん、今日の薬学の授業は、グループに分かれて行います。Aチームはレンとルイス、ルリ」
ルイスとルリ。二人ともあまり話したことないから、これを機会に仲良くなれるといいな。
「Bチームはチェルとレベッカ、セイラ」
「え……」
セイラが小さく声を漏らす。
「Cチームはシーナとヤンにアブラッチョ、クロエよ。今日はグループで協力して回復薬を作って貰います。薬草の採集から分量の計測まで全部自分ね。教科書を使ったり、人に答えを聞いたりするのは駄目よ」
「一から全部作るってことですか?」
ヤンが声を上げる。
「えぇ、お昼前に集合してもらうわ。三つのグループの中で一番効果のある薬を作れたところが、宿題はなしよ」
「ちなみに、宿題って何ですか?」
ルリの声に先生は皆の顔を見渡す。そして微笑んだ。
「一人十個、回復薬を作って貰うわ」
その声にみんなが殺気立つ。一人で十個は、辛い。さすがにやりたくない。
「それじゃあ、お昼まで頑張ってね」
先生の声に一斉に立ちあがる皆。もちろん僕も例外じゃない。
「が、頑張ろ! 一人十個はきついよ……」
「俺寝ないで夜通し作ることになるっす、絶対」
「それだけ大変だからね。とりあえず、薬草を採取しに行こうか?」
「うん、そうしよ!」
この学園は広大で――植物園にはあらゆる種類の薬草が置いてあったりもする。そこへ向かう道中、ルリが口を開く。
「薬草とか詳しいから頼ってね!」
「俺、薬学苦手なんで助かるっす」
ルイスが困ったように言う。
「僕もあんまり得意じゃないかも」
「でも、材料分からないとどうしようもないよね。名称が分かれば探せるんだけど……」
「あ、僕分かるよ。材料は覚えているんだ」
そう答えると、二人はぎょっとしたように目を開く。
「十種類はあったっすよね?」
「うん、絶対にあった。なんなら二十種類はあった」
二人は顔を見合わせて、もう一度僕の顔を見渡す。
「え、だって教科書に書いてあったよ」
「こわ」
「なんで覚えてんのよ」
自分自身を抱きしめるルイスと、あきれた様子で呟くルリ。
「まぁ、歩く教科書がいるなら、知識は問題なさそうっすね」
「うん、私も頑張ろ」
「じゃあ力仕事はルイスに任せようか?」
「あ、そうしよ! 意外と薬草を石ですりつぶすの大変なんだよー!」
「草を、すりつぶす……」
ルイスの顔面から血の気が引く。
「俺、虫嫌いなんすけど、草に……虫とかついてないっすよね?」
「まぁ、草も生き物だから……」
ルリの声に助けを求めるように、こちらを振りかえるルイス。
「うん、虫、いると思うよ?」
「オワッタ」
その顔に、ルリと顔を見合わせて、二人で笑い出した。かわいそうだけど、悲痛にあふれた顔は面白かった。
*
「あったよ、シュリナソウ」
「ほんとだ、この薄紫、間違いなくシュリナソウですねぇ。旦那ぁ、お目が高い」
「なに、商店みたいな感じなの?」
僕の声に笑うルリ。咲き乱れる花の香りに包まれ、僕たちは必要な薬草を採取していた。
「あと、コルリンが必要なんだけど……」
「あ、これっすか? 薄い黄色の花弁、っすけど」
「あそれそれ! すご、良く分かったね。ありがとうルイス」
「え、そーっすか? だったら、草つぶす役割は――」
「アハハ、駄目ですね」
「くっ」
ルイスにはかわいそうだけどその役割はもう決定してるんだ。
集め始めてから三十分くらいで、二十三の薬草をすべて集め終えた僕達。順調に進んでいるんじゃないかな? 周りのグループはまだ全然集め終えていない。辺りを見渡すと、苦戦している様子だ。
「やばい、あと何が必要なんだっけ?」
「わからないよ……」
ヤンたちの班はみんな手あたり次第、草を採取している。材料を知っている人が誰もいなかったんだろう。
「セイラさん、そこの薄紅の花、採っていただけますか?」
「はい」
セイラたちの班は、レベッカが詳しそうだ。
「レン行くよー?」
「あーうん」
ルリとルイスの方へ向かいながら後ろを振り返る。レベッカと話すセイラ。セイラの表情が、こわばっている気がした。
*
「よし、これで全部っすよね? 俺もう潰せって言われてもやらないっすよ?」
「うん、ありがとうルイス。あとは十分後にガバナ草を入れて、それから三十分間煮詰めるだけだよ」
「本当にレンがいてくれてよかった! 作り方も覚えているなんて流石だよ」
「レンとルリがいなかったらどうなっていたか……え、俺、別にいらなくないすか?」
自分を指さすルイス。その言葉に僕とルリは視線を合わせて黙る。
「ちょ、え、なんで否定してくれないんっすか」
「別に正論かなって……」
「うん、特に間違ったことは言ってないよね」
「そんなこと言わないで欲しいっす!」
しょぼんと肩を落とすルイスに、ルリが笑いかける。その様子は、僕の知っている貴族とはあまりにもかけ離れていて……二人がどうしてここにいるのか、ふと気になった。
「ねぇ、二人はどうしてこの学校に来たの?」
その質問に顔を見合わせる二人。先いいよ、いいやどうぞと目での譲り合いの末ルイスが話し始める。
「俺は普通に、魔法に興味があったからっすね。次男だし、跡取りの心配もしなくて良かったんで。自分のやりたいことを優先させてくれたんすよ」
「ルイスって次男だったんだ……なんかわかるよね! 雰囲気が……長男って感じじゃないもんね?」
「うわ、お褒めに頂き光栄っす。そういうルリは何でここに来たんすか?」
口をとがらして聞くルイス。ルリは少しだけ黙った後、口を開いた。
「私のパパとママは、リシュー商会を経営しているの」
“リシュー商会”、セルラルドの大商会だ。貴族と同じ生活ができる品物を低価格で売る、平民向けの店。けれど、時には流行を作り出し、貴族でさえ愛用する商品を作り出す商会。
「その一人娘が私。だから、パパとママは絶対に結婚して子供を作って、商会を継いで欲しいって考えてるの。だから毎日のように有力な貴族とお見合いさせられてた」
そう言ってうつむくルリ。きっと、分かっているのだろう、彼女を思ってのことなのは。
「でも私は、運命の相手と結婚をしたいの。恋をしたい。だからこの学院に通うことにした。ここなら家から遠いし、寮生活ができるから!」
「つまり、運命の相手を探しに家出してきたんすね?」
「まぁそういうことだけど! それにしても言い方ってあるよね」
「ええっと、そうだ、ガバナ草入れないとっすね! 俺、手洗ってきます!」
ルリの鋭い視線から逃げるように立ち去るルイス。彼女はため息をついて僕の方に向き直った。
「だから、私は運命の人を探しているんだ。例えば、入学式の次の日、転びそうなところを助けてくれた人……とかね?」
そう言って彼女は僕に微笑む。甘い空気が流れて、その煌びやかな瞳に吸い込まれそうになる。僕はこのキラキラの――天使のような眼差しに弱い。どうしよう、目が、そらせない!
「はっくしょん! おい、この草持っているとくしゃみが出るぜ? ほんとに合ってんのかよ?」
「えぇ、それはクシャミ草ですもの」
「気づかないで持ってたの、チェル?」
「いや、あ……だから一本だけ俺に押し付けてきたのかよ! あーあ、なんか変だと思った!」
扉が開きチェル達が戻ってきた。ルリの顏に失敗した、というようないたずらな笑顔が浮かぶ。
「よーしこの草を入れればいいんすね!」
「うん、ゆっくりね」
戻ってきたルイスが薬草を入れ始める。それを見ながらも頭は高速で回転していた。ルリは結婚相手を見つけに来てるから、僕、王族なんかは良い獲物ってことか。これは、気を付けないと。
「逆に、なんでレンはこの学校に来たの?」
「え、僕?」
「俺も気になるっす! なんで王子様がこの学校に来てるのか」
「……僕も魔術に興味があったからだよ」
まぁそれだけじゃないけどね。そう思い答えると、二人は怪しがるように僕を見つめる。
「本当にそれだけなの?」
「そうっすよ。なんかちょっとした肩慣らしでとか、心に喝を入れたくて、とかじゃないんすか」
「えっと、」
別にそういう訳ではない、と否定しようとして、ふと思い出す。たしか女の子は、強い男が好きなんだよね。じゃあ、僕がもし、誰かに振られたって話をしたら……いける! ルリを失望させられる!
「じ、実はそうなんだ。僕、好きな子がいたんだけど、失恋しちゃって……ここへは、心の区切りを付けに来たんだ」
そう、できる限り弱そうな声を出す。さすがにこれは、弱い男。こんな男、失望するに違いない! そう思ってチラリと前を向くと、ルリは潤んだ瞳でこちらを見つめていた。なぜかルイスも。
「王子が失恋なんて、どれだけ辛い過去が……私が忘れさせてあげるよ!」
「え、」
「レンも王子とはいえ男なんすね! 仲間っすよ、俺たち! どんな女だったんすか!」
なんか逆効果な気がする。けど、もっと弱い男に見せるには続けるしかないよね?
「えっと、かわいくって……瞳はぱっちりしていてお人形みたいだった。みんなの前では気丈に振舞っていても、僕にだけ色んな表情を見せてくれるのが嬉しかったんだよ」
また、出せるだけの切なそうな声を出す。これはなんかもうそのまんまだけど、弱い男の演出は完璧では? あと鼻声も相まっていい感じになった気もする!
「いや分かるっす! 俺にだけ見せてくれる表情がたまらないんすよ! ツンデレ最高っす!」
「なんて、なんて切ない恋なの……私にあなたを慰めさせてよ!」
やっぱ、逆効果だよね!? ルリはもっと僕に興味を持ったようで、なんかルイスも共感してくれている。もう今にも抱き着いてきそうだし。二人を落ち着かせようと口を開くけれど、漏れ出たのは違う言葉だった。
「好きだったな……」
うん、だから落ち着いて……え? 僕、今……なんて言った?
二人の顔を見上げると、その目からは涙が流れていた。
「ねぇもう泣かせないでよ、レン」
「その表情と言葉はずるいっす……!」
「え、いや僕、え、ちが今のは!」
「もういいっす、十分伝わったっす」
「うん、レンがどれだけいい人なのかも」
そういうなり二人は抱き合って声を上げて泣きだしてしまう。
「だから、ちが、二人とも落ち着いてよ、ねぇってば!」
薬が煮詰まるまで泣き止まなかったのは、一体なぜなのか。
*
「優勝はAグループ! レン、ルリ、ルイス、よく頑張りました」
お昼過ぎ、僕たちの回復薬を上に掲げ先生はそう言った。
「この瓶からは、“回復させたい”っていう熱い思いが詰まっていたわ」
「それは本当にレンを回復させてあげたかったから」
「そうっす」
「ねぇ二人ともありがたいけどちょっと黙ろうか?」
二人の首根っこを掴んで後ろに下げると、大人しくなる二人。最後の工程、回復薬に祈りの魔力を注ぎ込む時、二人は泣きながら『レンを回復させてくださいー!』とわめいていた。もちろんその効果は表れたようだけれど。
「Bグループは惜しかったわ。クシャミ草がちょっと少なかったわね」
「どっかの誰かが鼻息で吹っ飛ばしちゃったから」
「仕方ねぇだろ、くしゃみは自然現象なんだからさ」
チェルとセイラが互いににらみ合う。
「Cグループは、あれね、もう少し勉強をしましょうね」
「はい、返す言葉もありません!」
元気よく言うヤンに、うなずく他のメンバー。たしかに、その見た目は毒々しいっていうか……なに入れたらあそこまで濁るんだろう?
「じゃあBCグループは明日までに回復薬十本を作ってくること。それでは終わります」
ニーナ先生は僕たちの回復薬を持って出て行ってしまう。
「レン、俺達一生の友達っすからね! 困ったことがあったらすぐに言ってくださいよ!」
アブラッチョのもとに掛けてくルイス。
「レン、その女の子のこと、私が忘れさせてあげる。だから早く私のこと好きになってね?」
笑顔でシーナのところへ歩いていくルリ。
「……ねぇ、レン、二人に何かしたの?」
「あぁ、惚れ薬でも飲ませたのか? すごい変わりようだぜ、あの二人」
「いや、なにも……」
ヤンとチェルの声に、力なく首を横に振る。女心も、男心も、ムズカシイ。
*
肩を落としているレンに、チェルは言うべきか迷っていた。
レンが話をしてた時、俺は聞こえなかったけどさ。お前の後ろ、レベッカとセイラの顏……完全に凍り付いていたぜ?
レベッカは無表情だった。けど、セイラの顔は、もう完全にあれだったよ。何かを恐れるっていうか、怯えるっていうか、とにかく――
氷点下まで冷え切ったレベッカの顏とは対照的に、セイラの顔はひどく青ざめていた。
まるで、悪魔からの仕返しを怯える天使のように。




